第6話 貴族令嬢の視線 ――クラリス=アーデン視点
英雄候補レオン=アルケイオン。
その名を初めて聞いた時、
私は鼻で笑った。
また一人、
地方で力を得て調子に乗った
“使い捨ての英雄”が
王都に呼ばれただけ。
それ以上でも、
それ以下でもない。
――はずだった。
◆
王都《ルミナス=アーク》は、
嘘を嫌う街ではない。
むしろ、
嘘を上手に使える者が生き残る街だ。
貴族とは、
そのための教育を受けた存在。
事実を歪め、
言葉を選び、
沈黙を武器にする。
だからこそ、
私は自負していた。
――この街で、
“読めない人間”などいない、と。
◆
「穀物相場が、
動いています」
執務室で、
補佐官が報告してきた。
「例の商会が、
価格操作をやめました」
「……理由は?」
「不明です」
不明。
それは、
この街で最も不気味な言葉だ。
誰かが得をし、
誰かが損をする。
そこに必ず、
理由はある。
「……レオン=アルケイオン」
名前を口にした瞬間、
胸の奥が僅かにざわついた。
◆
彼は、
奇妙な男だ。
王都に来てから、
何もしていない。
――表向きは。
派閥に属さず、
勧誘を受け流し、
演説もしない。
それなのに、
街が少しずつ動いている。
これは、
英雄のやり方ではない。
英雄なら、
声を上げる。
剣を抜く。
正義を語る。
だが彼は、
語らない。
◆
「……理解できない」
窓辺で、
私は街を見下ろした。
貧民区。
商業区。
貴族街。
王都は、
完璧な均衡で成り立っている。
誰かが勝ち、
誰かが負ける。
それが、
“正しい”。
なのに――
彼はその均衡を
壊さずに、ズラした。
それが、
最も危険なやり方だと
彼は理解しているのだろうか。
◆
宴での言葉が、
蘇る。
『英雄になるかどうかは、
俺が決めることじゃない』
傲慢ではない。
だが、
謙虚でもない。
彼は、
“枠”そのものを
拒否している。
それは、
貴族社会において
最も嫌われる態度だ。
◆
「……彼を、
どう評価すべきかしら」
補佐官は、
言葉に詰まった。
「英雄……
ではありません」
「ええ」
「ですが……
無力でもない」
その評価が、
全てだった。
◆
私は、
記録を開いた。
レオン=アルケイオン。
スラム出身。
冒険者。
特筆すべき家系なし。
貴族との血縁なし。
――なのに。
王都の中枢に、
静かに爪を立てている。
(……危険)
英雄は、
処理できる。
使い潰すか、
幽閉すればいい。
だが――
思想を持つ冒険者は、
処理しづらい。
しかも、
それを自覚している。
◆
「……直接、
話すべきかしら」
迷いが生じたことに、
私は驚いた。
貴族は、
感情で動かない。
理解できないものは、
排除する。
それが、
正解のはず。
なのに――
彼を排除する未来が、
一番“荒れる”と
直感が告げている。
◆
数日後。
廊下で、
偶然を装って彼とすれ違った。
「……ごきげんよう」
「どうも」
彼は、
丁寧に頭を下げる。
――礼儀はある。
だが、
へりくだっていない。
「王都は、
お気に召しました?」
試すように問う。
「……勉強になります」
曖昧な答え。
だが、
嘘は感じない。
「英雄候補として?」
「冒険者としてです」
即答。
(……やはり)
◆
「忠告しますわ」
私は、
あえて冷たい声で言った。
「この都で、
自由に考える英雄は
長く生きられません」
彼は、
少しだけ笑った。
「覚えておきます」
否定も、
同意もない。
その態度が、
腹立たしい。
◆
部屋に戻り、
私は深く息を吐いた。
怒りではない。
恐怖でもない。
――興味。
それが、
一番厄介だ。
(……理解したくないのに)
彼は、
英雄ではない。
だが。
英雄よりも、
ずっと厄介な存在だ。
◆
「……教会にも、
伝えておきなさい」
補佐官に、
そう命じた。
「この冒険者は、
“管理”が必要だと」
それは、
彼を守るためでもあり、
王都を守るためでもある。
そして――
自分自身を守るため。
◆
夜。
王都の灯りが、
静かに揺れる。
私は、
一つの結論に辿り着いた。
――レオン=アルケイオンは、
敵か、味方か。
まだ、
決められない。
だが一つだけ、
確信している。
彼を理解しないまま
排除するのは――
最悪の選択だ。
貴族令嬢クラリス=アーデン。
私は初めて、
“英雄候補”ではなく、
一人の男を見ている。
それが、
王都にとって
どれほど危険な兆しなのか――
まだ、誰も気づいていない。
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