危険を避けるには、直感か幸運が必要だ
追放されたジンは、 歴代勇者の痕跡をたどる!
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半包囲したデストロイヤー騎士団が立ち直る前に、決める必要がある。
そう思ったティルは、リナを見た。
彼女も見つめ返し、頷く。
次に、倒れたままで上半身を起こしたシャーロットを見た。
けれど、シャーロットが何かを言う前に、再びティルを見つめる。
(自分はいいから、彼女を助けてと……)
別の意味だったらコントになるが、今は決断の時だ。
ティルは、重武装の騎士が警戒しているのを良いことに、シャーロットを肩に乗せた。
くるりと背を向けて、全力疾走。
身体強化により、時速40kmを越えた。
肩に載せられ、くの字に折れ曲がっているシャーロットは、激痛よりも自分たちだけ逃走することにびっくりする。
「ちょっ! ちょっと!? リナ……リナがまだ残っているわ? 止まって!」
シャーロットは、ちょうど背中側に頭があった。
自分で顔を上げて、遠ざかるリナを見るも、彼女は微笑んだまま。
右手のスピアを構えた重装騎士が、その前に立ち塞がった。
「くっ!」
理屈では、逃げるべきだと分かる。
今にも激痛で意識を失いそうで、自分を担いでいるティルを振り払う気力すらない。
「あ、うっ……」
考えている間に、シャーロットは意識を失った。
腹を支えにして、ティルの背中に頭が接する。
見る見るうちに遠ざかっていく、男女2人。
デストロイヤー騎士団の隊長は、素直に感心した。
『思い切りのいい奴だ……』
リナ・ディ・ケーム公爵令嬢を奪おうとすれば、いくらでも殺す手段はあった。
手足の1、2本ぐらいは、壊しても良かったのだ。
けれど、こちらが体勢を立て直す前に倒れたままの女子を担ぎ、最短ルートで走って逃げた。
時間をかけるほど、残り4人は新たな連携を見せて、マジックソード学院の生徒や一般兵が駆け付ける。
ここは、サクリフィ王国だ。
『逃がすわけにもいかんな? 2人、飛ばせ!』
『『ハッ!』』
2人が答えると同時に、それぞれスピアの先端を遠ざかっていくティルに向けた。
ホバー走行による加速をしながら迫る一方で、回転しているコーン状のスピアが凄まじい勢いで射出される。
直線で逃げていたティルと、気を失ったままで肩にのっているシャーロットを串刺しに――
横殴りの強風が通り過ぎて、必殺のスピアを邪魔する。
狙いからズレたことで、関係ないほうへ突き進み、やがて地面に刺さった。
『なっ!?』
『……風魔法の上級であるウィンドストームに、指向性を持たせた?』
槍の部分をなくしたことで、握るためのグリップとその後ろだけになったスピア。
それを持ちながら、ホバー走行をしていた重装騎士がターンする。
新たな敵の出現に緊張するも――
『学院の生徒?』
『……我々を援護か、逃げる奴らを狙ったか! 余計なことを』
地面に両足を下ろした重装騎士2人は、マジックソード学院の制服を着た女子に興味をなくした。
彼女も、右手に持っているスモールレイピアの切っ先を下げる。
ティルが逃げ去ったほうを見つめていた。
隊長が、叫ぶ。
『戻れ! 聖女リナを護衛しつつ、撤収する! あの女は重傷だ。長くはあるまい……』
乱入したティルは、そもそも殺す対象にあらず。
自己完結した隊長に従い、倒れた1人も運ばれていく。
最後に、隊長は堂々と立ったままの女子を見る。
(我々を恐れんか……。怖い女だ)
2つの丸いゴーグル越しに見た隊長は、その女子がわざと邪魔したことに気づいた。
しかし、任務は聖女リナの奪還と、王子を殴り飛ばしたシャーロットの始末か連行。
偶然を装った邪魔にまで、付き合っていられない。
むしろ、上手いやり方だと褒めていた。
射出したコーン2つを含めて、彼らは痕跡を残さずに立ち去る。
左腰にスモールレイピアを吊るした、マリカ・フォン・ミシャール。
彼女は、デストロイヤー騎士団の邪魔をして、ティルを守った。
「そっかー! オッパイに栄養が集まった女のほうがいいの?」
ボソボソと、怖いことを呟いている。
心配して近寄った女子は、おそるおそる、尋ねる。
「だ、大丈夫? さっきのデストロイヤー騎士団って、村1つを焼いたとか噂になっているけど」
その殺戮者のトップは、マリカを油断ならぬ女と評価していたが……。
笑顔のマリカが、答える。
「うん、大丈夫! たまには、放し飼いにしたほうがいいよね?」
「……へっ? ああ、うん! ペットは、広い場所のほうが喜ぶし」
訳も分からず同意した女子に、マリカは何度も頷いた。
胸元のペンダントを開けて、ジッと見ている。
「家族の写真?」
パチッと閉じた後で、マリカが女子に向き直る。
「そんな感じ! 足が速いから……。仕込んでおいて、良かった!」
何が良かったの?
そう聞きたかった女子は、かろうじて口を閉じた。
好奇心、ネコを殺す。
彼女は、デストロイヤー騎士団よりも恐ろしい魔の手から逃れたのだ。
本当の恐怖とは、気づいた時に終わるもの。
ともあれ、ティルとマリカは別れた。
今後は、それぞれに人生を歩むだろう。
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