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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
ニコニコ笑顔のふわふわな雲
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蜘蛛の糸

「テープ式レコーダーだよ」

 雲は私の声のなっていた箱を開いた。するとそこにはまた小さな箱が入っており、それをフルフルしながら教えてくれる。

「すごいよね。この箱の中にはテープが張ってあって、そのテープがレコードの代わりをしてくれるんだって」

 私の知らない道具。私の知らない知識。

「世界にはニッポニアやムオンとはまた別の国があって、そこではまったく別の世界が広がっているの。それぞれの国が、その国の力いっぱいで頑張るのって素敵よね〜」

「……どうして私の声を録音したんですか?」

「だって聴きたいじゃない! あなたからどんな音がするのか」

 純粋で、悪意がない。

 だからこそ私の言葉は音だなんて表現される。雲はきっと本当に、私の声が聞きたかっただけなんだ。

 なんだか圧倒された。

 ここは敵地の捕虜収容所で、その中で彼女はそんなごく個人的な趣味に興じていただなんて。その上で、あれだけ素晴らしい音楽を生み出すことができる。ただ同時に、ふわふわ笑いながらニッポニアの仲間である手毬を見捨てることだってできてしまう。

 すべてが雲で、だからこそ彼女はこんな場所でもこうやって生きることができる。

「山猫さんのことをずっとみていたの。みんなの前では喋らないけど、きっとたくさん言いたいことがあるんだろうなって思ってたわ。でもその言葉は、ただ垂れ流すだけじゃダメよ〜」

 雲が私に目をつけたのは、本人から言われてもいまいち理解ができない。私はそんなに目立つ存在じゃないと思うんだけど。だとすれば彼女は奴隷みんなに目を走らせていたのかもしれない。雲がすぐ私の前に立った。

 頭ひとつ半も身長が高くて、顔だってこれ程ないくらいに綺麗だ。すぐそばにいるのが惨めなくらいに。

「誰に、どうやって伝えるかが重要なの。でね、ここからは極秘情報なんだけど……」

 彼女はこほんと咳払いした。

「ムオン共産党の施設訪問が、半年後にあるんですって。そこでね、奴隷たちの有志で出し物をさせられれます!」

 ムオン共産党?

 それはムオンの与党であり、今回の戦争だってムオン共産党と戦ったと言っても間違いじゃない。

「それも内務局長がいらっしゃるわ! ムオンナンバースリーですって!」

 敵国のナンバースリーが奴隷施設に?

「……な、なんのために?」

「単に組織上の理由よね〜。施設(バクルシュミュール)が内務局の管轄下だから、適切に運営されているか確認する必要があるのでしょうね!」

 まぁ、そういうことはあるかもしれない。

「そしてこれはもっといい話なのだけど、この内務局長っていうのは実は党のトップの息子さんらしいの。だから相当権限が強いとかでね。もし彼の心変わりがあればきっと捕虜の待遇だって大きく変わるわ!」

 あまりの情報に処理が追いつかない。

 つまり、半年後に私たちの生殺与奪を握った張本人がここにやってきて、対峙するチャンスがあるってこと?

  すごく重要なことを聞かされている気がする。しかし重要なことであったとしてもふわふわと笑いながら雲は話すので、それはとても日常的なことのように思えてしまう。でも、これは違う。これはきっと細い細いチャンスの話をしてくれているんだ。

施設(バクルシュミュール)の人たちは別に、その出し物を重要だと考えちゃいない。ただ単に、奴隷が健康的で従順に管理できていますよと示せればいいだけだから。でも、山猫さんは違うわよね〜?」

「……雲さんが、奴隷の処遇改善を訴えてくれるってことですか?」

「そんなの聞いてもらえるわけないでしょ。私たちは敵国の薄汚い奴隷よ」

 雲は本当はあまりにも美しい銀掛かった長髪を持っていた。風に靡くだけで誰もが振り向く宝石のような髪だった。でも、今ではそれはざっくりと切られている。

 奴隷だから。彼女の意思とは関係なく、敵国の都合で処理される存在になってしまっているから。

 だからこその、音楽。

 万に一つの可能性に縋るあまりにも細い蜘蛛の糸。

 不意に、雲は私をぎゅっと抱きしめた。耳元に息がかかった。

 雲は言った。

「だからさ、一緒にバンドを組もう。これからここで一生懸命練習しましょうね!」

 めちゃくちゃだ。

 そんなのうまくいくわけない。

 でもその話に乗れば、私の人生の歯車は確かに回り始めるのだろう。


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