第4話 無力な英雄
英雄は、
戦場では王だった。
だが――
戦争が終わった瞬間、
王は不要になる。
◆
王都の朝は、
どこか静かだ。
人の数は多い。
往来も盛んだ。
それなのに、
騒がしくない。
理由は単純だ。
この街では、
声を上げる必要がない。
あるいは――
上げない方が、
安全だからだ。
◆
「……ここです」
案内役の下級役人が、
立ち止まった。
貴族街の外れ。
手入れはされているが、
華やかさはない。
屋敷というより、
施設だ。
「元英雄殿が、
お住まいになっています」
“元”。
その言葉が、
妙に耳に残った。
◆
扉が開く。
現れたのは、
白髪交じりの男だった。
背は高い。
体格も、まだしっかりしている。
だが、
目が――
死んでいた。
「……誰だ?」
声は低く、
感情が薄い。
「冒険者のレオン=アルケイオンです」
名を告げると、
男は一瞬だけ反応した。
「……ああ」
「新しい、
英雄候補か」
その言葉に、
誰も返せなかった。
◆
屋敷の中は、
整然としている。
だが、
生活感がない。
必要なものは揃っている。
だが、
選択肢がない。
《アーカイヴ》が、
淡々と情報を提示する。
――外出制限
――面会制限
――発言記録:削除
(……名誉職)
そう呼ばれる、
幽閉。
◆
「英雄殿は……
今は何を?」
アイリスが、
恐る恐る尋ねた。
男は、
少し考えてから答える。
「何も」
「……何も?」
「何も考えず、
何も決めず、
何も変えない」
淡々とした声。
「それが、
一番長生きする」
ミルフィが、
息を呑む。
セレナは、
唇を噛みしめた。
◆
「……後悔は?」
俺が聞く。
男は、
しばらく黙っていた。
「戦ったことは、
後悔していない」
「仲間を守ったことも、
後悔していない」
「だが――」
視線が、
床に落ちる。
「考えたことは、
後悔している」
「考えた?」
「ああ」
男は、
かすかに笑った。
「戦後、
この国を良くしようとした」
《アーカイヴ》が、
過去ログを呼び出す。
――改革提言
――権限剥奪
――名誉職
「英雄は、
戦うためにいる」
男は、
静かに言った。
「考える英雄は、
邪魔だ」
◆
屋敷を出た後、
誰もすぐには口を開かなかった。
重い沈黙。
「……英雄って」
ミルフィが、
震える声で言う。
「なに……?」
答えは、
簡単だ。
「便利な象徴だ」
アイリスが、
拳を強く握る。
「そんなの……
間違ってます!」
「間違ってる」
肯定する。
「でも、
正しい」
矛盾した言葉。
だが、
それが現実だ。
◆
午後。
今度は、
別の元英雄の記録を見せられた。
戦死。
事故死。
病死。
あるいは――
記録抹消。
「……英雄は、
消えるんですね」
セレナが、
静かに言った。
「消される」
訂正する。
英雄は、
終わった後に不要になる。
だから、
消す。
◆
「レオン」
リリアが、
低い声で言う。
「分かっただろ」
「……ああ」
「ここでは、
英雄は無力だ」
剣も、
魔法も、
意味を持たない。
あるのは、
立場と許可。
◆
夕方。
王都の外壁を眺めながら、
俺は立ち止まった。
高い。
分厚い。
隙がない。
(……檻だな)
王都は、
英雄を守る。
同時に、
自由を奪う。
「……俺は」
呟く。
「こうはならない」
アイリスが、
真っ直ぐにこちらを見る。
「はい」
セレナも、
静かに頷く。
ミルフィは、
尻尾を揺らす。
「一緒なら、
ならないよ」
その言葉に、
少し救われた。
◆
夜。
宿に戻る。
《アーカイヴ》を起動する。
英雄たちの末路。
王都の構造。
管理の仕組み。
全てが、
一本の線で繋がった。
(……だから、
英雄は消える)
英雄が無力になる場所。
それが、
この王都だ。
◆
窓の外。
再び、
教会の鐘が鳴った。
規則正しく、
逃げ場のない音。
《アーカイヴ》が、
強いノイズを検知する。
(……次は、
教会が動く)
国家が、
英雄を無力化するなら。
教会は――
管理する。
「……来るな」
そう思った瞬間。
扉の外で、
足音が止まった。
次の“檻”は、
すぐそこまで来ている。
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