トンネルの天井-0
本を開いた瞬間、視界が真っ白になったかと思えば、次の瞬間僕は夜道で車の運転をしていた。
どういう事だ?あの図書館から出られたのか?どういう経緯で?
考える為にブレーキを踏みたいのに、体はいう事を聞かず、アクセルを踏み続ける。
それだけではなく、口も勝手に動き出す。
「マイの気晴らしの為の深夜のドライブも、毎晩同じ道ばっかり走ってると、飽きてくるよな。」
僕は何を言ってるんだ?マイって誰だ?
理解が追いつかないまま喋る僕に、助手席側から知らない女性の声が返事をする。
「毎晩、仕事終わりにドライブに連れ出してくれて、いつも感謝してます。」
この女性は、誰なんだ?
「妊娠は代わってあげられないからさ。せめて気晴らしくらいは協力させてよ。」
相変わらず勝手な事を自分の口が喋っている。
と言うか、自分の声も違う声になっていた。
「無理な時は無理だってちゃんと言ってね。ありがたいけど、ジェンの負担になるのは嫌だし。」
ジェンって誰だ?僕に言ってるようだが?
「僕は元々あんまり寝ないから大丈夫。マイこそ、気分が悪くなったりしたら言うてよ?」
いう事を聞かない僕の体と、助手席のマイと言う女性は、その後も心当たりのない会話をしながら夜道のドライブを続ける。
全く見覚えのない川沿いの街灯もない道を、車はどんどん進んで行く。
左側にある川は、道から20m程下にある。右側は先程からずっと山で、所々に落石注意の看板があった。
マジでここはどこなんだ?
しばらく進むと、僕の前方の方に右斜め方向に伸びる山へと入る道が見えた。
「こんな道あったっけ?行ってみん?」
いたずらっ子の様に、僕の口が提案をする。
「絶対やめて!この道は嫌な感じがするからダメ!いつもの道で行こう?」
かなり焦った声でマイは反対した。
僕もやめておくに1票を投じたい…が、僕の体はハンドルを右に切り山道へと車を走らせた。
「やめてって言ったよね?何で入るの?」
マイと僕の心は反対したのに、何をしてくれるんだこのジェンって奴は。
「まぁまぁ。知らない道の方が新鮮でわくわくするやん。楽しも?」
その気持ちもわからなくは無いが、よし考えるのはもうやめた。
どうせ心の中で僕が反論しても、このジェンって奴が今は体を動かしてる様だし、声も届いてないらしい。
もう好きにすれば良いさ。
心の中で悪態をつく僕と、助手席のマイの意見を無視して、車はどんどんと山の中へ入っていく。
道幅は狭くなり、とうとう車1台分の広さしかなくなって、まるでポ◯ンと一軒家に出てくる道だ。
「もうUターンもできないじゃない!左側崖のこの道で、初心者マークの男が落ちたらどうする気なの?」
助手席のマイは相当お怒りだ。
しかも、ジェンは初心者なのか…。
「大丈夫だって。全ての道はローマに続くって言うやろ?帰れない道なんか無いよ。」
マイの怒りに満ちた声に、能天気にヘラヘラと返す。
「ローマに行くなら、海渡らなきゃでしょ?」
「確かに?フェリーに車ごと乗らなきゃやな?」
論点がズレている…どうやら天然夫婦の様だ…。
お前らの目的地は知らないが、ローマでは無いだろう事は確かだぞ。とツッコミを入れてみても、2人には僕の声は届かない。
30分程山道を進むと、トンネルのオレンジの灯りが見えた。
トンネル…?
そこでようやく僕は気づいた。
御子柴の手紙に書いてあった、本にかけられている魔法…あれはこの事だ。
本に書いてある恐怖体験談を、僕は体験した本人の中に入って見せられるのだ…。
現実的ではないが、今のこの状況が全てを物語っている…。
目的は解らないが、僕にさせたい事はこれなんだと、妙に納得してしまった。