身構えている時に死神はやってこない
追放されたジンは、 歴代勇者の痕跡をたどる!
(旧題:剣と弓の世界で俺だけ魔法を使える~最強ゆえに余裕がある追放生活~)
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俺は、くつろいでいるマリカ・フォン・ミシャールを見た。
「お前には、故郷だったノダック村への旅費を払ってもらったから――」
「いいわ、そんな細かい金額!」
伯爵令嬢だけあって、そういったことには大雑把のようだ。
椅子に座っているマリカを見る。
「お前は……マジックソード学院に残るんだよな?」
「ええ、そうよ! 今は臨時編成の捜索隊で……。この宿も調べているの」
得心が行ったことで、思わず言う。
「それで、俺の部屋に来たわけか!」
「私たちは学生のうえ、大半が貴族だから……。任意の捜索ってところ」
部屋のどこかに隠れた、リナ・ディ・ケーム公爵令嬢と王子襲撃犯のシャーロット。
彼女たちが見つからないよう――
いつの間にか立ち上がっていたマリカが、両手でクローゼットの扉を開いていた。
俺に背中を向けたまま、問いかける。
「ティル? あなたは、どうするつもり?」
「旅に出る……。ここにいてもロクな仕事がないし、魔法剣を至上主義にしている場所にいても先はない」
物を落としたのか、腹ばいになってベッドの下を覗き込んでいたマリカは、立ち上がった。
「学院は、頭が固いから……。サクリフィ王国の聖女についても、気になることがあるの!」
そこで、俺はマリカが隠れられそうな場所を調べていると気づく。
ツカツカと歩み寄り、彼女の腕をとって、ベッドへ連れていった。
誘導するように座れば、隣に座るマリカ。
「急に、どうしたの? んっ……」
背中からベッドに寝たマリカは、押されたことに抗議する視線。
両手を突き出すも、本気で抵抗する気配はない。
「こんな時に?」
「悪いか? お前、旅の途中もさんざんに誘っていただろ?」
ベッドに寝たままで苦笑したマリカは、視線をそらした。
「んー! 別にいいんだけど……。もうちょっと、ムードが欲しいかな? 戦闘用の装備だから、つけ外しが面倒だし」
ゆっくりと上体を起こしたマリカは、正面から抱き合うように耳元で囁いた。
「じゃあ、また……」
ギシッと立ち上がり、部屋から出て行く。
内鍵をかけて、息を吐いた。
「もう、いいぞ?」
クローゼットが左右に開き、リナの姿。
ベッドの下からは、プルンプルンと動く巨乳によるシャーロットが這い出てきた。
2人とも、俺を見つめたまま。
「あの――」
「寝る!」
リナがおずおずと話しかけてきたが、俺は力強く宣言する。
「あ、はい……」
勢いに呑まれた彼女は、ただ頷く。
――翌日の早朝
早めに寝たことで、俺の意識はすぐに戻る。
「勝負どころだな……」
おそらく、この女子2人と一緒に逃げる羽目になる。
さもなければ、顔面崩壊したティエリー王子のストレス発散でのオモチャだ……。
ベッドで寝ていた2人の顔をペチペチと叩きつつ、水分補給と、ストレッチを兼ねたウォーミングアップへ。
昨日よりも生気が戻った女子2人に、早く準備をするように命じる。
食事をしながら動いている彼女たちが、頷いた。
宿の窓から抜け出た俺は、シャーロットを見た。
「じゃ、やってくれ! 逃げ切れるといいな?」
笑顔になったシャーロットが、言い返す。
「あなたも! これだけ体力が戻れば、何とかなる!」
シャーロットは、リナを抱きかかえ、前へ助走をつけながらの放り投げ。
上空へ放物線を描くリナが、フルゴルの高い壁の外へ……。
足元の屋根を壊しつつ、スタートダッシュしたシャーロットが弾丸のように走っていく。
見る見るうちに加速して、同じく壁を越えていった。
(俺も、逃げるか!)
女子2人とは違う方向を選ぶも、あえて地面に降りての移動へ。
◇
落下していく少女は、悲鳴を上げないよう、両手で口を押さえていた。
走りながら加速していった少女が、仰向けにスライディングしながら、それを受け止める。
すさまじい衝撃があるも、地面が大きく凹み、長いみぞが作られたのに、リナを止めたシャーロットは彼女を抱えたままで立ち上がって、走り出す。
見る見るうちに景色が変わり、もう大丈夫と判断して止まるも――
「おいおい? まさか、俺たちが当たりを引くとはな……」
オラオラ系のロイグ・ガイアルドーニだ。
学院の生徒でチームを組んでいるらしく、制服を着た男子が一斉にソードを抜く。
けれど、両手がフリーになったシャーロットは一瞬で距離を詰め、相手の足を払いつつ腕を取っての投げ。
クロスレンジでの顎への強打、強風のような頭部へのハイキックと、瞬く間に倒れ伏す男子たち。
ロイグも、剣に付与する魔法に悩んだことで、あっさりと沈む。
息を吐いたシャーロットは、ゆっくりと両手を下ろす。
「ふーっ! リナ、ここから早く――」
キュイィイインッ!
機械的な音が響いたと思えば、肉を焼くような吐き気を催す臭いが辺りに満ちた。
シャーロットの脇腹がえぐれ、それを成したコーン状のスピアを引き抜く。
どさりと倒れる、シャーロット。
その槍の部分は真っ赤になっており、右腕でスピアを握っている騎士が、事態を理解できないリナのほうを見る。
2つの丸眼鏡のようなマスクをつけており、顔は見えない。
音を立てて、目の部分が光った。
フルアーマーだが、重装騎士にしては動きやすそう。
デストロイヤー騎士団だ。
過去作は、こちらです!
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