第9話 観測装置
教会を出てから、
空の色が少し違って見えた。
同じ王都。
同じ街路。
同じ人の流れ。
なのに――
世界が一段、
“内側に折り畳まれた”感覚。
(……見られている)
それは、
直感だった。
◆
「レオン」
宿に戻るなり、
セレナが言った。
「教会区画に入ってから、
魔力の流れが変わっています」
「やっぱり?」
「ええ。
まるで――
測定されているみたい」
測定。
その言葉に、
《知識神の演算式》が
淡く反応した。
起動。
……だが。
(……視えない)
教会周辺だけ、
情報が抜け落ちている。
数式が、
途中で途切れる。
(隠している、
というより……)
(観測する側の装置か)
◆
翌日。
再び、
教会から使者が来た。
今度は、
断れない。
「短い時間です。
“確認”だけ」
確認。
便利な言葉だ。
◆
案内されたのは、
前回とは違う地下区画。
白い壁。
静かな通路。
そして――
中央に置かれた
巨大な水晶柱。
「……なに、これ」
ミルフィが、
思わず声を漏らす。
「転生者観測装置です」
淡々とした声。
ルナ=セレフィアだった。
◆
「教会は、
神の声を聞くだけの場所ではありません」
彼女は、
水晶に手をかざす。
淡い光。
「世界の安定を保つため、
“異物”を把握する必要があります」
異物。
その言葉が、
胸に引っかかる。
「……異界の魂、
という意味で?」
「はい」
否定はない。
◆
水晶に、
光が走る。
俺の視界が、
一瞬だけ揺れた。
《アーカイヴ》が、
強制的に反応する。
だが――
逆に、
“覗かれている”感覚。
(……これは)
(俺が見る側じゃない)
(見られる側だ)
◆
「心配はいりません」
ルナは、
そう言った。
「これは、
攻撃のための装置ではありません」
「……管理のため、
ですか」
少し、
間を置いて。
「……はい」
その沈黙が、
全てを語っていた。
◆
水晶の中に、
像が浮かぶ。
断片的な映像。
戦場。
ダンジョン。
王城。
そして――
倒れていく英雄たち。
(……過去の転生者)
「彼らは、
世界を救いました」
ルナの声は、
震えていない。
「同時に、
世界の歪みを
大きくもしました」
「だから、
管理する?」
「だから、
“制御”します」
言い切った。
◆
「英雄は、
強すぎると危険です」
「……誰にとって?」
問いかける。
「世界にとって」
即答。
だが、
それは――
誰の世界だ。
◆
《アーカイヴ》が、
解析を進める。
観測。
記録。
介入。
英雄の行動パターン。
感情の揺れ。
思想の傾向。
(……なるほど)
(これは、
“飼育”だ)
◆
「レオン様」
ルナが、
俺を見た。
「あなたは、
非常に安定しています」
「そうですか?」
「はい。
今のところは」
今のところ。
未来が、
含まれている。
◆
「ですが」
続く言葉に、
空気が重くなる。
「あなたの力は、
想定を超えています」
「……それは」
「危険、
という意味ではありません」
彼女は、
少しだけ視線を逸らした。
「“例外”という意味です」
◆
例外。
管理できないもの。
それは、
この装置の
最大の欠陥だ。
「……ルナさん」
あえて、
名を呼んだ。
「あなた自身は、
どう思ってる」
彼女は、
すぐには答えなかった。
◆
「私は……」
わずかに、
言葉を探す。
「世界が壊れるより、
管理された方が
良いと思っています」
「でも?」
沈黙。
それが、
答えだった。
◆
地下区画を出る。
地上の光が、
再び目に入る。
だが――
さっきよりも、
遠く感じた。
「……ねえ、
レオン」
ミルフィが、
不安そうに聞く。
「これってさ……
ずっと、
続くの?」
「続けさせない」
即答した。
それは、
決意だった。
◆
王都に戻る途中。
《アーカイヴ》が、
一つの結論を提示する。
――教会は
――敵ではない
――だが、
――自由の味方でもない
(……なら)
(俺が選ぶ)
英雄になるか。
管理されるか。
それ以外の道を。
◆
その夜。
遠くで、
再び鐘が鳴った。
今度は、
三度。
《アーカイヴ》に、
強いノイズ。
(……本格的に、
囲われ始めたな)
観測装置は、
完成している。
次に来るのは――
制限。
英雄候補レオン=アルケイオン。
その存在は、
今この瞬間、
教会の記録に
こう刻まれた。
――
《管理優先度:高》
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は、王都・教会編をもって幕を閉じます。
英雄となって、
管理や制御を振り切り、
不完全な自由を手にするのか。
あるいは、
世界の安定の一部として、
管理される存在に落ち着くのか。
どちらが正しく、
どちらが幸せかは、
分かりません。
レオンは選択の手前に立っています。
そして、その先は――
読者一人ひとりの想像の中にあります。
もしこの物語を読み終えたあと、
「自分なら、どちらを選ぶだろうか」と
少しでも考えていただけたなら、
それで十分です。
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
この物語はここで一区切りですが、物語を書く手はまだ止まっていません。
ほかの世界の話もありますので、よければ覗いてみてください。




