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第5話 伯爵夫人はたまにはプリンをもっと食べたい

 シンディは一日に食べるプリンは外で一個、家で一個、計二つまでと決めている。

 カロリーも気になるし、数を制限した方が美味しく食べられる。そしてなによりルールを決めておかないときっと際限なく食べてしまうから、という理由だった。

 彼女はこのルールを厳守し、そのおかげか体調は常に良好だった。美貌も保たれている。


 だが、今日のシンディは――


「食べたい……」


 すでに外でプリンを食べており、帰宅後に家でも一つ食べた。

 それなのに、もう一個食べたくなってしまった。

 しかし、我慢しなければならない。


「食べちゃダメ……食べちゃダメ……」


 リビングで椅子に腰かけ、祈るようなポーズでシンディは悶々とする。

 見かねたクレアが話しかける。


「奥様……もう一個ぐらいなら食べてもよろしいのでは?」


 シンディは一瞬頬を緩めるが、すぐに顔を引き締める。


「いえ……ダメよ。我慢しなくては……」


「でも、奥様があまりにも苦しそうで……!」


 涙すら流しそうなクレアに、シンディは雇い主として笑顔を見せる。


「平気よ、クレア。これぐらい……耐えてみせるわ!」


「奥様……!」


 クレアもシンディの意志の強さに感動しつつあった。


「それにね、クレア。もし三個目を食べてしまったら、きっと取り返しがつかなくなる」


「どういうことでしょう?」


「例えばそうね……。プリンが流れる川がある、と想像してみて」


「はい……」


 なかなか想像しがたい光景であるが、クレアは容易に想像できた。

 さすがはシンディの親友といってもいいメイドである。


「川には堤防があって、プリンが大地に溢れることをなんとか防いでいるわ……」


「堤防、頑張って……!」


 二人はどんどん自分たちの世界に入り込んでいく。


「だけど、私がここでさらにプリンを食べるということは、その堤防をハンマーかなにかで殴りつけることと同じなのよ」


「そんなっ……!?」


「たちまち堤防にはヒビが入り、プリンの川は濁流となって大地を駆け巡る!」


「大ピンチじゃないですか!」


「そうなったら私は二個、三個、四個、と際限なくプリンを食べ続け……もう歯止めは利かなくなるわ」


 クレアもシンディのプリン大好きぶりはよく知っているので、否定しきることはできない。


「それに、私の夫ランゼルは規律に厳しい人よ。私はあの人に嫌われたくないもの……」


「奥様……」


「だから我慢するしかないの……ああっ、だけど食べたいっ!」


「奥様ぁっ!!!」


 クレアの悲痛な叫び声が、クレーメル家の邸宅にこだました。



***



 夜になり、仕事を終えたランゼルが帰宅する。

 リビングでぐったりしているシンディを見つける。


「どうしたの!?」


「あなた……お帰りなさい……」


 シンディはまだ苦しんでいた。

 クレアが「奥様は三個目のプリンを食べないよう必死に我慢されているのです」と説明する。

 すると、ランゼルはあっさりこう言った。


「食べればいいじゃないか」


「え!?」


 シンディは驚く。まさかこう来るとは思わなかった。


「でも、あなたはルールに厳格なはずでは……」


「確かにね。だけどルールを厳守することばかりが能じゃないさ」


 ランゼルは高潔な財務官として有名だが、杓子定規な対応をしているわけではない。

 例えば汚職めいたことをした役人がいたとしても、その理由にある程度の正当性が認められるならば、時には目こぼしするということもしている。決して清らかな水でしか泳げない魚というわけではない。

 だからこそランゼルには味方も多く、権謀術数渦巻く王宮で財務官として活躍できている。

 もしランゼルがただひたすらに不正や過ちを糾弾するだけの男であれば、おそらくとっくに潰されていただろう。


「こんな話がある。1ブルレも惜しむほど倹約家の貴族がいた。それ自体は悪い事ではない。だけど、その貴族はあまりにも厳格に倹約するものだから、自分が病気になっても医者にかからず、結局早くに亡くなってしまった。ルールはただ守ればいいというものじゃないんだ」


「あなた……」


「だから、もう一個プリンを食べてもいいんだよ」


 安心させるような温かな笑みを浮かべる。


「大丈夫。もし君が暴走しそうになったら、僕が止める」


「うん……!」


 シンディはランゼルに身を委ねるように、本日三個目となるプリンを食べる。


「……美味しいっ!」


 満面な笑みという言葉では追いつかないほどの嬉しそうな笑いを浮かべるシンディに、ランゼルもクレアも笑顔になる。

 シンディは実に優雅にプリンを一口ずつ食べ、優雅な所作のまま食べ終わった。


「どう、シンディ? もっと食べたい?」


 シンディは首を左右に振った。


「いいえ。私、とっても満足したわ」


「そうか。それはよかった」


 一部始終を見ていたクレアは感じる。

 あれほどプリンを欲していたシンディがすっかり満足したのは、ランゼルから「たまにはルールを破ってもいい」「君が暴走したら止める」という言葉を受けたからだと。

 つまり、ランゼルの愛が、シンディの胃袋を満たしたのだと。


「奥様、旦那様……お二人とも素敵です!」


 クレアが称えると、夫婦ははにかむように笑んだ。

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[一言] 素敵プリン夫婦♡ クレアさんと一緒に働きたい…
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