第二話:受験生の憂鬱
「おい、聞いてくれよ。この間の筆記試験、『魔力枯渇時の緊急魔力補給法に関して』って引っ掛けだよな。てっきり正しいと思って丸にチェックしたのに。あんな問題も出るのかな」
「ああ、あれな、俺も間違ってたわ。普段使わないような方法があるとか、授業でも軽く触れただけのことが入っていないとか知らねーよ。隣の席のエルフがブツブツと問題文を小声で読誦しててさ、それが気になって試験に集中できなかったわ。あのエルフ、試験落ちればいいのに……」
「俺は実技が心配なんだよな。予備詠唱とかじっと見られてするのって緊張するよな。結構それで魔力霧散させて何度も失敗してるんだよ。ここでの試験でもそのあたり考えると今から緊張するよ……え? そんな調子だとまた試験落ちるって、言うなよそんなこと」
「わかるわかる。緊張のあまり問題文やら、教官からの指示を聞き間違って、まだ予備詠唱唱えるところじゃないのに、いきなり始めて、何をしてるんだ、なんて怒鳴られてさ。俺は、指示されたから予備詠唱開始したのに、とか言ったら、そんな指示は出してないって、そりゃもう、試験官の顔が般若みたいになってて……その場で落ちたことあるから……」
わいわいと話しているものの、内容は……思わず苦笑いしてしまうものばかりだった。彼らは一体何度目の受験なのだろう。
前世の運転免許センターでも、試験に落ちつつもめげず頑張る受験者が居たので、それと同じようなものなのだろう。
自分ももしかしたら彼らと同じような運命を辿るかもしれないと考えると、頑張れと心の中でエールを送らざるを得なかった。
ちらりと彼らの表情を見ると、幾度も試験に落ちてきた所為か、期待よりも疲労と諦めのほうが強いように感じられた。
それでも務めて明るく、前向きに、楽しげに、これからのことを話せているのだ、きっと大丈夫。
……仲良しみたいだが、免許交付で先抜けされた時の空気を考えると、傍で見ていても胃が痛くなってくるのは気のせいではないだろう。
「あーあ、もっと思いっきり魔法ぶっぱなしたいぜ。体内魔力は結構あるって田舎では褒められたんだぜ、俺も。だから、さ、こう派手なのをバーンと決めてみたいものだよ。……免許取れたら、こう大容量、高出力の杖で格好良く魔物を吹き飛ばしたいぜ」
「本当になぁ……。何かの拍子に魔力暴発したら大変だからって、こんな免許制度なんて息苦しいだけなのにな」
何やら大げさな身振りをしてみせている。
彼の中ではきっと思い描いたような大魔法を唱えているのだろう。
「その魔力暴発が問題になってきたからこその、免許制度だろう? 魔法使いによる事故が相次いでさあ。ほら、この間の『詠唱ミスによる住宅街火災』とか『転移魔法暴走で隣国まで飛んでっちゃったケース』とか、新聞の一面飾ってたじゃん」
「そんなのボケたじじいが経験から適当にやっただけだろう? 何で俺たちまで巻き込まれなきゃならないんだよ」と、一人が吐き捨てた。
まるでスピードを出したがる免許取りたての若者のようだ。
車の免許を取ったばかりの十代の事故が危険だという話はよく聞く。
やはり免許取得直後は、心が浮き浮きして、つい羽目を外してしまうのだろう。
前世の記憶を持つ実質おっさんの自分でさえも、魔法という未知の領域にワクワクが止まらないのだから、仕方ない。
いや、仕方ないで済ましてはいけないのだが。
こういう話を聞くとちょっと気持ちが引き締まる。
「それにさぁ、何が面倒ってなあ……練習にも制限があるからなぁ」
「えー、魔法の行使には仮免許証提示と所定の用紙への記入が必要であり、尚且つしっかりとした免許持ちの監視下でのみだからな。しかも、毎回『魔力使用申請書』と『安全確認チェックリスト』にサインさせられるんだぜ? あれ、字が多くて肩凝るんだよな」
