第九話:初めての標的、スライム撃破
「ファイアーボール!」
杖に循環している魔力が形を作り、火の粉を散らしながら飛んでいく。
距離に応じて少しずつ火力が減衰しながら目標に向かって一直線に飛んでいく。
ちょっと舞い散り落ちていく火の粉で辺りの枯れ草に燃え移らないか心配になるが、火の粉は焚き木とかのそれよりも早く霧散しており、深刻になることはなさそうだった。
それでもパチパチと火が爆ぜる音は、緊張感を生み出してくる。
もっとも、少々のことであれば教官が警戒、対応してくれるだろうが……。
そして視線の先、目標へと火の玉は向かい見事の命中する。
ドンという衝撃音と共に、草原でぷるぷると気持ち良さそうに震えていたスライムが破裂する。
じゅうじゅうとゼリー状の体組織がファイアーボールの熱を受けて沸騰し、内部に気泡が出来て、その膨れた圧で外皮を破り内組織が外へ吐き出される。
甘いメロンのような香りと、腐ったたまねぎのような香りが混じったような何ともいえない匂いに顔をしかめる。
良くも悪くも印象的で、あらためて私が異世界に立っていることを思い知らせてきた。
「……着弾っ……」
念のため、目標をしっかりとしとめられたか目視する。
内組織が吐き出されたために、外皮だけになり、支えを失ったスライムは、その形を留めることが出来ずにぺちゃりと、破裂した風船のように縮んで平たくなっていた。
内組織の中心にあった核も、形を保っていたものの、その周りの内組織を失って、外気に触れたためか変質して色を変えていた。
どうやらきちんとしとめられたようだった。
「ふぅ……」
周囲への警戒は解かずに、けれど緊張から解放されて大きく息を吐く。
後ろに控えて観察していた教官がうんうんと頷いてくれている。
「うむ、魔力の循環は良好。発動に至るまでの時間も問題ない。杖への魔力充填速度も申し分なし。だが本詠唱までの時間がまだ少々長いのが難点だな。騎士団であれば叱責ものだが、免許を交付するには問題ない範囲だろう。これから繰り返し魔法を使ってこなしていくがいい。実戦を考えると、まだまだではあるが、現時点だと許容範囲だと判断する。これからどんどん経験を積んで、無駄をなくしていけばいい」
「はいっ」
騎士団であれば叱責ものという評価に内心苦笑いする。直属だけあって、指導の基準がちょっと違う。
けれど、冒険者なりでやっていくにはそれくらい厳しい方がいいとも思う。
前世の車以上に、うっかりが命取りである。教官の言葉をしっかり頭に刻みながら平原を進んでいく。
「まだいけるな?」
何度目の遣り取りになるだろうか。
この確認については、自己内魔力残量問題もあるのでしかたないのだが。
ぼんやりとはつかめるが、マジックポイントのような明確な数値化はされていない故に魔法を行使するたびに確認される。
魔力量は個人差があって一律の授業では済ませられないゆえに、自身の実力把握も兼ねて行われる。
ちなみに美人教官に格好つけようと無理をして気絶して、補習授業を受ける羽目になった受講生もいるとのことである。
確かに教官は魅力的な人も居るが、私はそういう見栄とかははるつもりはない。
「はい」
ファイアーボールを撃ったことで体の中から何が消耗された感覚はあるが、まだまだ力は漲っている。
もう一発撃ったところで気絶するような醜態は晒さないと言い切れた。
顔を引き締め頷くと教官はあらかじめ索敵していたのだろう、草原をすたすたと迷い無く歩き、次の目標を指し示してきた。
「それでは次だ。同じ要領で、またスライムに魔法を撃っていけ」
騎士団所属とは思えないような細く綺麗な指先で草原で佇むスライムを指差す教官。
軽く雑談したときに知ったのだが、これだけ綺麗な手をしているが、教官は剣も魔法も使う魔法騎士だそうだ。
凛としたふるまいで同僚にももてるんでしょうと軽く聞いてみると複雑そうな表情を返された。
出来すぎる女性はやっかみの対象になるらしい。どこぞの「できる女」が抱える苦悩は、異世界でも変わらないらしい。
そういう話はともかくとして、教官の指し示した方へ注意を向けつつ気を引き締める。
「了解しました」
再び杖を持つ手に力を込める。
「初動の鼓動……緩やかに魔力は沸き起こり力の流転を始めたり……」
相手の動きを観察しつつ、予備詠唱を始める。
周りの気配を考えつつも集中して魔力を杖の中で練っていく。
うっかりと魔力を霧散させないように制御しながら相手に動きがないか意識する。
ほとんど動きがないスライムに対してこの神経の使いよう……冒険者としてバンバン魔法を撃つというのは現時点だと夢のまた夢である。
そういう雑念はおいといて、目標に向かって杖を構える。
照準がずれないよう慎重に狙いを定めながら魔法発動までの時間を耐える。
「根源の熱波をここに集めて形となれ……」
ぐぐっと杖先に練りこんでいた魔力が集中し、現象が顕現する。
火花程度の小ささから一気に込められた魔力を糧に火の球が膨れ上がる。
パチパチと火の粉を散らしながらも熱く大きくなる魔力の火球。
「ファイアーボール!」
杖から放たれた炎弾は新たなスライムへと真っ直ぐに飛んでいく。
(まるで○チローのレーザービームみたいだ!)
心の中でそう呟くほど、一直線だった。
そして綺麗に火の玉は、標的へと命中する。
途端、火の玉の熱を浴びて、じゅうっと熱にスライムの体組織が一瞬で沸騰していく。
沸騰して気化したのだろうか、内部に幾つも気泡が出来てそれが大きくなっていった。
やがて限界を越えたのだろう、ぷぴゅーっ! といささか気が抜けるような音を響かせて内組織を溢しながらスライムは破裂した。
外皮の切れ方によってはこんなこともあるのだろう。少々ビックリしたが、後ろの教官は涼しい顔だった。普通に起こる事で珍しくもないのかもしれない。
初めての実戦講習はこの後もこんな感じだった。
気づけば、空は茜色に染まり、あたりは夕闇に包まれ始めていた。
教官から「今日の実習はここまでだ。お疲れ様」と言われ、どっと疲れが押し寄せた。
何発ファイヤーボールを撃ったか忘れたが、教官からは「なかなかの魔力量みたいだな……将来楽しみだ」と褒められて素直に嬉しかった。
「……ふぅ……」
そういえば、前世で運転免許の仮免実習で、初めて一般道を走った日もこんな感じだったのだろうかと、何となく空を見上げてぼんやりと考える。
体の疲労とは裏腹に、心はやりきった充実感に満たされていた。
その充実感ゆえか、その日の夜は、いつもより早く眠りに就いて、いつもより遅く目が覚めるのだった。