第4話 悩める財務官の伯爵は、伯爵夫人に癒される
ランゼル・クレーメルは王国に仕える財務官である。
数々の改革に取り組み、国の財政を大幅に改善した。国王や財務長官からの信頼は厚く、将来的には財務長官の座は約束されているといっていい。
いわば国家予算の金庫番なので、彼に取り入ろうという者は多い。
王家に仕える重臣の一人が執務室で仕事をするランゼルに提案をしてきた。
「銅像を建てたい?」
「ええ、王家を称えるための立派な銅像を建てたいのですよ。そのためにはどうしてもこれぐらいの予算が必要でして、ぜひお力添えを、と」
書類を渡されたランゼルは一通り読むと、すぐさま突っ返した。
「許可できません」
「な、なぜです!?」
「全く必要性を感じないからです」
「必要性ならあると申したはず! 王家を称えるためだと……」
「そうではありません。この規模の銅像に3000万ブルレはいくらなんでもかかりすぎです」
『ブルレ』は、シュルク王国の通貨である。
出された予算案は、ランゼルの目からすれば明らかにおかしいものだった。
「うぐ……」
重臣は顔をしかめる。
「それにこの書面に記載されてる銅像職人、数年前に材質を偽ったとかで裁判を起こされていますね。しかも敗訴している」
しかめた顔が今度は弱々しく青ざめていく。そんなことまで把握しているとは、と表情に出てしまっている。
「不正を働いた職人から金を渡され便宜を図ってくれと依頼され、過大な予算を私に要求し、余った分は懐にしまい込む……。こんなシナリオを想像してしまうのですが……」
「……! し、失礼する!」
重臣は慌てて立ち去っていった。
おそらくランゼルの推理はほぼ当たっていたのだろう。
やっぱりかとランゼルはため息をつく。
ランゼルは財務官として、王国の財政を預かる身として、王国の家臣や役人の金の使い方には厳しく目を光らせている。
彼が暴いた不正、汚職の数は数え切れない。
これまではなあなあで済ませていた部分に容赦なくメスを入れるランゼルの姿勢には、賞賛の声が集まっている。
だがその反面、当然敵も多い。
ランゼルを失脚させようという目は王城の至るところに光っている。
たとえ違法や不正ではなくとも、ランゼルを悩ませる注文を受けることは多い。
重臣たちはとにかく贅沢を好む。
「仲間内で豪華なパーティーを開くので、その予算を……」
「制服を新しいものにしたいのです。宝石を沢山つけて……」
「馬車に竜の意匠を施すというのはいかがでしょう?」
彼らの立場上、威厳を保つことは重要であり、質素倹約に励むだけが能ではないというのは理解できる。
しかし、金の使い方がまだまだ成金的というか、過剰すぎる点は否めない。
ランゼルはこうした意識そのものを変えていかねば、と思うのだがなかなか上手くいかない。
自分を煙たがる声は城内でいくらでも聞こえてくる。それでも彼は王国の金庫番として力を尽くす。
馬車に揺られる帰り道。
専属の御者がランゼルに声をかける。
「今日はお疲れのようですな、ランゼル様」
「自分の疲れを顔に出してしまっているということは、僕も未熟だな」
「いえいえ、私が人一倍鋭いだけですよ」
御者のジョークに、ランゼルもわずかに笑みをこぼす。
「しかし、ランゼル様はどんな一日になっても、翌日にはすっかり元気になられている。何か秘訣、というか秘密があるのでしょうか?」
ランゼルは目を細める。
「僕が元気でいられる秘密か……。あるとすればそれはきっと――」
***
ランゼルは帰宅すると、妻シンディ、メイドのクレアとともに食事を取る。
そして、食後には恒例のプリンタイムが始まる。
「今日はクレアに頼んで、10ブルレのプリンを買ってきてもらったのよ」
「へえ、ずいぶん安いね」
10ブルレのプリン。
言うまでもなくジャンクフードといっていい安物であり、プライドの高い貴族なら決して口にすることはない。
しかし、シンディは平然と食べる。
「美味しい~!」
贅沢三昧の人物ばかり見てきたランゼルの目には、安物のプリンでもこれほどの笑顔を見せる妻がこの上なく愛おしかった。
シンディは自身が大富豪であったとしても過度な贅沢はせず、自身が貧乏であったとしてもその環境でできる精一杯のお洒落をする。そういう人間だと分かる。
「シンディ……」
「? どうしたの、あなた?」
ランゼルは無言でシンディを抱きしめた。妻の柔肌を感じつつ、目を閉じる。
シンディも何かを察する。きっと夫は仕事で辛いことがあったのだろう。
「どんなことがあっても、私はあなたの味方よ」
「ありがとう、シンディ……」
僕はこの人がいるから今日を頑張れたし、明日も頑張れる。
己の信念と財務官としての使命を全うできる。
ランゼルは決意を新たにするのだった。