06 戦い終えても、日は暮れず
「せめて護符置いていってよー」
私は、立ち上がれぬまま情けない声を上げた。
どうせもう届かないんだけどさっ。
「あーあ、どうしよぅ・・・」
仰向けのまま、また空を見上げる。
「空、やっぱり青いなー」
ときおり雲に隠れる太陽の日差しが、やけに眩しいぜ。
ううっ、もう涙も出ないや。
なんて暖かなそよ風を頬に受けながら黄昏ていると、
「あのー、ボクが魔素移しますけど、ブー」
ゼンタくんが近づいてきた。
「えっ、できるの⁉︎」
「はい、今のボクでは護符ほど早くはできないんですけど、ブー」
「そんなのいいわよ!魔力回復すれば立てるようになるんでしょ、私!?」
「はい、今の真琴さまは単なる魔素切れですから、ブー」
「だったらすぐやって!」
「は、はいっ!」
ぴとっとゼンタくんの右前脚(豚足?)が、私の額に触れた。
「では行きます」
その声と共に、私の額が少しずつ温かくなる。
ふわぁ~、なんか癒されるぅ。
そのぽかぽかした感じは額から顔全体、首、背中へと広がってゆき、
「あー、首の凝りが解れるぅ」
初めてかついきなりの戦闘ですっかり凝り固まっていた私の体が、ゆっくりと解れていくのがわかった。
この感じは、さっきの護符にはなかったものだ。
戦いが終わったから?それとも・・・
「ボクの魔素供給には回復効果もあるんです、ブー」
ゼンタくんが自慢げに微笑んだ。
「ブー」の声も心なしか弾んでいるみたい。
しばらくすると、体に力が漲ってくるのがわかった。
「これくらいでいかがでしょう、ブー」
「そうね、もう大丈夫みたい」
私は、ゆっくりと立ちあがった。
「ありがとう」
私は笑顔でお礼を言った。
「よかったです、ブー」
「それにしても置き去りなんてひどいよね!
ところでゼンタくん。シルバーたちがどこ行ったかわかる?」
腕組みをしながら、シルバーたちが飛び去った方向を見つめる。
「はい、多分オヤシロ村に戻ったんだと思います、ブー」
そこが拠点?村なの?
なんて思いつつ、
「方向わかる?」
「はい、あっちです、ブー」
ゼンタくんは、トンネルの出口と反対の方向を蹄で指した。
人を好きなように戦わせておいて見捨てて行くとか、文句のひとつでも言ってやらなきゃ収まらないよね。体の回復と共に、心の方も元気になったみたいだ。
今なら、シルバーとだって戦える(勝てないけど)。
「よしっ、行くよゼンタくん!」
「はいっ、ブー!」
『飛べ』と意識すると、私の体が思った通りに浮かび上がり、視線を送った方向に動き始める。
「わかっててもすごいな、これ」
あーなんかすごく自由って感じがする。
体の中から開放感が湧き上がってきて、自然と口角も上がる。
私、どこにでも行けるんだ!
そんな気持ちのままに、スピードを上げようとすると、
「うわーっ、待って待って待って!、ブー」
ゼンタくんに止められた。
「ええっ、どうしたのゼンタくん」
「置いていかないでください。
ボク、そんなに速く飛べないです、ブー」
あっ、そうなんだ・・・
盛り上がりに水を差された形になった私は、嘆息しながらゼンタくんの元へと戻った。
「でもさ、ゼンタくんって重くない?」
そこそこ体もおっきいし絶対重いよね、50kg以上あるよね(ちなみにブタの出荷時体重は100kg超らしい)。
「し、失礼な!ボクは妖精だから、みかん2つ分の重さしかありません!ブー」
いや、そこはりんご2つ分じゃないの?と心の中でツッコミを入れつつ、
「ごめんごめん、じゃあ乗って」
あんなにおっきいってことは背中にしがみつくのかな、と思いながら背中を向けて少しかがむと、ゼンタくんがすぐに私に向かってジャンプした。
えっ、私、潰される⁉︎
ビックリしてぎゅっと目を閉じて身構えていると、肩にぽにょっと柔らかい感触があった。
「ええっ、縮むの⁉︎」
「みかん2個って言ったじゃないですか、ブー」
感触どころかサイズや声までも可愛くなったゼンタくんが、私の肩の上で、ふにょふにょとポジション修正をしている。
その感じもなんだか愛らしい。
「ずっとそのままでいいんじゃない?いや、むしろそのままで」
私は、肩に乗ったミニゼンタくんを、無意識のうちに撫でていた。
うーん、このふにょふにょ感、気持ちいいっ。
「やですよー。この大きさじゃ歩くのだって大変なんですよ、ブー」
言われてみれば確かに大変かも。
でもっ!むしろ頑張って歩く姿はより愛らしいはず・・・
それに、この指でぷにょる感がたまらない。
「いや、ゼッタイ、ブー」
「そ、そうっすか・・・」
ゼンタくんの毅然とした態度に、私はぷにょっていた指を下ろした。
ああ、このステキな感触・・・しばらく忘れられそうにない。
さて!
