中編その一~趣味をやめることもあるよねっ、でもさ~
一応言っておくと、彼が事故や病気死んだわけでもなければ、仲違いを起こしたから、というわけでもない。
単純に連絡をとりあわなくなっただけ。
お互いが自分の生活を送っていく中で、とれる時間は限られて、住む場所も離れているから、早々に会うこともできず、最初は数日連絡とりあわなくなったのが、数週間、数ヶ月と伸びていき、それからパタリと取らなくなった。
気軽に連絡とれる間柄だったけれど、時間が空くと声をかけるタイミングがつかめず、また連絡が必要な用事もない。
そんな感じになり、数年間、音沙汰がなくなってしまった。
お互いがお互いにそれぞれの人生を歩んでいるのだから、仕方のない事だけれど、振り返る度に寂しいと思う。
学園時代のようにたわいのない話題で盛り上がりたいし、創作談義に華を咲かせたい。
友人と離れてから、私も小説を書き始めたのだけど、身内は面白いか興味ないのどちらかで、それ以上話は広がらず、友人だったらここがいい、ここは見せ方が悪いなど、きっと多くの事を語ってくれるはず。
それに何より――。
――やっぱり、最後まで読みたかった。
物語が進展し、ヒロインを助ける形で2人が最上階を目指すようになった後は?
友人の彼は、なんのために最上階を目指すのか?
万年留年太郎は一体誰をまっていたの?
女神が望む願いって何?
振り返る度に、続きが読みたい欲が顔をだし、けれどそれが叶う事がないと諦める。
何度もそれを繰り返した。
そうして、時間流れていた時。
急に、なんの前触れもなく。
仕事から帰った夜。
友人kから、メッセを通して連絡があった。
――久しぶり、と。
それは唐突過ぎて、通知に友人であるkの名前が出てきた時に心底びっくりして。
思わず画面を注視してしまったけれど、当然内容は変わる事はなく。
「・・・・・・」
とりあえず無難に「久しぶり」と返す。
すると、「今時間あるか?」と直ぐに返信して、「暇だよ~、どした~?」と時間を空けずにやりとりをした。
「俺も暇で、やること無かったから、久しぶりにお前と会話しようと思ってさ――付き合ってくれないか?」
「OKOK」
私の返答に「サンキュ」と短く返したあとは、たわいのない話で盛り上がった。
――ああ、なんだか学生に戻ったみたいだ。
あれから、もう何年も時が経って、社会に揉まれて、きっと考え方なんかも相当変わった、気がする。
けれど、彼との会話は、嘗て時間が有り余っている中で繰り広げた時と変わらず。
――楽しい。
純粋にそう思う事ができた。
時間を忘れ、色んな話題に盛り上がっていた頃。
「あのさ――」
「んー?」
「小説は、書いてる?」
「・・・・・・いや、書いてない」
「そっか」
気になっていた事をぶつけると、彼はそう返す。
きっと色々あったんだろう。
小説を書くのかどうとか、そういう事だけじゃなくて、卒業してから私と同様に、彼はこれまで生きてきた。
連絡を取り合っていた頃、彼は私に言っていた――。
『夢を・・・・・・諦めようと思う』
彼の夢、小説家になって、それで生きていくこと。
学生の頃から抱いていた夢を、彼は手放すと言っていた。
『やっぱり、好きとか夢だけじゃ、どうにも、ならないよなぁ・・・・・・』
その時は、文字じゃ無くて、通話でやりとりをしていたから、彼の言葉と思いが直に響いた。
私は彼が努力してきたことを、知っている。
たった一つの文章に、多大な時間をかけて挑んでいる姿を何度も見た。
卒業してからも、頑張っているのわかっていた。
だから、何も言えなかった。
私は彼の作品が大好きだった。
いつか、そんな作品の一つが書店に並んでいる姿を夢にみていた。
報われた時は、サプライズでお祝いしようと密かに計画さえしていた。
けど、彼の努力も、私の思いも、実らない事だって当然ある。
『・・・・・・小説は、もう書かないの?』
『いんや、何だかんだ言って、やっぱり好きだしな。他の趣味と違って金もかからないし、続けていくよ』
『そっか――じゃあ、また出来たら読ませてね?』
『いいぞ~』
気分を振り払うように、わざと声を明るくさせる私達。
この時は、まだ書き続けるという言葉に安堵していたけど。
でも、生きていくのは色々大変な事だから。
その結果、趣味の一つを手放しても、全然可笑しくなかった――。
「……書くのが嫌いになった?」
「そういうのじゃねーよ、ただ書く時間が減って、それで書こうと思う事が減って、それで……書かないのが当り前になった」
「ふーん」
長い時間連絡をとらなくて。
こうして会話して、過去の時間と想いが顔をだした。
きっと、今の私の想いは、単なるわがまま。
それは、わかってる。
けど、さ。
それでもやっぱり――。
「――じゃあ、さ。久しぶりに書いてみない?」
「はっ?」
「書くの嫌いになったわけじゃ、ないんでしょ?」
「そうだけ・・・・・・」
「だからさ、最初は短いものをいくつか書いてみよう? それがもし嫌だったらやめたらいいし、嫌じゃなかったら――」
私、あなたのファンだから、さ。
「これから、又書き続けたらいいじゃない」
あなたには、書き続けてほしいんだよね。
「・・・・・・」
彼はすぐに返事をしなかった。
それが、とても怖かった。
軽いノリで言っても、私は本気だった。
その言葉を否定されたらどうしよう? とそう思ってしまう。
そして彼が否定しても、どうこうなんて言えないことがわかってるから。
そこで、全てが終わってしまうのだ。
わずかな沈黙がとても長く感じる。
「――ぞ」
「えっ」
「だから、いいぞ」
短く一言。
彼はそう告げた。
「――本当に?」
「いや、嘘つかないし、何だったら提案したのお前だし」
変なやつだな、と言われても。信じるためには少し時間が必要で。
実感した時は思わず、「っしゃ――ー!」と歓喜の叫びを上げそうになった。
そんな事したら、彼が驚くとわかっていたから、しないけどね。
「じゃあまあ、また出来たら連絡する」
「OK――ってちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
「いいけど、何だ?」
「正直ね、メッセでやりとりするのもいいんだけど、作品を読むなら投稿サイトの方が読みやすいからさ、だから短編が出来上ったら、そういうとこに載せてほしいんだよね」
「ああ、なるほど・・・・・・でもなぁ俺そういうとこ使った事ないんだよ」
「じゃあ初めての経験ということでやってみよ、わからない所あったら私が教えてあげる」
「え? ――ああ、そういえば、書いてるんだっけ?」
話題のやりとりに、「私も小説を書いて、投稿サイトに載せてるんだ」というものがあったから、それを思い返しての発言。
「そうそう、私が使っている所はURL後で送ってあげるし、他のサイトも登録だけしてるとこいくつかあるから、何かあったら相談して」
「了解、――っと、そろそろ時間だわ」
「そうね、いい時間だ」
「じゃあ”またな”」
「ええ、”またね”」
軽い口調で閉めて、メッセでのやりとりを終える。
またね 、か。
思わず笑みがこぼれる。
昔はあたり前で、音沙汰が無くなった頃には、使う事がなくなった。
その言葉をこうして又使えるようになった事が、とても嬉しかった。
「っし――明日の準備して、今日は寝ますかぁ~」
今日はいい気分で、眠りに着くことができそう。
――1度途絶えたキセキが。
こうして、再び動き出した――。