魔術師
元の番組の趣旨もあり、勿体付けて怪異譚と銘打つ
くらいですから、このシリーズは原則として怖い話
ばかりなのですが、今回は珍しく怖くありません。
(これまでのもそんなに怖くなかったぞとか言ったら
ホラーな目に遭わせるぞ。余計なこと言うなよなっ)
なんでこんな話を思いついたのか今となっては定か
ではありませぬが、いろいろ煮詰まっていたのかも
です。しかし例によってディレクターは面白がって
ボツにせず演出とキャスティングにも大変に凝って
くれて、怖くはないけど感動的とリスナーさんにも
評判はかなり良かったかと思います。まあこれも、
ちょっとした魔術ですかね?(←うまいこと言うた)
それでは読んでみてください。細工は流々仕上げを
御覧じろラーメン二郎坂上二郎飛びます飛びます♪
では今からこの猫をギロチンに(←よしなさい)
学生の頃の話です。アメリカに留学していた私は、
ホストファミリーと一緒に移動遊園地に行きました。
アトラクションやゲームや綿菓子…… アメリカ人の
家族は両親も子供たちも、楽しそうに盛り上がって
いましたが、二十歳を過ぎていた私には、正直少し
退屈でした。可愛い女の子でもいないかな…… と、
一人でぶらぶら歩いていると、会場の端っこの方に、
見るからに胡散臭そうな、見世物小屋がありました。
興味を惹かれ中に入りましたが、客は私だけでした。
アラビア風の衣装を着けた大男が、大袈裟に身振り
手振りをつけて、仰々しく口上を述べ始めました。
「さて今宵、皆様にお目通りする魔術師は、その首を
バッサリ切り落とされても、平気の平左の奇跡の男!
ミスタアアア、エイチィィィ!」
タキシードで盛装したミスターHが、舞台に現れて
お辞儀を済ませると、舞台の中央に設置されていた
断頭台に自ら頭を突っ込みました。アラビア衣装の
男が木枠を嵌めて、しっかり首を固定…… 仰々しく
ドラムロールが鳴って止まって、無造作にギロチン
の刃が落とされました! シャツの襟首もろとも、
首が切断され、最前列に座る私の前までゴロゴロと
転がってくると、ミスターHはこちらを見上げて、
ニッコリと微笑み、ウインクしました。
「やあ、お客さん! ごきげんいかが?」
ギロチンの手品は何度か見ていましたが、ここまで
リアルなものは初めてでした。切り落とされた首は、
表情も豊かで、とても作り物には思えませんでした。
「君は…… 人形の、首だよねえ?」
思わず目の前の首に語り掛けると、
「何を言いますか? 私は生きている、ミスターHよ!」
驚いて言葉を失っていると、首のないタキシードの
体がいそいそと歩み寄って、首を持ち上げました。
「やあやあ、ミスターBが来てくれた! 体がないと、
何かと不便だからね! ありがとう、ミスターB!」
ミスターBは体の元あった位置に首を…… ミスター
Hを乗せて再び一体化すると、深々とお辞儀をして、
緞帳の向こうへと退場していきました。私は衝撃の
あまり、しばらく席を立てませんでした。
それからはもう憑かれたように、休日になると移動
遊園地の見世物小屋に通いました。このマジックは、
ギロチンで切り落とされた首=ミスターHを、首の
ない体=ミスターBが拾って帰るだけのシンプルな
演目ですが、どんなに目を凝らして、注意深く観察
しても、その仕掛けが全く見抜けないのです。他の
客には飽きられて閑古鳥が鳴いていたのに、熱心な
常連となった日本人の若者を気に入ってくれたのか、
ミスターHは、いつも親しげに接してくれましたが、
もちろん種も仕掛けも、一切明かしてはくれません。
首のないミスターBは静かに佇んで、私とミスター
Hの会話が終わるのを待っているだけです。
夏の終わりのその日も、ギロチンで切り落とされた
首は、私に向かってゴロゴロと転がってきました。
しかしミスターHのいつもの愛想よさは影を潜めて、
躊躇いながら悲しそうな口調でこう切り出しました。
「いつも来てくれる、たった一人の、優しいお客さん。
私たち、あなたにお別れを言わなければなりません!」
ミスターHによると、今日でこの街での移動遊園地
は終了、次の開催地へ出発するのだそうです。結局
どういう仕掛けなのか分からなかった不満よりも、
