お友達
我がニッポニア王国は一年前に敗戦した。
敵性国家ムオンは広大な大陸を持つ資源国だ。特に半島で採れるスタップ鉱石は重要な資源であり、自国で採掘できないニッポニアはまずそこまでの導線を引くことが最重要課題だった。ニッポニアには二つの軍が存在する。一つは国防軍、もう一つは進攻軍で、他国への遠征は進攻軍の役割だった。一五歳で国立女子医療学校に入学したばかりだった私は、大して勉強する時間もないまま進攻軍に帯同する命令が下った。
進攻軍を指揮していたのは御久遠寺正次、つまりは雲のお父さんだ。進攻軍はまさに見事な進軍で敵を蹴散らし、あっという間に採掘場を制圧した。そして、制圧した直後に敗戦の知らせを受けた。だから、その知らせを理解できない仲間も大勢いる。
いまはまだ、負けたふりをしている作戦だ。
自分たちはここに隔離されてしまったが、ニッポニアの大部分は勝利しているんだ。
ただ仲間の誰彼から開示される珍説は、どうしたって一年も私たちを助けに来てくれない理由や、上級大将の娘である雲が強制労働させられている理由に答えてはくれなかった。だからきっと、ニッポニアはムオンに負けたんだと思う。
とはいうものの、ただ死を待つばかりじゃない。もしかしたら政治的な取引で捕虜の解放に進むかもしれない。ムオンは他の大国とも戦争をしているから、もし負けたりして支配者が変われば私たちの扱いだって変わるかもしれない。
このバクルシュミュール女子収容所において、私のできることなんて静かに耐えることしかない。静かに耐えたその先に自由が待ってる可能性が唯一ある。
それなのに。
「ビーツさん……さっきの監察官なのだけどね、ちょっと助けてくれるのが遅いわよねぇ」
隣には、火種がいる。
近づいてはいけない美しい少女。彼女はいま、なんと言った? 炊事場で皿を洗っていた。ここには百班から二人ずつの計二百人が集まる場所だ。食器がぶつかる音がガチャガチャとうるさくて、その作業音に紛れて彼女が口に出した言葉は理解できない。
「お友達だったのだけれど、友達が困ったときに助けてくれないのは困っちゃう。そう思わない?」
雲は要人の娘だ。いま奴隷だったとしても。だから、ニッポニアの仲間が雲を特別視するのは理解できる。
でも、ニッポニアは敗戦してるじゃん。だからこそ、御久遠寺正次だってただ負けた戦争の指揮をとっただけの人で、その娘なんて本当になんでもない石ころだ。敵側からすれば、もっと深い憎しみを覚える対象でもあるかもしれない。
そんな雲が、敵国の監察官とお友達? 思わず雲を凝視してしまう。すると、雲はなんの躊躇いもなく答えてくれる。
「実は私ね、倉庫の管理を任されているの。ふふ。倉庫って色々なものがあるのよ〜。私にとっては宝物庫ね! でも、そこにはムオンではちょっと都合の悪い物もあってね、もし党の内務部にバレたら大変なことになるんですって。だから奴隷に管理をさせようとしていたみたい。党に都合の悪いものを保管しているのがバレたら、全部私のせいになるの!」
都合の悪いもの?
武器だろうか。薬物だろうか。そういえばムオンはアルコールも禁止されていると聞いたことがあるくらい、法律の厳しい国だ。
「でね、都合の悪い物は普通の監察官でも触っちゃいけないんだって。そうすると、私と所長が直接話すしかないでしょう? とても大変な仕事だけど、せっかく頼まれたのだし『ぜひやります』って答えたのよ。そうすると、みんなと話ができるようになったわ!」
施設の管理者と顔が通じることで、一部の監察官と友達になれるほどの地位を得ている? なにそれ。私にはぜんぜん想像できない。でも、多分それは事実なんだ。だからこそ、彼女はこの場所で一年過ごしてもこんなに晴れやかな表情でまっすぐに立っていられるんだ。ああ、なんて怖い人。
ニコニコ笑顔のふわふわな雲。
私と歳は変わらなくて、すごく可愛らしい。そして彼女は、手毬が懲罰房に入るのを良しとした。御久遠寺雲は、とても怖い女の子だ。