「まあ練習する程度なら仕方ない。俺なんか実技教習の時、『火の玉一つ出すのに、お前らなんでこんなに時間かかんの? まだ寝てるか? 寝言で呪文唱えられても困るからさっさと目を覚ませ』って教官に言われたわ。あれは凹むし傷つくわ」
「田舎だと、無免許で魔物狩りしてるやつとか居て、教習でも特に実技は『お前やってんな?』とか教官に言われたりするような奴も居るし色々だな」
「そういう奴は基本的には実務で鍛えられているからコントロール技術とか俺たちより遥かに上なこともあるから馬鹿にしないほうがいいよな……おおらかな田舎ならではなことだが。この前、無免許の爺さんが『低級回復魔法』だけで村の厄介な病を治したって話、まことしやかに流れてたぜ。免許センターの連中が青い顔して調査に乗り出してるってさ」
「でもまあこの卒業試験をクリアできたら晴れて免許もちだ! で、もし合格できたら杖はどんなのにする? やはり技術のサンバスか? あそこの上級モデルとかいいよな」
「おれはリーライフィのモデルかな。あそこの充魔力式魔石装備のハイブリッドモデルがいいんだが……まあ一応市販されるようになったが充魔力式は発展途中の技術だし悩みどころだな。特に、充魔力式の杖は『定期点検義務』があるらしいから、維持費もバカにならねえんだよな」
「うちはレイアスの軽量モデルかな。やっぱり田舎の杖といったらレイアスだろう? 軽くて振り回しやすいし、なにより『初心者向け杖』の認定受けてるから、免許取り立てでも保険料が安いんだ」
「でもまあ、とにかく合格してからだな」
「だな……そろそこ合格しないと、な」
「右に同じく……」
仲良さそうな三人は顔を暗くしながらも話しながら試験会場に移動していった。
「あー何というか、こういうところの空気はどの世界でも一緒なのかな」
そんな本試験を受ける人を他所に、私は講習の申し込み手続きをする。
受付の窓口は、前世の役所の『戸籍課』のような雰囲気だ。
疲れた顔の事務員が書類を処理していた
私が窓口に来たことで、疲れた表情を隠してにっこりと笑顔を向けてくる。
「ようこそいらっしゃいませ、聖王国騎士団直属魔法使い免許センターへ。ご用命を承ります」
「はい……実は」
疲労困憊の中で申し訳ないが、申請しないことには何も始まらない。
心の中で謝罪しつつ魔法使い免許講習の受付をお願いした。
王都を見て回りたいということもあり、集中合宿ではなく通常の授業日程で申し込んだ。
集中合宿は「スパルタ式」「寝る間も惜しんで魔法漬け」「魔力枯渇でぶっ倒れる者続出」という噂で、避けるのが賢明だと判断したのだ。
アークシア曰く、直属の免許センターは、ほかよりも厳しいけど、しっかりとした設備があるし、規律や規範や規則をしっかりと叩き込まれるから、田舎育ちのカズにはちょうどいいよ、なんてことを言われた。
まあ、都会の人の動きといい、田舎育ちだとめまぐるしすぎるが……一応前世では、地方の県庁都市くらいの賑わいは知ってるしそこまで言われることはない、と思うのだが、彼にニコニコ顔で進められたら断るという選択肢は選べなかった。
「はい、これで受付完了しました」
細部に至るまで記述し、書類を提出する。
提出した書類には、氏名、住所、生年月日の他に、「過去の魔力暴走経験の有無」「危険魔法への興味の有無」「魔法関連犯罪歴」といった、なんだか物騒な項目がずらりと並んでいた。
いや、これこの段階でこの項目に記述するような人居るの? と思ったが、一応釘を刺すという意味でもしっかりと本人に読み込んでもらった上で宣誓させることが大事なのだろう。
もちろん、該当するものはなかったので迷いなく書き込んでいく。
それから授業料を納め、ポイントカードのようなデザインの授業のスタンプカードを受け取る。
いよいよ、本格的に魔法使いへなるために動き出した、という実感が湧いてくる。
「さっそくですが、授業を受けることは出来ますか?」
