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頭に浮かぶ少女

 三日後の早朝。

 奴隷たちの集まった部屋でせせこましい食事が終わると、労働にうつる前に監察官から話があった。

「この班より医療部隊の結成を命じる。御久遠寺雲を医療部隊長とし、捕虜の身体の健康を保ち採掘量に貢献する重要な責務だ。次のものは、肉体労働を免除し、倉庫件医務室で待機すると同時に医療体制を整えよ」

 そう言って私の他に三人の名前が読み上げられた。全員国立女子医療学校の出身者だった。

 雲の方を見る。彼女はいつものふわふわ笑顔を浮かべている。彼女は確かに医療学校の生徒は便利なのだと監察官と交渉したと言っていたが、それを早速形にした手腕には驚きを通り越して呆れてしまう。

 呼ばれた少女は不安な表情を浮かべている。それはそうだろう。なにせ御久遠寺雲は近づいてはいけないあの人だから。つい最近だって手毬が懲罰房に入れられたばかりで、同級生の彼女らはそれも含めて不審に思っているんだ。

 読み上げられた少女の中には手毬もいた。彼女は憮然とした表情を浮かべている。手毬は懲罰房後の衰弱状態を脱して、今日から労働に戻るところだった。より楽な仕事になったのは良かったが、しかし私は手毬が苦手なので同じ部隊で働くことに少し不安を覚えた。

 

 私たちは早速雲に案内された。

 意外なほど整頓された薄暗い倉庫で、雲は言った。

「皆さん、今日からよろしくね〜。では早速、まずは医療品集めを行ってもらいます」

 広大な倉庫に、大量の押収品。確かに探せば、それなりの医療資源が出てくるかもしれない。

 雲は付け加えた。

「ああでも、倉庫をでるときは監察官に検査されるみたいだから、ものを取ったらダメよ〜」

 なんとも平和ボケした注意事項に、みんなが曖昧に頷き作業に入る。私は手近なところに部隊用背嚢(ザック)を発見し、開けてみた。ここに辿り着くまでに抜き取られているのか、携帯食料や武器の類は入っていないようだが、紙巻タバコを見つけることができた。ニコチンには鎮静作用があるため使えるかもしれない。一応確保しておく。

 さらに各ポケットを探していくと、一枚の写真が入っていた。大人の男女と十に満たない子供が写っている。たぶん家族写真だ。何かの記念日にプロに撮ってもらった写真で、皆洋装でかしこまっている。幸せそうだ。この写真はいらないので、私は急いで背嚢に戻した。

「なんか隠したでしょ」

 振り向く。

 手毬だった。彼女は私の調査していた背嚢に手を突っ込んで、そしてめざとく写真を見つけ出す。

「なにこれ。家族の元に帰りたくなっちゃったって感じ?」

 嫌な感じがした。

「……別に」

「そうだよねっ! 私も帰りたい。もう一年もここで働いてるけどさ、ぜんぜん慣れないもん。早く帰って、家族の顔がみたいよ」

 まるで長年の親友のように、手毬が私の手を握ってきたので私の体はびくりと震えた。私が驚いたことを察してか、手毬はすぐさま手を離して不安げな表情を浮かべた。

「あ、あのさ……」

 視線を彷徨わせる様は、まるで初めての土地にやってきたみたい。……もっともこの倉庫に初めて入ったには違いないだろうけど。

 手毬は言った。

「山猫にありがとうって、ずっと言わなきゃって、思ってたんだ」

「……え?」

「だって、私を助けてくれたんでしょ? 死にかけてた私を! 命の恩人なのに、なかなかなにも言い出せなくて、本当にごめんっ!」

 クラスの女王様だった手毬。

 私にとって嫌なやつ日本代表だった手毬。そんな手毬の真っ直ぐなお礼に、私はひどく面食らってしまった。

「私は借りは返したいタイプだから、なんでも言ってね。役に立つと思う」

 手毬はとびっきりの笑顔を見せて、その可愛らしさが悔しかった。手毬は自分の作業に戻っていった。そうなんだよね。手毬は可愛い。

 私の中で変なアイディアがむくむくと膨れ上がった。

 雲の隣で歌ったとすれば私よりずっと映えるだだろう手毬。

 もしかして。

 手毬を誘えってこと?

 雲は最初からそんなことを考えていて、私に言ったんじゃないか。だって私たちが同窓だって、雲だって知ってるわけだし。

 一番素敵だと思う人をバンドメンバー。

 実をいってしまえば、その人物像としてずっと手毬がチラついていたんだ。

『変な声! 発情した猫みたい』

 国女時代に私が教科書を読み上げていたときに発せられた手毬の言葉。手毬の声は伸びやかだった。震えの少ないよく通る声。それは教室の端から端まですべてに行き渡って、別のことをしていてもいやでも耳にねじ込まれる音。

 教師に当てられ、文章を暗唱した瞬間に教室を支配したその声は一瞬で同級生の心の一部を掴んだ。確かにそのとき手毬は怒られたけれど、しかしあのとき教師だって笑っていたのを覚えている。

 手毬なんて、大嫌いだ。

 でも手毬は、クラスの中心で、味方を作ることに長け、のびやかな声を持ち、一言で他人の心を掴んでしまう女の子だ。何か聞いて欲しい言葉があったとき、私が発したら届かない言葉も手毬であれば違うだろう。


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