一番難しい要求
「お断りします」
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜⁉︎」
雲は両手をあげて後退り、大袈裟に驚いて見せた。
ダメだ。まったく理解できない。いや、私を迎え入れてくれることは嬉しいは嬉しいが、相変わらず言っていることがめちゃくちゃだ。
「正直言って、雲さんの演奏は格好良かったです」
どころか、そこには神々しささえあった。
「でしょ!」
「だからこそ、私じゃダメです」
ギターを弾く雲は普通の人じゃない。特別な人だ。それは誰かの心を浮き立たせたり幸せにしたり、そんな力のある選ばれた人だと私は直感的に理解してしまった。そんな人の隣に、潰れた声の私なんかが立っていていいわけがない。自分の声が人に伝わらないことなんて、もうわかってるんだ。
十六年も生きてきた。その結果にたどり着いた先が流刑地で、さらに友達だって一人もいない状況だ。きっと雲には雲なりの考えがあってそんな提案をしてくれているのだろうけど、少なくとも私が適任なわけはない。人に言葉が届かないから、私は一人ぼっちになった。私の言葉なんかが誰かに、ましてや敵国の偉い人なんかに届くわけないじゃん。
それなのに。
「楽しいよ?」
どうしてあなたはそんなにとぼけた顔をしてそんなことを言うの?
「はぁ?」
「楽しいから、一緒にやろうよ!」
まるで伝わるかどうかは、どっちでもいいと言うように。絶対に、そんなはずないのに。その気の抜けた雲の表情に、私はほとほと困ってしまった。
「楽しいから、なんなんですか——」
それになんの意味があるんですか。
楽しさでお腹がふくれるんですか。
たくさんの言葉が喉から溢れ出しそうになる。
すると、ぱっと目に入った雲の顔が、恍惚としていることに気がついた。きっと雲は私を見透かそうとしてるんだ。私の声を吟味してるんだ。
嫌だ。
息が止まりそうになった。言葉を止めると、そこには荒い呼吸だけが残った。
「あれれ〜、やめちゃうの〜?」
こっちが必死なときでも、一歩引いて観察してくる。この人はなんて嫌な人なんだろう。
奥歯を噛み締めながら、私は呟くように言った。
「歌い手はできませんが、まぁ、できる限りの協力はします」
いうと、雲はにこりと笑った。
「それじゃあお願いしちゃおうかな〜」
それはなんの嫌味もない朗らかな笑顔で。
「早速なんだけど、一番素敵だなって思うバンドメンバーを連れてきて! 仲間にするよ!」
一人ぼっちな私にもっとも難しいことを、彼女は平然というのだった。
ほどなくして私たちは奴隷仕事に戻った。
凍つく空の下で重い鉱石を運んでいても、私の頭の中では何度も雲の演奏が繰り返されていた。
あの演奏は、最高に格好いい。スタップドギターという楽器を掻き鳴らす彼女は、千両役者なんかよりもずっと眩い光の中にいる。彼女はただ上級将校の娘というだけではなくて、彼女自身が本当に特別なんだ。
だから、歌い手は私じゃダメだ。私なんて学校時代のクラスでだって端に追いやられるような人間で、雲の隣で何かをやるような資格なんてない。私は本当に石投げれば当たるような、なんの価値もない奴隷風情だし。
「おい、サボってるのか?」
振り返る。そこには目を光らせている監察官がいる。私のソリにはスタップ鉱石がうずたかく積まれており、一刻も早く運び出す必要があった。すぐに引っ張ると、バランスを崩したいくつかの鉱石がガラガラと雪場に落ちた。やばい。
監察官が鞭を振り上げた。瞬間だった。
「あああー‼️ やっちゃったーっ‼️」
耳に届くキンキンした声と、威勢のよいガラガラという滑落音。そちらを見ると、盛大にスタップ鉱石を転がしている奴隷の姿があった。
「何をしている!」
私を殴ろうとしていた監察官はすぐさま彼女の方に向かい「いつもお前は! 本当に愚鈍なやつめ!」と吐き捨て、彼女を鞭で思い切り叩いた。
「きゃあ!」
そしてこれまたキンと響く悲鳴が頭をつんざく。痛そうなその悲鳴は、その一発で監察官の暴力を止める効果があったみたいだ。
「おまえを管理するこっちの身にもなれ!」
「ごごご、ごめんなさい……」
なんだか申し訳ない気持ちを感じながら、私は急いで鉱石を積み上げて作業に逃げた。