第8話 聖女候補
教会の鐘は、
剣の音よりも重い。
それを、
王都に来て初めて理解した。
◆
「……来たわね」
朝、宿の食堂で
リリアが低く呟いた。
「教会からの使い?」
ミルフィが、
尻尾をぴくりと揺らす。
「“お願い”だそうだ」
その言い方で、
察しはつく。
お願い。
保護。
観測。
王都における、
最終段階。
◆
教会区画は、
王城よりも静かだった。
白い石造りの建物。
高い尖塔。
人の気配が、薄い。
なのに――
圧がある。
《知識神の演算式》が、
自動的に反応しかけ、
すぐにノイズに弾かれた。
(……拒否されてる?)
解析不能。
今までにない感触だ。
◆
迎えに出てきたのは、
若い修道女だった。
「こちらへ」
声は柔らかい。
歩き方も丁寧。
だが、
こちらを“導く”動きに
一切の迷いがない。
(……慣れてる)
英雄候補を迎えることに。
◆
通された広間は、
装飾が少なかった。
豪奢さも、
威圧もない。
ただ、
無駄がない。
「……落ち着くけど、
落ち着かない」
ミルフィが、
小声で言う。
同感だ。
ここは、
戦わせない場所だ。
◆
「お待たせしました」
澄んだ声が、
広間に響いた。
振り向く。
白い衣。
淡い銀髪。
伏せがちな瞳。
年若いが、
どこか年齢を感じさせない佇まい。
「ルナ=セレフィアです」
名を聞いた瞬間、
《アーカイヴ》が
強く反応――
しかけて、沈黙した。
(……視えない)
情報が、
掴めない。
こんな相手は、
初めてだ。
◆
「英雄候補、
レオン=アルケイオン様」
呼び方が、
丁寧すぎる。
「本日は、
お越しいただきありがとうございます」
「招かれたので」
俺は、
そう答えた。
彼女は、
小さく頷く。
「ご安心ください。
本日は尋問でも、
審査でもありません」
「では?」
「……観測です」
はっきりとした言葉。
周囲の空気が、
わずかに張りつめる。
◆
「あなたは、
異界から来た魂」
「はい」
「特別な力を持ち、
冒険者として活動している」
「そうですね」
事実確認。
だが、
問いの形をしていない。
「私たちは、
それを把握する責任があります」
「管理、
という意味で?」
一瞬だけ、
ルナの睫毛が揺れた。
「……保護、
という意味で」
言葉を選んだ。
それが、
逆に伝えている。
◆
「一つ、
お聞きします」
ルナは、
俺を真っ直ぐ見た。
「あなたは、
英雄になりたいですか」
王都の宴でも、
何度も聞かれた質問。
だが、
意味が違う。
ここでは、
答えが記録される。
「……なりたくありません」
正直に答えた。
一瞬、
空気が止まる。
「理由は?」
「選ばれた役割より、
自分で選びたい」
短い答え。
ルナは、
視線を落とした。
◆
「……そうですか」
その声は、
どこか安堵しているようにも
聞こえた。
「ですが」
顔を上げる。
「あなたは、
すでに“選ばれています”」
《アーカイヴ》が、
強いノイズを検知する。
(……神か)
だが、
神の声とは違う。
もっと――
人間的だ。
◆
「教会は、
神の意思を伝えます」
ルナは、
淡々と続ける。
「同時に、
世界の安定を守る役目です」
「安定のために、
英雄を管理する?」
問いかける。
「……必要な時もあります」
否定しない。
正直だ。
「レオン様」
彼女は、
少しだけ声を落とした。
「あなたは、
“予定外”です」
その一言で、
全てが繋がった。
◆
教会は、
英雄を想定している。
数。
役割。
消費の仕方。
だが――
俺はその枠に
収まらない。
《アーカイヴ》が、
神の領域に触れかけ、
弾かれる。
(……なるほど)
俺が危険視される理由が、
はっきりした。
◆
「今日は、
これで終わりです」
ルナは、
深く頭を下げた。
「今後、
定期的にお話を
伺うことになるでしょう」
それは、
宣告だった。
◆
教会を出る。
外の光が、
やけに眩しい。
「……静かで、
怖かった」
ミルフィが、
正直に言う。
「剣より、
嫌な感じ」
「同感だ」
あそこは、
敵意がない。
だからこそ、
逃げにくい。
◆
歩きながら、
俺は確信する。
王都の檻は、
外側から閉じる。
教会の檻は、
内側から閉じる。
「……厄介なのは、
こっちだな」
《アーカイヴ》が、
静かに結論を出す。
――教会は
――排除しない
――管理する
英雄を。
思想を。
そして――
自由を。
聖女候補ルナ=セレフィア。
彼女は、
敵ではない。
だが、
味方でもない。
その曖昧さこそが、
この教会の
最も危険な武器だった。
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