親しくなった友人たちがいなくなってしまう寂しさ
で私はたまらなく切なくなり、席から立ち上がって、
目の前のミスターHの頭を拾い上げると、ぎゅっと
ハグしました。私の思わぬ振る舞いに驚いたらしい
ミスターBがあわてて駆け寄ってきました。しかし
ミスターHは、私の胸に抱きしめられたまま、声を
張ってミスターBを制しました。
「いいじゃないか、ミスターB…… この日本人の親友
には、特別に私たちの秘密を、教えてあげようよ」
ミスターHは、くれぐれも口外は無用と念を押して、
とうとうこの手品の仕掛けを、披露してくれました。
「…… 襟を取ってもらえますか、マイ・フレンド?」
私はミスターHの顎の下に付いていたシャツの襟を
ぺりぺりと剥がしました。その下から現れたのは、
高麗人参のような形状に委縮した、小さな小さな、
男性の裸体…… 驚いて言葉を失った私にミスターH
は、その小さな肩を竦め、手を広げてみせました。
「裸でごめんなさい。私とミスターBは、双子ですが、
母のお腹の中で、成長が歪になってしまいましてね。
生まれたときには、私は頭だけ育っていて、だけど
体は育っていなくて…… そしてミスターBは、完全
にその逆の状態でした」
ミスターHは、穏やかな表情で話してくれました。
「両親にも見捨てられ、病院で処分されそうになった
ところを、彼が救い出してくれたんです。私たちに
とって、命の恩人ね。実の親以上の存在です」
ミスターHの小さな手で指し示す先には、アラビア
衣装の大男が立っていました。私は彼に会釈して、
この秘密は誰にも言わないと約束しました。大男は
おそらくアラビア式の、感謝と祝福を伝える仕草を
してみせました。
私は、ミスターHの顎の下の体を隠すべく、さっき
剥がしたシャツの襟を丁寧に付け直すと、心配そう
に待ちわびるミスターBの腕に、双子の兄弟の頭を、
落とさないように注意深く手渡しました。
「ミスターBも、あなたにお別れが言いたいそうです」
私はミスターBの襟が外れたタキシードの首周りに
目をやりました。そこでようやく仕掛けが分かった
のです。ミスターHが、どうやってミスターBの体
に固定され、繋がっていたのか……
答えは簡単でした。そう…… 肩車をしていたのです。
ミスターHの、小さな体の小さな腕がしがみつける
くらい小さなミスターBの頭は、ほぼ胡桃くらいの
大きさでした。顔を合わせるのは最初で最後となる
私を見上げて、はにかみながら微笑むミスターBは、
その双子の兄弟と同じくらい、穏やかな優しい表情
をしていました。
【ネタバレ含みます。本編を読んでから閲覧推奨あるよ】
いかがでしたか? 怖くないけど、どこかロアルド・
ダールというかレイ・ブラッドベリというか奇妙な
味わいの、しかもちょっといい話系のファンタジー
でしたでしょ? 心が綺麗なら感動できたはずさっ!
魔術師/手品師あと見世物小屋系のこういう話だと、
それこそダールの、帽子からウサギの種明かしとか、
ブレナン「浮遊術」とか素晴らしい短編がいっぱい
ありますし、デルトロ監督「ナイトメア・アリー」
もまあ本当に悪夢とドツボの鬱々たる傑作でしたね。
読んでいただいた方にはもう解説の必要もないとは
思うけどミスターHは“HEAD” ミスターBは“BODY”
のことですよ。しかしこの双子、一方は体で一方は
頭がここまで縮んでたら、内臓の代謝や脳の容量的
に生きていけるのか知能や生命が維持できるのかと
疑問に感じた方もいるかもしれませんがそこは敬愛
するルーカス師匠に倣い以下の言葉で回答とします:
「おれの移動遊園地では、生きていけるんぢあ!」
あと、聞くところによると、日本に来ていたインド人
の留学生が、日本語リスニングの勉強の一環で夜中に
ラジオでたまたまこの話を聞いて感動して、その粗筋
をテルグ語でノートに書き写して母国に送り付けて、
それを読んで感銘を受けた従兄弟の映画監督が、肩車
で無双状態になって悪いイギリス軍をぶっ飛ばす最強
の義兄弟を主人公にして作った大作映画が、日本でも
大ヒットしたあの傑作「RRR」 だという有名な噂は、
日本だけではなく、インドでも誰も聞いたことがない
真っ赤な嘘とのことです。ドスティ~~~~♪