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第12話 伯爵夫婦、国王の晩餐に招待される

 シュルク王国の王城にて、ランゼルが執務室のデスクで業務に励んでいる。

 彼は財務官、いわば王国の金庫番。金は常に動く生き物のようなもの。ゆえにランゼルは常に多忙なのである。

 ドアがノックされる。

 ランゼルは一瞬「ん?」と思う。なぜなら、彼は知り合いのノックの癖を記憶しており、今回のそれは馴染みがないものだったからだ。

 誰だろうと思いつつ、ランゼルは返事をする。


「どうぞ」


 入ってきた顔を見て、冷静沈着なランゼルもさすがに目を丸くした。

 シュルク王国現国王オーニング・シュレウスその人だった。


「陛下!?」


 つい声も大きくなる。

 彼はいくら優秀といえども一財務官であり、国王と直接会話できるほどの立場ではない。

 銀髪、髯と皺を蓄え、真紅のマントを身につけた国王の威厳ある姿に、ランゼルはさらに身が引き締まる思いだった。


「君への頼みは、本来は長官を通じて行うのが筋なのだろうが、個人的な用件でな。直接、執務室に来させてもらった」


「いえっ、光栄です。それで、個人的な用件とは……?」


「うむ、実は……君と、君の奥方の力を借りたいのだ」


「私とシンディ、ですか?」


 オーニングはうなずく。うなずく姿すら貫禄があり、これが国王というものかと感動すら覚えてしまう。


「余の末子ユベルのことだ」


「存じております」


 ユベル・シュレウスは国王の息子であり、末っ子にあたる王子。上の兄弟には成人している者もいるが、彼はまだ十歳に満たない。


「時折中庭で遊んでおられる姿も見受けましたが、失礼ながら、最近は……」


「うむ、生まれつき体が弱くてな。そのためか、あまり外で遊ぶようなこともなくなり、最近は食欲もなくし、ほとんど食べなくなってしまった」


「それはまた……」


 ランゼルも心を痛める。


「そこで聞いたのは、おぬしとおぬしの奥方の噂だ。数々の事件を解決し、先日は我が腹心であったアルバートとも縁があったと聞いている」


 シンディがアルバートの妻エリシアにプリン作りを勧めた件が、オーニングの耳にも届いていた。


「今度、余の晩餐におぬしら夫婦を招待したい。その時にユベルと引き合わせる。何かユベルに気の利いた言葉でもかけてくれたら、助かるのだが」


「承知しました。微力ながら力を尽くさせて頂きます」


 体が弱く、心も弱ってしまった幼い王子の食欲を取り戻させる。容易な話ではないが、力を尽くすと約束した。

 こうしてランゼルとシンディの夫婦は王家の晩餐に招待されることになった。

 一財務官としてはまさに異例のことといえる。



***



 帰宅後、ランゼルはこのことをシンディに伝える。


「とんだ大役を引き受けてしまったよ。君にも足を運んでもらうことになるが……」


「ううん、嬉しいわ。私の力が必要というのなら、私はすぐに飛んでいくわよ」


「ありがとう……」


 こんな時に「そんな大役無理だわ」あるいは「王家に気に入られる大チャンスよ」などと言わない妻のことがたまらなく愛おしく思えた。


「ああ、それと……晩餐ではプリンも出るそうだ。王家の専属シェフが作る“ロイヤルプリン”が」


「ロイヤルプリン……!」


 シンディは喉を鳴らす。

 王家の人間のみが食べられるロイヤルプリンの噂は幾度も聞いたことがある。

 一生食べられないと思っていたが、こんなチャンスが回ってくるなんて。


「私、全力でユベル殿下の力になるわ!」


 プリンで更なるエンジンがかかった妻は、ランゼルにとっても頼もしかった。



***



 依頼があってから一週間後の夕暮れ、ランゼルとシンディは馬車で王城を訪れる。

 門を通り、城の召使に面通しをする。


「クレーメル家伯爵ランゼル様と、シンディ夫人ですね」


 ランゼルはうなずく。

 二人とも普段より着飾っており、王家に招待されるなど初めてのランゼルは、緊張の面持ちだった。

 そんなランゼルの肩にシンディはポンと手を置く。


「肩の力を抜いて。今日はプリンを楽しみましょう」


「そうだね、シンディ」


 シンディのおかげでランゼルはリラックスすることができた。

 招待客としての所定の手続きを済ませ、城の王家専用の食堂に案内される。


 白いクロスのかかった長いテーブルに燭台がずらりと並んだ、豪華な部屋だった。

 末席に座ろうとすると「お二人は招待客ですので」と国王に近い席に案内される。


 まもなく国王オーニングを始め、王家の者たちが登場し、シンディたちと挨拶を交わす。いずれも貫禄や風格が桁違いである。

 その中には末子ユベルもいた。

