第五話:練習の日々
「カズ、大丈夫か?」
教官が私の杖の状態を確認しながら尋ねてきた。
「大丈夫です。問題ありません」
それに対して、私は頷きつつも魔力を練りこむのを止めずに続けた。
今は待ちに待った、本詠唱の練習中である。
ようやく異世界らしいことを、この手で発現できるのだ。
「放てっ!」
凛とした声で命じられる。
「はいっ」
教官の命に応じて、気を引き締める。
本詠唱を唱え、いよいよ発動である。
呪文と共に杖から魔力の循環が解放されて杖先に魔力が集まっていく。
その力によって、火の球が顕現し放出される。
火属性魔法の初級魔法ファイヤーボール。
初級かつ予備詠唱第一段階とはいえ、しっかりと形を成した火の玉が的に向かって飛んでいき、命中すると、勢いよく燃え盛り、標的を熱した。
もっとも練習用に頑丈に作られた的は、少しだけ焦げを増やした程度で、やがて炎は、火の粉を散り落としながら、収縮して消滅していった。
「ふぅ……」
しっかりとそれを見届けてから息を大きく吐いた。
さすがに、その熱量と力強さが肌で感じられるファイヤーボールの本詠唱は、緊張を強いられた。
集中していればまず暴走することはないとはいうものの……予備詠唱での失敗を考えると杖を握る手に汗が滲むのも仕方ない。
「よし、しっかりと魔力が練られているな。それだけではなく。杖内部の魔力循環速度もしっかり上がっているようだな」
「はい、ありがとうございます」
教官に褒められ、私は平静を装いつつも心の中では諸手を上げてはしゃいでいた。それが表に滲み出るように口元が緩む。
評価されるというのは嬉しいものだ。
「魔法というものは基本的にこうして込めた魔力を循環させて練っていくことから始まる。杖にはそれぞれの魔法の核が組み込まれているが、これは主に魔法行使の要としての役割を担っている。……一応、この杖を使用しない魔法の発動方法はあるが、現在は安定や安全のために基本杖を使っての魔法行使となることを覚えておきなさい」
座学で何度も教えられる杖の重要性。
「杖は魔法を発現するための媒介であるから、大事に扱え。まずはしっかりと予備詠唱で魔力を込めた上で循環させて杖全体に魔力を行き渡らせる。そこから杖内の魔力の流れを加速し循環速度を上げること、そして込める魔力を増やしていくことでより大魔法を行使するための魔力を練り上げていく。この際に魔力を循環させるための補助的な役割として追加の予備詠唱が必要となる。これができなければ魔法の種類によっては発現自体が不可能な場合がある。だから、しっかりと魔力を循環させることを意識すること」
教官の言う通りだった。
最初はとにかく杖全体に魔力を行き渡らせて、そこから杖内部の魔力の循環速度を上げて魔力を練りこんでいく。そうすることで安定して魔法を放つことができるようになる。
「よし。今の感覚を忘れるな。もう一度やってみろ」
「はい」
再び、魔力を練って杖に巡らせていく。
そして、予備詠唱を経て、先ほどのように杖内部で魔力が練りこまれていく。
「よし。良いぞ。さっきと同じくらいだ」
これでようやく魔力が杖全体に行き渡り循環速度が上がってきた。
「よし。もう少し循環速度を上げてみろ」
外から杖内部の感触を見て取れるというのは驚きだ。
この教官はそれができる珍しい人材らしい。
そういう意味では私は運がいい。
あいまいな言葉や感覚ではなく、実際に目で見て指示を出してくれるのはありがたかった。
「はい」
緊張に言葉を引き締めつつ頷き、集中して、さらに杖内部の魔力の循環速度を上げる。
杖の素材と反応してか、キーンと耳鳴りにも似た音が響く。
杖の出来や、魔法使いの技量によっては、この音も鳴らないらしいが、初心者マークすら貰っていない私にはとても出来ない芸当だった。
「よし。良い感じだ。そのまま本詠唱に入ると良い」
ただ、音が程よく鳴り響くこと自体は、それなりに魔力が練られて循環している証でもあるから、恥じることはないと教官は励ましてくれた。
音が出ないほど綺麗な練りこみと循環を目指すことは悪くないが、固執することないともアドバイスしてくれる。
生徒のロマンを理解してくれる良い先生だと思う。
厳しいとはそこまで感じないのは、私の感覚が少々違うのかもしれない。
「はい」
教官の言葉に頷いて、本詠唱に入る。
ほどなくパチパチと火の粉を散らしながら杖の先の空間に火種が出来て膨れ上がり炎の玉となる。
それを的に向かって撃ち出す。
さきほどよりも威力が上がっているらしく、的に当たったときの燃え上がりが激しく見えた。
的を加熱する炎も、散り落ちる火の粉も多くなっている。
その分、自分の中の魔力というか力が抜けているという感覚も大きくなっていた。
「うむ、第二詠唱までだとそのくらいだろう。その感覚を忘れるな」
炎の収縮を見てほっと息をつく私に教官が満足そうな表情を見せる。
素直な生徒は、教えるほうも気持ちいいと言われており、相性は悪くないように思えた。
「さすがに疲れますね……入学時の検査だと、私は普通くらいの魔力量って話でしたが……」
ファイヤーボールの連発はさすがに魔法使いルーキーには少々きつい気がする。
まだ続けることは出来るものの、着実に力というか魔力を消費していると実感くらいだ。
「そうか、体調の変化は無理せずに言うんだぞ!」
教官は爽やかな笑顔でそう気遣ってくれた。
厳しいという聖王国騎士団直属魔法使い免許センターだが、それほどでもないように思える。
……まあ悪ふざけしない限り、そこまで厳しくないと思う。
悪ふざけした場合は、空を飛ぶのではないかというほど吹き飛ばされたりするというのを聞いたことがある。
「うあっ!」
というか、隣の受講生が吹き飛んだ。
女性教官ということで、セクハラをしたのか、ナンパしたのか解らないが……音もなく綺麗に。
「……えっと、つかぬことをお伺いしますが」
「おう、どうした?」
「今隣の受講生がすっとんでいきましたが、予備詠唱とかなしに女性教官が魔法を使ったように見えるんですが」
距離が離れているとはいえ、予備詠唱も本詠唱もまったく音なくなんてことはありえない、はずだ。
「ああ、まあ……それは、機密事項だからな」
しれっと衝撃的な発言をする目の前の教官。
「……いえ、その機密事項をあっさりと目の前で披露しないで欲しいんですが……。騎士団の魔術師の秘密を知ったとかで消されたりしませんよね」
私の言葉に視線を逸らす教官。
やっぱり、騎士団直属の教習所、怖いところじゃないか。
こんなところを進めた幼馴染を少しだけ恨む。
「……うーん、どうだろう」
暢気なことをいう私付きの教官。
「そこはせめて嘘でも大丈夫っていってくださいよ」
苦笑いを浮かべるしかなかった。
けれど、いわゆる型にはまった魔法詠唱以外にも、詠唱破棄ではないらしいが工夫のしどころがあるというのはわくわくする。
でも機密事項と言ってたし、下手に首は突っ込まないほうがいいだろう。
だからそれ以上は突っ込まずに練習に集中した。