反意は、すくすく育つ
追放されたジンは、 歴代勇者の痕跡をたどる!
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マジックソード叛意の貴賓室で、ティエリー・レ・サクリフィが何かを投げつけた。
それはティーカップであり、絨毯が敷かれた床に当たり、パリンと割れる。
「お前は、私の顔に傷をつけた女を逃がしたと?」
『……お言葉ですが、そのシャーロットという女には大穴を開けております。長くはありません』
デストロイヤー騎士団の隊長は、武器がないまま、片膝をついていた。
先ほどのティーカップで負傷することはない重装甲で、2つの丸眼鏡があるマスクで顔を隠したままだ。
いっぽう、仁王立ちのティエリーは苦々しい顔だ。
「私は、そいつの顔と体はいいから連れて帰れ、と言ったはずだが?」
『……申し訳ございません』
跪いている隊長は、ガシャリと頭を下げた。
その丸いヘルメットをバコッと叩いたティエリーが、叫ぶ。
「本当に使えん! まあ、聖女リナは五体満足で連れ帰ったのだ。最低限の仕事はしたな?」
非正規で汚れ仕事をする騎士団を怒らせたくないのか、側近の1人が口をはさむ。
「で、殿下! 聖女リナとの婚約は――」
「近くの街フルゴルにいたそうだが、その間に何をしていたか、知れたものではない! 処女ならいいわけでもない……。それ以外で男を悦ばせていない保証が、どこにある!?」
沈黙。
ガシャリと顔を上げた隊長が、進言する。
『恐れ入りますが、そろそろ退室しても? 次に備えておきたく存じます』
「……勝手にしろ」
一通りの暴言と暴力で気が済んだのか、ティエリーは許しを与えた。
重そうな音を立てて、重装甲の騎士が立ち上がる。
『では、失礼します……』
頭を下げた後で、重そうな音で立ち去った。
大扉が閉められた後に、ティエリーが尋ねる。
「リナとやらは?」
「……貞操のチェックを兼ねて、様々な手入れを行っているはず」
「学院の女子エリアにある貴賓室で、警備をつけています」
ティエリーは、今にも呼び出しをかけそうな側近に、片手を向けた。
「会う気はない! しかし、ケーム公爵令嬢にした意味はなくなったか……。サクリフィ王国を救うための犠牲にするのは、既定路線だが」
片手で後頭部をかいたティエリーは、ぼやく。
「リナも悪くなかったが……。国母になる可能性を考えたら、いっそのこと、手を出さないほうが美談になるか?」
「殿下が寵愛を与えるのを狙った毒や呪いが、あるやもしれません……。ご賢明です」
側近が同調したことで、ティエリーはようやく機嫌を直した。
「そうだろう……。王都へ聖女リナを連れ帰る手配をしろ! こんな狭くて野蛮な場所に、いつまでもいられん」
「ハッ!」
◇
顔を隠した重装甲の騎士が、2人。
その金属が擦れる音や、死神のような容貌に、学院の生徒たちが避けていく。
『隊長……。あの男は、このままで?』
『我々が動かずとも、いずれ自滅する……。けれど』
言葉を切った隊長が、立ち止まる。
部下も、それに倣う。
マスクをつけたままの顔を見た隊長は、同じマスクのままで告げる。
『戦場では、何が起きてもおかしくないだろう?』
『……はい』
あのティエリーが前線に出てくるようなら、始末することも良い。
それを理解した部下は頷き、文句を止めた。
再び歩き出した騎士2人は、ミルクティー色の長髪を目にした。
明るい茶色の瞳が、バッタリ出くわした2人を見る。
マリカ・フォン・ミシャールは、同行していた女子が固まっているのに、会釈する。
「失礼しました、騎士さま」
袖を引っ張り、他の女子にも動くように指示。
脇に退いた。
歩き始めた騎士2人のうち、隊長がマリカの前で立ち止まった。
その音と気配、何よりも視線で、彼女が気づく。
「何か?」
『……お前は、聖女リナを救出する場にいたな?』
「はい」
『……じきに、聖女を王都へ護送するだろう。女騎士は限られているから、学院から話し相手を兼ねた護衛を募るやもしれん』
「なぜ、私に?」
『……いい腕だったからな! それに、お前が気に入っている男子が巨乳にしか反応しなくなる前に取り戻すためにも、都合がいい』
ビキッと顔を引きつらせたマリカが、それでも尋ねる。
「な、何のことを仰っているので?」
『……あの巨乳娘が生きていれば、間違いなく、聖女リナの奪還にくる! 奇襲とはいえ、俺の部下を倒した男となれば、あの体でつなぎ止めて味方にするだろう。今話している間にも、お前では無理なプレイで楽しんでいるだろうが……。関係なければ、邪魔したな?』
静かに怒っているマリカを残し、重装騎士2人は立ち去った。
『なぜ? さっきの女子は、上位貴族のようでしたが……』
王子にチクられたら、マズい。
そう思う部下に対し、歩いている隊長が笑った。
『ハハハ! あの女は、こちら側だ! どうせ引っかき回すのなら、大勢のほうがいい……。それに、俺たちを倒したやつと再戦しないわけにもいかん』
『はい!』
マスクをしていてすら、隊長は楽しそう。
『小さな犠牲で、国を維持する……。果たして、いつまで続くかな? あの馬鹿王子を見る限り、もはや犠牲にした奴らへの感謝の念など、微塵もない』
まるで、サクリフィ王国を一緒に壊す同志を見つけたように……。
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