 銀髪でエメラルド色の瞳を持ち、美しい容姿の少年であるが、表情は暗く、痩せており、食事をあまり取っていないというのが事実と分かる。


 談笑もそこそこに、料理が運ばれてくる。

 新鮮な色とりどりのサラダ、甲殻類のスープ、羊肉の煮つけ、スパイスが香ばしいリゾット。

 シンディたちとて、普段は一流といえる食事をしているのだが、王家のそれはやはり破格のものだった。


 シンディは一口食べるたびに幸せそうな笑顔を浮かべ、実に美味しそうに食べる。

 国王を始め王家の人間たちも、思わず釣られて、モリモリ食事を取ってしまうほどに。

 王家の末子ユベルもほとんど食事に手をつけていないが、シンディの食べっぷりには興味を示している様子だった。じっとシンディを見つめている。


 そして、シンディが待ちに待ったロイヤルプリンが運ばれてくる。

 カスタードプリンのようだが、どう作ったのか、黄金色に輝いている。シンディもこんなプリンを見るのは初めてだった。


「黄金のプリンだね……」ランゼルは感嘆の声を漏らす。


「これが……ロイヤルプリン!」


 シンディの目も負けじとダイヤモンドのように輝く。

 さっそくスプーンですくう。今までに感じたことのない弾力だった。

 そのまま一口食べる。そのとたん大きく目を見開いた。


「なんて美味しさなの……! これが……ロイヤルプリン! これほどのプリンを食べられるなんて私は幸せ者だわ!」


 うっとりとした表情で、ロイヤルプリンを一口、また一口と食べる。


「ああ……これが王家のプリン……!」


 すっかり自分の世界にいるシンディを、ランゼルが横から肘でつつく。


「シンディ……」


 この肘で我に返る。


「あっ……失礼しました!」


 だが、オーニングは気を悪くしているどころか顔をほころばせていた。


「そこまで美味しく食べてもらえるとシェフも喜ぶよ。よかったら、後で作り方を教えてもらってもかまわん」


「本当ですか!?」


 シンディはオモチャをもらった子供のようなテンションになった。

 彼女のマイペースぶりは王家の面々にも好感触だった。

 すると――


「ぼくも……プリン食べる」


 ユベルがぼそりとつぶやいた。


「ユベル……!?」王家の皆が反応する。


「シンディさんが、すごく美味しそうに食べてて……ぼくも……食べたくなって……」


 このところのユベルはほとんど食事をせず、プリンも「いらない」と言っていた。

 しかし、シンディの食べっぷりに触発されて、自分から食事を求めた。

 これにはオーニングを始め、王家の人間が驚く。

 すぐさまロイヤルプリンが運ばれ、ユベルはこれを食べる。


「美味しいや……」


 これまでずっと暗い表情だったユベルが明るい笑顔を見せる。

 プリンを胃に入れたことでさらにお腹が減ったのか、手をつけていなかった他のメニューも食べ始める。

 実に美味しそうに、まるでシンディの真似をするかのように。

 王家の人間は皆、笑顔を見せず上品に食事をする。そうすることが伝統であった。ユベルの目にはシンディのように奔放に、美味しそうに食事を取る女性は新鮮に映ったのかもしれない。


「おいおい、お腹を壊さないようにな」オーニングも少し心配する。


「大丈夫、どれもとても美味しいんだ!」


 口にソースをつけてニッコリ笑うユベルを見て、シンディもランゼルも「もう大丈夫」と確信するのだった。



***



 シンディたちとの晩餐以降、ユベルはすっかり食欲を取り戻したという。

 よく食べるようになったことで血色はよくなり、勉強や遊びにもよく励むようになった。

 ランゼルが国王オーニングからの言葉を伝える。


「陛下は君に感謝していたよ。君を晩餐に招いてよかったって」


「私もユベル殿下に食欲が出る運動なんかを教えるつもりだったけど、必要なかったわね」


 末子とはいえ王子の健康を取り戻したことで二人は大きく株を上げたが、そんなことはどうでもよかった。

 ただ純粋に一人の少年を命の危機から救えたことが嬉しかった。


「だけどねえ……悔しいこともあるのよ」


「何が?」


「王家のロイヤルプリン……秘伝のレシピを教えてもらって、クレアにも手伝ってもらったんだけど、あの“黄金の色”をどうしても再現できないのよね~」


 目を閉じ、無念そうなシンディ。

 ランゼルは腕を組む。


「さすが王家の人間しか食べられないプリン……一筋縄ではいかないってところだね」

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[一言] ロイヤルプリン…食べてみたい…!
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