第2話 値踏みの宴
王城に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
重い。
それも、
物理的な圧ではない。
視線。
沈黙。
立場。
それらが折り重なった、
王都特有の重さだ。
「……場違いだな」
ミルフィが、
小声で呟く。
「こんなに広いのに、
息が詰まりそう」
「分かる」
俺も同じ感覚だった。
ここは、
戦場よりもずっと危険だ。
◆
広間には、
すでに多くの貴族が集まっていた。
豪奢な服。
余裕のある笑顔。
だが、その裏にあるのは――
計算だ。
(始まってるな)
《知識神の演算式》が、
勝手に反応しそうになるのを抑える。
ここで深く覗けば、
“切り札”を見せることになる。
まだ、
その時じゃない。
◆
「英雄候補殿」
そう呼ばれるたびに、
背中が少しだけ冷える。
この場では、
名前よりも肩書きが優先される。
「冒険者としては、
異例の速度で名を上げたそうですね」
「地方ダンジョンの攻略も、
かなりの成果だとか」
質問は丁寧。
声も穏やか。
だが、
内容は一貫している。
――どれほど使える?
「運が良かっただけです」
俺は、
同じ答えを繰り返す。
「仲間に恵まれました」
それ以上は、
語らない。
英雄を語るほど、
この場では不利になる。
◆
その時、
一際はっきりとした視線が向けられた。
「……あなたが、
レオン=アルケイオン」
赤いドレスの令嬢。
堂々とした立ち姿。
一切の遠慮がない視線。
「アーデン侯爵家の長女、
クラリス=アーデンです」
名門。
しかも、
隠す気がないタイプ。
「率直に聞きますわ」
周囲の貴族が、
息を呑む。
「あなたは、
英雄になるおつもり?」
(直球だな)
「考えたことはあります」
事実だ。
「ですが」
一拍、置く。
「英雄になるかどうかは、
俺が決めることじゃない」
ざわり、と
空気が揺れた。
「……どういう意味かしら?」
「英雄は、
戦場で決まる」
俺は、
ゆっくり言葉を選ぶ。
「でもこの場所で決まる英雄は、
戦う前から役割が決まっている」
沈黙。
《アーカイヴ》が、
過去の事例を静かに提示する。
――英雄A:戦後、名誉職
――英雄B:政治利用後、失脚
――英雄C:記録抹消
(……やはりな)
◆
「大胆な発言ですわね」
クラリスは、
表情を崩さない。
「それでもあなたは、
王都へ来た」
「ええ」
「矛盾していません?」
「だから、
見に来たんです」
その答えに、
彼女の目がわずかに細くなった。
「……危険な人」
それは、
評価でもあった。
◆
宴は続く。
だが、
先ほどまでのような
露骨な勧誘は減った。
代わりに増えたのは、
距離を測る視線。
「……値踏み、終わった感じ?」
ミルフィが、
俺の袖を引く。
「いや」
首を振る。
「まだだ」
これは、
第一段階に過ぎない。
◆
宴の終わり際。
老貴族が、
ぽつりと言った。
「英雄とは、
便利な存在です」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
それが、
この王都の答えだ。
◆
宿へ戻る道すがら、
アイリスが口を開く。
「……怖かったです」
「正直だな」
「剣なら、
まだ分かります」
彼女は、
拳を握る。
「でも、
ああいう場所は……」
「慣れなくていい」
俺は、
そう答えた。
慣れた瞬間、
飲み込まれる。
◆
部屋に戻り、
一人になる。
《アーカイヴ》が、
静かに待機している。
――解析可能
――政治構造
――派閥相関
(……まだ、使わない)
ここでは、
剣も魔法も切り札にはならない。
必要なのは、
理解と距離感だ。
王都は、
俺を英雄にしたがっている。
だからこそ――
俺は、
英雄にならない。
宴は終わった。
だが、
檻は、
確かに閉じ始めていた。