入り口からすぐのお姉さんが、最速で明日から第一講習という話をしていたが、申し込めたということで少々浮かれてそんなことを訊ねてしまう。
「……えっと、そうですね」
受付のお姉さんは浮かれる私に苦笑いを浮かべつつも授業表に目を落として探してくれた。
「……今日でしたら、お昼の鐘後の授業のコマがありますね。少々予定が変更になっておりまして、なおかつ聖王国騎士団からの派遣教官も来られますし、効率よく基礎を叩き込まれるにはうってつけかと思われます」
受付のお姉さんの表情が若干不穏である。その口元は微笑んでいるが、目が笑っていない。
騎士団からの派遣教官、人気無いんだろうな。騎士団直属ということで技術は確かなんだけど厳しいって評判だし。
まるで、教習所の「鬼教官」のような存在なのだろう。 まあその分こちらも覚悟ができるというものだ。
「解りました、ありがとうございます」
「はい、ご健闘をお祈りしていますね」と、受付嬢がにこやかに告げてくれる。
その言葉は、まるで「無事に生きて帰ってきてください」と言われているかのように聞こえた。
いくらなんでもそんな戦場に送り出すんじゃないから、と思いながらその場を後にする。
受けるかどうか迷いはしたが、結局、抑えきれないワクワクが勝った。
お昼の鐘が鳴ると、受付嬢に教えてもらった場所へと向かう。
たどり着いた講義室は……予想に反して、ほとんど人がいなかった。
「よし、時間だな。今来たばかりのそこのお前、すみやかに席に座れ。さっそく授業をはじめるぞ」
教壇で腕組している女性に睨まれる。
慌ててまばらに座っている受講生に混じって座る。
どうやら、この人が教官らしい。女性でありながらしっかりと鎧を纏い、腰には帯剣していた。
その姿を見ると魔法使いとは何か、と疑問に思うほどだが、基礎や規則といった座学を教える分には問題ないということなのだろう。
どちらかというと、体育の先生か、軍隊の鬼教官といった風情ではあるのだが、おそらく着替える暇もないか、もしくは侮られないようにわざと聖騎士団の装備をしているのかもしれない。
教室に並ぶ生徒たちを見回す彼女の視線は鋭く、まるでこちらの魔力量を測るかのようにジッと見つめてくる。
その鋭い視線に、だらけていた気持ちがきゅっと引き締められた。
教室の空気もピンと張り詰めたものになる。
「よし、これから授業をはじめる……」
授業というと学生の頃を思い出すが、まあ学ぶというのは幾つになっても緊張するものだ。これくらいの緊張感があったほうがいい。
前世でも、って余計な回想するよりも集中しないと……。
受講生の気持ちが引き締まったところで女性教官は口を開いた。
「お前たち、魔力というものは知っているな。魔法使いになるなら当然解っていると思うが……魔法を行使するためにつかう薪みたいなものだ。初心者にありがちなことだが、魔法を使えるようになったからといって考えなしに魔法を行使しないこと、これをまず頭に叩き込んでおけ。魔法の乱用により魔力が枯渇すると最悪死ぬこともある。いいか、魔力は有限だ。自身の実力を過信するな」
騎士団での訓練のためか、やや掠れた調子の声が響き渡る。
実際にそんな現場を見ているのかやたら力の入った実感のある喋りだった。
「……よく聞け! 確かに魔力は使えば使うほど体内の回路が強化されより強力な魔法を使えるようになる素地は出来る。そのため繰り返し練習することは大事だ。だが、人が持ちうる総魔力容量はなかなか増えない。このあたりは勘違いしやすいから注意しておくように。巷では『魔力増幅ポーション』などという怪しげな薬が出回っているが、あれはただ一時的に魔力を水増しするだけで、逆に体への負担が大きい。絶対に手を出すな!」
凛とした声が教室に響く。
こうして私は転生した異世界で、魔法使いになるための一歩を踏み出した。