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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
ニコニコ笑顔のふわふわな雲
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労働風景とエルフォイド

 バクルシュミュール女子収容所は、バクルシュミュール連峰の麓にある施設であり、そこにはニッポニアにとって喉から手が出るほど欲しかったスタップ鉱石の採れる鉱山がある。なぜそこに非力な年若き女子の労働施設が建てられたかといえば、ムオンにはそういう鉱山がたくさんあるため、たまたまこの場所がそうなったという以上の意味はないのだそう。ムオンでいくらでも採れるスタップ鉱石がニッポニアにとっては生命線だったのだから悲しい話だ。

 スタップ鉱石は万能鉱石と言われ、使い方次第で様々な性質を発揮する。日常生活にはもちろん戦争にだって使われるため、保有量が軍の戦力に直結するらしい。ニッポニアはもともと友好国から鉱石を輸入していたのだが、某国の採掘量減少にともない国家運営の死活問題となった。そのため、ニッポニア進攻軍がムオンのそれを奪いに遠征に出たというわけだ。

 収容所の奴隷の仕事は主にスタップ鉱石の切り出しだ。戦争が始まった当初、なんとしても手に入れたかったのがこの半島の採掘場。結果として奪うことができなかったにも関わらず、この場所での労働を強いられるのはちょっと皮肉が利きすぎだと思う。

 岩肌に露出したスタップ鉱石をツルハシで砕く人、それをソリに乗せて運ぶ人と別れての作業になる。作業は常に監察官に見張られており、サボっていると鞭が飛んでくる。

 ツルハシの作業は手の皮が剥がれまくる嫌な作業だ。連日の労働で硬くなった皮膚でさえ、寒さと乾燥でズタズタになり私たちはいつも持ち手に血を染み込ませながら作業していた。

 ソリで運ぶ作業は足の痛さとの戦いだ。常に雪の積もっているこの土地での重労働は常に膝に深刻なダメージをもたらすし、ボロボロのブーツは雪を防ぎ切らずにいつも足の感覚を失わせる。壊死して指を失った同僚も大勢いる。

 私はこの日ソリの方の受け持ちで、棒のような足をなんとか動かし、歯を食いしばって重い荷物を運んでいた。柔らかい雪を踏みしめるたびに体力が奪われ、弱々しい太陽は体を温めてはくれない。

 少し遠くで怒声が聞こえる。

「サボるな、働け」

 そちらを見ると力なく膝をついている奴隷に、監察官が鞭を打ちつけていた。悲鳴が上がる。そうかと思えばまた別の場所でも発狂の声が響く。

「も〜嫌だ〜ニッポニアに帰りたいよ〜」

 雪の大地の力強さに負けない弱音だ。

「なんだ、懲罰房に入りたいのか!!」

 先程の監察官が、声の主を打ちにのっそのっそと向かっていた。なんともありがたいことに監察官は銃を持ってはいないし、一人に一人つくほど人数がいるわけではないので、鞭を打つために必死に雪上を走る姿はコメディみたい。

 そんなのも含め、これが労働施設の日常である。

 遠くでそんなドタバタが起こっている中、私にほど近い監察官が呟いた。

「またあいつか、うるさいヤツだ」

 声を聞くだけでびくりとしてしまう。その監察官は見上げるほどの長身と、フードの中には端正な顔。特徴的なのは尖った耳と金髪だろう。ムオン人はニッポニア人とは人種が違う。彼らのほとんどはエルフォイドという人種であり、その特徴的な容姿に長寿を誇る。平均で百五十まで生きるとか。

「まだ現実が受け入れられないだなんて。それに比べてお前は随分余裕なんだな」

 自分に話しかけられているのだろう。しかし、声が出てこない。

 本能的に怯えてしまう自分がわかる。エルフォイドは、怖い。

 でも、何か反応しなきゃ。私はなんとか小さく頷いた。監察官はその反応に満足してくれたらしく話を続けた。

「黙って淡々と働いて、いつだってそうだ。まぁニッポニア人のほとんどはそんな感じかもしれないが……ひょっとして、何か楽しみがあるのか?」

 疑うような目で、こちらを見た。

「おまえ最近、御久遠寺に近づいているらしいな。何か企んでいるのか?」

 息が詰まりそうになる。

 ただでさえ寒いこの場所で、必死に体を動かしているこんなときに。

「御久遠寺雲はずいぶんでかい顔をしてるじゃないか。所長と通じてるんだからそりゃそうか。ただ、覚えておけよ。それをよく思っていないやつだっているんだからな」

 雲は大きくて強い傘ではない。だから風雨から守ってはくれない。

 当たり前だ。だって御久遠寺雲は、敗戦国の奴隷なんだから。

「そりゃあ捕虜だから殺しはしないさ。ただ、事故はいつだってあるんだよ」

 脅迫めいたセリフに私は頷いて、必死にソリを引っ張った。とにかく淡々とこなすんだ。いま自分にできることはそれしかない。

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