希望の光
楽器ができないのは残念だ。
もしできれば桜を雲にあわせたかった。しかし楽器ができなければボーカルとして呼ぶことになるが、桜のボーカルはイメージが沸かない。
『あああー‼️ やっちゃったーっ‼️』
頭に浮かぶ彼女の声は、どうもキンキンしていて聞き心地がよくない。いや、私がいえた話じゃないのはもちろんなんだけど。
シャワーが終わった奴隷たちはゾロゾロと集団房へ向かう。本棚のような狭いベッドで家畜のように寝るための場所だ。部屋の真ん中には便器があり、もし催したらそこでするのでいつも異臭が立ち込めている。病気で倒れてしまう仲間もたくさんいたけれど、この設備もその原因の一端だろう。
嫌だな、と思う。
どうしてこんな惨めな思いをしなければいけないんだろうって。
あれ?
なんだろう。私はすでに贅沢になってしまったのかもしれなかった。
シャワーもいつもだったら喜ばしい時間だったはずだ。集団房で夜寝ることだって、労働終わりにやっと横になれる貴重な時間だったはずだ。
それなのに。
いまの私には雲の倉庫があるから。そこでは穏やかな時間と、楽器に打ち込める環境があるから。
「おまえさ、調子に乗ってるな?」
振り返る。
そう口に出したのは監察官だ。監察官の中にはいつもイラついている人もいる。だから、絡まれることは珍しくない。
「おまえさ、自分が御久遠寺雲に選ばれた特別な人間だと思ってるだろ」
「……思ってません」
「炊事係に医療部隊に。自分がまっさきに選ばれて鼻高々だよなぁ。御久遠寺雲はお偉いさんの娘だから。いま頑張ればニッポニアに帰ったときに自分もなんか恩恵にあずかれるかもしれないもんなぁ!」
はぁ?
そんなこと、思ったことない。なにこいつ!
ムオン人なのに余裕なさ過ぎでしょ。人間以下の奴隷なんて、放っておけばいいのに。でも、そんなことは絶対に口に出せない。私は奥歯を食いしばって、思ってもいないことを言った。
「そう見えていたのであれば謝ります。ごめんなさい」
「帰れないよ」
「…………え?」
「おまえたち医療部隊は絶対にニッポニアに帰れないだろうなぁ!」
「……ど、どういうことですか?」
「おまえたち医療部隊は戦地に投入されるんだよ。支援部隊としてじゃない。肉の壁だよ。弾除けとして、相手の銃弾に突っ込むのが役目なんだ。だから元気にするために、いまお前らはきつい仕事を免除させられてるだけだ」
凍るような寒い廊下で二十人ほどの集団で歩いてる。
「それって、ニッポニアが再び立ち上がって戦ってるってことですか⁉︎」
急に大声を上げたのは桜だった。
「え、そうなの?」「頑張れば助けにきてくれるってこと⁉︎」「絶対そうだよ! きっとムオンはピンチなんだ‼️」
彼女の大声につられて、たくさんの仲間の心が沸き立つのがわかった。
「うるさいぞお前ら‼️ おい、おまえ! どう落とし前をつけるかわかってるよなぁ!」
言って、監察官は桜を鞭で叩いた。
「きゃああああああああああああああああああ」
脳を貫くキンキン声がこの場のみんなに浴びせられた。
それに満足したのか、監察官は全員を睨め回すようにして言った。
「いいかおまえたち。余計な希望を抱くのは勝手だが、残念ながらニッポニアが負けた事実は覆らないし、いまニッポニアと交戦はしていない。こいつのようになりたくなかったら、毎日大人しく働くことだ」
監察官は再び桜に鞭を打ちつけ、またしても悲鳴が轟いた。
捕虜たちはシンと静かになった。