いつまでもこんなところにいるわけにもいかない私は、気持ちを切り替えて、
「行ってもいい、ゼンちゃん?」
「ゼンちゃんって・・・いいですよ、ブー」
そのサイズだとゼンタくんってよりゼンちゃんでしょ、なんかかわいいし。
ボク一応男子なんですけどねー、というジト目を無視しつつ、私はまだ知らぬオヤシロ村の方向へ向かって飛び立ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼンちゃんを乗せた私は、心躍らせながら初めての空を飛んでゆく。
「意外と寒いんだね・・・」
「今時速100kmくらいで飛んでますから、多分体感で7から8度くらい低いはずです、ブー」
意外と詳しいね、ゼンタくん。
「これさ、冬だったら・・・」
「めっちゃ寒いですよー、ブー」
心なしかブーがブヒヒに聞こえる。
「私、冬は絶対に飛ばない」
ぷいっとそっぽを向く。
だって寒いの嫌だもん。
「あー、すいませんすいません、嘘です嘘ですウソですー!
ちゃんと魔法で温度調節もできます、ブー」
だよね!できなかったらこんな薄着で魔法少女やってないよね。
なんて無駄話をしていると、いつのまにか森の木々が少なくなって、田んぼや畑なんかも見えてくるようになっていた。
「結構いいところみたいね、ここ」
「そうですよ。気候もいいですしそこそこ獲物になる魔物も出ますし、なによりみんな楽しく頑張ってるんですよ、ブー」
そうだよね。
楽しくなきゃ生きててもつまらないもんね。
なんて共感しながら、のどかな田園風景の上を飛んでいくと、
「もうすぐですよ、ブー」
「本当だ、建物が見えてきた」
視線を前方に送ると、背の低い建物がかなり間隔を置いて建てられているのが見えてきた。
「あれって、さっきのワイバーン?」
「みたいですね、ブー」
その建物たちの間にある大きな広場に、さっき倒した赤いワイバーンが置かれていた。
大きな刃物を持った人もいるから、多分解体しているのだろう。
首チョンパされて・・・(自主規制)
私は、解体ショーをなるべく見ないように気をつけながら、見物人らしきおじさんの近くに降り立った。
すると、気づいたおじさんがこちらに振り返った。
「え、えっと・・・ここってオヤシロ村ですか?」
そういや私、ローズなコスだった。
おじさんの視線に自分の姿を思い出し、今さらながら恥ずかしさがこみあげてきた。
「あー、あんたがミコさまんとこのー。
そうだよ、ここがオヤシロ村だよ。
よく来なさったなー」
おじさんは、私の気持ちなど気にする様子もなくニコニコしながら近づいてきた。だからそんなに近づかれたら恥ずかしいって!
こんな姿いきなり見たらさぞ驚くはず、ということもなく、当たり前のように笑顔で近づいてくる所を見るに、シルバーは普段からこの格好で過ごしているんだと想像された。
なにやってんだろ、あの人。
「その、ミコさま?来てます、よね?」
両手でモロみえの鎖骨あたりを隠しつつお尋ねしてみると、
「いるよー。飛龍置いた後、オヤシロの方に行ったねー」
「オヤシロ?」
あいつ、飛龍って言うんだ。
「ほら、あっちに見えるっしょ」
指さされた方には、神社の本殿を思わせる一際立派な建物があった。
「あの中にいるんですか?」
「いんや、あの隣に母屋があって、ミコさまは多分そっちだべー」
「そうですか、ありがとうございます。そっちに行ってみますね」
「それにしてもネエちゃん、ミコさまにそっくりだなー」
ガハハと笑いながら手を振るおじさんに会釈して、私は逃げるように母屋へと足を向けた。
ミコさまにそっくりって、あー、このコスのせいか。
私まで普段からこな格好をしている認定されてはたまらない。
早くシルバーに会って元の服に着替えなくちゃ・・・ってあれ?
イメージってことは。
私は、思いついたまま元に戻れと強くイメージしてみた。
すると、一瞬光って、
「も、戻った・・・」
「元に戻ったんですね、ブー」
だって恥ずかしいじゃない、あんなカッコ!
気づくとゼンタくんも元の大きさに戻っていた。
「今さらなんだけどさー、私ってこの服のままでも空飛べたりするの?」
「そのままじゃ無理です、ブー」
そのままじゃって、何か普段着で飛ぶ方法があるってこと?
「はい、と言っても巫女衣装の方が魔力制御とかはしやすいしスピードも出ますが、羽衣があれば普段着でも飛べますよ、ブー」
その羽衣ってなんなの?
まさか、あの天女の的な?
「ですです。多分ミコさまが持ってるです、ブー」
そっか、あるんだ・・・
って、ああああああっ!
「い、今さ、私ちゃんと光ってたよね?」
「はい、光ってましたけど、ブー」
「よ、よかったぁ・・・」
思わずその場にしゃがみ込む。
光って着替えたって事は、あれですよ、あれ。
私、またこんな村の中で、ぜぜぜぜ全裸に!
慌ててキョロキョロと辺りを見回す。
幸いにしてこの周囲に人影はなかった。誰にも見られてはいないみたいだ。
「は、はぁぁぁぁぁ~っ」
力が抜けた私は、ペタンと座り込んだ。
「なんで忘れちゃうかなぁ」
また一つ、大切なものを失った私だった。