脳筋に知識のアップデートはなく、取り返しもつかない
追放されたジンは、 歴代勇者の痕跡をたどる!
(旧題:剣と弓の世界で俺だけ魔法を使える~最強ゆえに余裕がある追放生活~)
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元父親のエルド・スターンがマジックソード学院から付き添ったマリカ・フォン・ミシャールに目をつけたことで、空気が一変した。
引きつった笑みのマリカは、ようやく自己紹介する。
「私は、マリカ・フォン・ミシャール伯爵令嬢です! 今のお話は、聞かなかったことに――」
「ハッハッハッ! 軽々しく爵位を言ったら、いけないよ? 伯爵家に、君のような令嬢はいない」
エルドが、頓珍漢なことを言い出した。
…………
ああ、そうか!
こいつ、自分の派閥をまとめているほうの伯爵だと思っているのか!
騎士爵なんて、目の前の敵を倒せば、それでいいからな……。
(男爵なら、こういった話は最初に叩きこまれるだろうが)
そう思いつつ元母親のナディネ・スターンを見れば、口を出す気はないようだ。
(夫のエルドに逆らえば、自分が困るからねえ? こんなもんか!)
こんなアホでも、ノダック村の独裁者だ。
マリカが激怒した場合、俺も困る。
なぜなら、最寄りの大きな街までの旅費を出してもらう必要があるから。
(筋肉バカの騎士爵が騒いでも、相手にされない。口約束だけで、とにかく帰るか?)
今度は、俺が視線を送った。
それを受けたマリカも、うんざりした表情から同じ意見のようだ。
「スターン卿? その件は、持ち帰って検討いたします。お父様に相談しないと……」
翻訳すると、お前の暴言をミシャール伯爵に報告するから、首を洗っておけ。
しかし、貴族の言い回しが通用しないエルドは満面の笑み。
「そうか、そうか! うむ! お前の父親にも言わないとな! ナディネ、彼女の婚礼衣装などを準備しておけ」
「えっ! あの……」
状況を理解している元母親は、オロオロする。
マリカの父親であるミシャール伯爵が知ったら、貴族としての派閥が異なっても騎士爵なんぞ一瞬でクビだ。
そもそも、騎士爵は貴族ではない。
代官として赴任すれば、立場上は貴族ってだけ。
(何なら、物理的に首が飛ぶ……)
向き合って座る俺やマリカを交互に見るも、フォローなし。
マリカは怒りながら微笑んでいるし、たった今、勘当された俺は他人だ。
(元父親と、せいぜい元気でな?)
復讐する気はないが、アホの肩を持って追い出した人間にすがるな。
エルドを潰すと決めたマリカは、立ち上がった。
「では、失礼いたします……」
「せっかくだから泊まっていけ、と言いたいが……。早く、父親に言わないとな!」
意味深な笑みを浮かべたマリカが、それに応じる。
「ええ……。楽しみになさってください」
もはや、マリカが自分の息子の嫁になったかのような扱いだ。
相手にされなくなった俺も、立ち上がる。
旦那を横目に近づいてきたナディネが、話しかけてくる。
「ティル! お父さんに――」
「言いたければ、自分で言えよ? 他人になった俺に、すり寄ってくんな」
自分を養っているエルドに良い顔をしながら、必要な事実は他人に言わせてヘイト回避ってか?
冗談じゃない!
「だって……」
立ちすくむナディネを放置して、屋敷の外へ出れば――
村の若い奴らが剣を振っていた広場に、馬車が停まっていた。
(家紋が描かれている……。貴族らしき中年男と、その息子……にしては余所余所しいな?)
貴族に目をつけられないよう、村の連中は遠巻きに囲んでいる。
それに対して、マリカと一緒に歩いているエルドは得意げに歩み寄る。
「ジャコメオ・ヴァルガ子爵! ちょうど、良かった! 俺の息子になるテリヒトにぴったりの嫁を見つけましたぞ?」
敬語と言いにくい呼びかけに、ジャコメオは顔をしかめた。
しかし、マリカを見て、驚いた顔へ。
「ほう! 村に、これほどの美人がいたとは……。良かったな、テリヒト? 六男として子爵家を出ても、楽しい生活になりそうだ」
少し間が空いたことで、このオッサンが愛人にしたかった雰囲気だが、ここは昼の村の中。
(大勢に、注目されている……。追い出す息子から奪えば、悪い噂になるよな?)
貴族にしては子供を作りすぎで、愛人がいるのだろう。
(空きが出たとはいえ、六男にも仕事を紹介するか! 面倒見はいい)
俺が傍観者になっていたら、テリヒトと呼ばれた男子はニヤニヤする。
「はい、父上! ……ヴァルガ子爵」
マリカの正面で向かい合い、貴族の令息らしい会釈。
「では、レディ……。エスコートさせていただきます」
テリヒトが、ぎこちない動きでマリカの片手を取ろうとしたら――
パアンッ!
スナップを利かせたビンタで、テリヒトが差し出した手は弾かれた。
思わぬ展開に、目を丸くする一同。
手を払ったマリカは、俺を指差しつつ、宣言する。
「私は、あの方と婚約しています! 手に触れたければ、彼を倒してからにしてください」
恥をかかされたテリヒトは、痛む手をさすりつつ、驚く。
「なっ!?」
ジャコメオは、無表情に。
「どういうことかね、スターン卿?」
「いいいい、いえ! これは、彼女なりの冗談で――」
「冗談ではありません」
マリカの返事で、逃げ道は塞がれた。
俺がテリヒトと決闘する流れも……。
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