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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
ニコニコ笑顔のふわふわな雲
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鉱山の奴隷たち

 バクルシュミュール女子収容所は『非常に良心的だ』と言われている。建前上捕虜を収容する施設のため、最終的に殺すことが目的の他の収容施設と比べればずっとマシらしい。事故や自殺はともかく、基本的には生かすように管理されている捕虜というのはとても幸運な立場らしかった。まぁ、監察官の与太話を信じれば、だけれど。

 若い子女ばかりが集められる施設だ。なんでも若い女というのは()()()()()の発生源になるとかで、職員まで女だらけのこの場所に纏められているらしい。若い女だらけの強制労働施設は姦しさと悲壮感が混在していた。

 入所順に百人ごとの班に区切られ、その班ごとに労働に従事したり寝食をともにしたりする。その百人が直接床に座る姿はとても圧巻だ。狭い部屋にギチギチに座る彼女たちは、しかし早朝労働の後のためやっと休憩できるタイミングでもあるのだった。部屋に唯一あるテーブルに鍋と食器を設置すると、奴隷たちは食器をとって列に並ぶ。

 そして工場の流れ作業のように、奴隷のお椀に私はスープ、雲が粥をよそっていく。監察官が廊下から見ているため、基本的には静かだ。しかし、その瞬間静かにできるだけの精神的余裕が皆にあるかはまた別の話なのだけれど。

「なんで発情猫が飯係なんてやってんの? 雲さんにどんな媚びを売ったんだよ」

 並んでいる奴隷の一人が私からスープを受け取っている最中に呟いた。声の主は手毬だった。彼女は学生時代からの同級生だ。手毬は収容所で変わった。以前はクラスの中心的な存在で、いじめっ子気質なところはあれど誰よりも溌剌としていた。しかし一年もこんなところにいれば髪だって艶を失うし、目も落ち窪んでかつての面影は消えてしまった。

 別に手毬だって御久遠寺雲に近づいてはならないことは知っているはずだ。それでも何か口に出さなければいられなかったのだろう。奴隷というのはいつのまにか、精神までも卑しくなってしまうので。私は黙ってスープをついだが、しかし雲はそうではなかった。

「あら、山猫さんは発情猫って呼ばれているの? こんなに楚々として可愛らしいのに、ひょっとして素敵な殿方でも?」

 余計なことを……。

 呟きを正確に拾い、雲は好奇の視線を寄せてくる。この場でそんなことを広げられても困惑してしまう。いざこざを監察官に知られては危険だ。監察官は奴隷に規律を守らせるための存在で、奴隷が何か問題を起こせば鞭で打ちつけてくる。打ちつけられればみみず腫れは当然できるし、場合によっては骨が折れることもある。

 廊下の監察官を見る。しかしなんとも助かることに、彼らのほとんどはやる気がないためあくびで目に涙を浮かべていた。

 手毬は答えた。

「まさか! 雲さん。このガリガリの山猫にそんな艶っぽい話はないですよ。ただ、声がいっつも掠れてて聞き苦しくて、発情した猫みたいなので国女でそう呼ばれていたんです」

 手毬がなぜか得意げにそんなことを話す。私は顔から火がでる思いがした。

「まぁ! 山猫さんは個性的な声でいらっしゃるのね!」

 とても楽しそうに雲は両手のひらを合わせた。横目で見た彼女の表情は相変わらず朗らかで、そこに嫌味は見出せない。なんで微笑んでいられるのかはまったくわからないのだけど。

「じゃあ当面の楽しみは、山猫さん声を聞くことだわ」

「楽しみ? そんな大層なものじゃないですよ。掠れてて聞き苦しいだけです。しかもこいつ、喋るときはずっとしゃべってるからみっともないったらありゃしなくて——」

「それはぜひ聞かせてもらいたいものだわ!」

 ふわふわ、にこにこ。

 こんなときでも雲は、人を幸せにするような笑顔だ。そんな牧歌的な表情は、この場に雲しかいないのだった。

「おい手毬、早く行けよ。待ってんだよ」

 列の後ろから怒気を含んだ声が飛ぶ。

「待ってよ。まだもらってないんだ。……雲さん、粥を貰っても?」

 その当然の問いかけに、雲は笑って首を傾げた。あまりにも可憐で、とても身長の高い彼女であっても年端の行かない少女と錯覚するくらいに。ただし、その手元は一向に粥を掬いはしなかった。

「あの……雲さん?」

「ところで手毬さん? あなたは炊事係に楯突いているのに、食事が頂けると思っていらっしゃるの?」

「……はぁ?」

 パチンと手を叩いて雲は言った。

「そうだったのね! 世間知らずでいらっしゃるわ! とっても可愛らしいお嬢様!」

 瞬間、手毬は雲に向かって手に持ったお椀を投げつけていた。投げつけたお椀は見事に雲の顔面にぶつかり、地面に落ちてカラカラと音を立てた。奴隷なんていうものは、栄養不足に睡眠不足で頭がきちんと回ってない。むかついたら手が出るし、お椀を投げるのもいつものことだ。

「何をやってる!」

 やっと監察官がやる気になったみたいだ。監察官はすぐさま騒動の中心にやってきて、鞭を振り上げて手毬を打った。ぎゃあ、と声を上げた手毬はぐったりした。うずくまった彼女は無理やり立たされ、そしてどこかへ連れて行かれた。懲罰房かもしれなかった。懲罰房はとても狭くて、寂しいところだと聞いている。

 その後、私たちは何事もなかったように列に並んだ奴隷たちに配給して、自分たちも食事をとった。隣では目の下に痛々しい青あざを作った雲が、舌触りの悪い粥をご馳走のように美味しそうに食べていた。


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