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01 我が家の裏庭には、祠があります

桜も完全に若葉になった4月半ばの午前中。

茶の間のコタツに入っている私は清水真琴、18歳。


もうだいぶ暖かくなっているので電気はつけていないけど、意味もなくダラダラするにはこたつの掛け布団は最高だ。もふもふでぬくぬくで・・・


あっ、だからって朝からずっとダラダラしてるわけじゃないよ。


うちは清水流総合格闘術の道場をやっていて、物心つく前からお稽古してきた私は、一応師範なんていう肩書きも持ってるのだ。


当主で師匠でもあるおばあちゃんは大変に・・・いや、本当にお稽古については超のつくくらい大変に厳しくって、特に朝のお稽古をサボろうものなら、その週末は言葉で言い表せないくらいの地獄が待っている。


一度だけ、本当に一度だけ朝寝過ごして学校の遅刻とお稽古サボりを天秤にかけて遅刻を回避した結果は・・・もう思い出したくもない。


そんな家の子の私だから、今朝もちゃんとやりましたよ朝のお稽古。

家の裏手にある祠に朝の挨拶をしてから、準備のストレッチに軽いランニング。

それから道場に入って、受け身をやって基本の型、応用の型、最後には秘伝の型も。


朝は私1人かおばあちゃんと2人だから、秘伝の型も練習できる。

なぜ秘伝なのかわからない、そんなに難しいとも思えない型なのだけど。


それらを全部終えて、シャワーも浴びて朝ごはんも食べてからのダラダラタイム。

ね、思ったよりちゃんとしてるでしょ私。

えっへん!


そんな朝を終えてからまったりダラダラタイムを過ごしていると、スッと障子戸が開いた。


「あらあんた、まだこんなところでダラダラしてるのかい。受験生なんだろ、一応」


声色はだけ優しいが私の心をぐさっと抉る一言が響く。


4月半ばの午前中に18歳女子が家にいる。

まあそういうことなんだけど・・・

あー、失敗しましたよ、受験!


ところで今、私の心を抉る一言を発した人こそ、清水総合格闘術現当主にして私のおばあちゃん、清水佳代子だ。


ほんのちょっぴりだらけていただけの私にこんな小言を言えるくらい、うちのおばあちゃんはいつもきちんとしている。

今日は、ライトグレーの生地で袂には青紫色の藤の花を涼しげにあしらった初夏を思わせる着物を着ている。

私と同じくらいで身長はそんなに高くないはずなのに(154cmくらいかな)、背筋がピンと伸びているからか体が締まっているからなのか、いつでも私より背が高くみえるし、その伸びた背筋のおかげか年齢だってまるで感じさせない(怖いからちゃんと聞いたことはないけど、多分80は越えてるはず)。

というより、シワさえなければ妙齢の女性、と言っても通るのではないかと思わせる印象を醸し出しているのだ。


髪の毛だって、今日はお団子にまとめているけど長く伸ばしたままでもキラキラ光ってるみたいに見えて、白髪というよりも美しい銀髪。

ツヤツヤ黒髪を自称する私でさえ羨ましいって思うくらい綺麗なんだ。ずるいよね。

そんな全方位隙のないおばあちゃんから出る一言。


めちゃ堪える、というのもお分かりいただけるだろう。


「いいじゃん。まだ癒えてないんだよ、心の傷が」


そうやって毎日グサグサしてくれるから。


「"不"合格発表からはもう大分すぎただろうに、この子は・・・」


またキツいの来たぁ。し、心臓が持たん・・・


いや、私の頭が悪いとかそういうわけじゃないんだよ、多分。

だって、うちの両親、パパは大学の助教だし、ママに至っては准教授、その上なぜか自分の研究室だって持っている。聞いたところによると教授より大きな研究室を使っているのだとか・・・

そんな2人の子供である私だよ。


さすがに不合格はねぇ・・・と思っていた頃が私にもありました。


模試だって連続してA評価だったし絶対受かるランクの徒歩で通える大学選んで、うちからも近いし面倒だからそこ一つしか受験しなくてその当日になぜか高熱が出る、なんてクリティカルヒットさえ出さなければ、きっと今頃はみんなと笑いながら憧れの女子大キャンパスを歩いてたはず・・・はずだった。

小さい頃からの憧れだったんだよね、近くにある歩いて通える女子大。


なんで熱出るかなぁ、当日の朝に。


「じゃ、ちょっと出てくるから」


私が振り返りたくもない過去を何かの説明のために振り返っていると、最近よく聞く一言「ちょっと出てくるから」の言葉と共に、おばあちゃんは玄関へと消えていった。


多分4月に入ってから毎日のように「ちょっと」出掛けているのだ。

それこそ週末さえも。


ラノベ主人公ではない私にははわかるのだ。

これは絶対に怪しい!と。


4月半ばということはすでに2週間くらい過ぎているのでは?と余計なことに気づいたそこのあなた、決して口に出さないように。


まあとにかく!


さすがに先週の週末には怪しいと感じていた私は、昨日のうちから尾行のためにいろいろと準備をしておいた。


今日の服装は、動きやすさとまだ4月だし急な寒暖の変化にも耐えられるように厚手のジップパーカーを選び(ちなみにフードでちょい変装も可)、カーゴパンツのポケットには七つ道具(なぜ買ってしまったのかわからないあのピクトノックのマルチツール)も入れたし、伸ばし始めてショートボブから卒業しつつある髪もヘアゴムとヘアピンでしっかりかつかわいくまとめてある。かわいさは大事。


もちろんそれだけじゃなくコタツの中に隠してあるリュックの準備も万端で、スマホの予備充電器も昨日ちゃんと充電しといた(いざ充電しようとしたらなかった!はもう繰り返さない5度目は避けたい)、変装2用の伊達メガネに汚れた時のための携帯ウェットティッシュに蔵で見つけた登山用ロープにカラビナなどなどなど・・・ひ、必要になるかもでしょ!


そして尾行!といえば絶対必須の賞味期限90日のあんぱんと、そろそろあったかくなってきたから常温保存も大丈夫なバナナ豆乳をひとつ。玄関には去年突然亡くなったおじいちゃんが山登りに付き合えと行って買ってくれたトレッキングシューズも用意してある。結局一回しか行かなかったな・・・


ともあれ!


賢い私は、これら全部を昨日のうちにしっかり準備をしておいたのだ。


「ふっふっふ。キサマの秘密は私が暴いてやる」


さっきまでのだらけた演技から一転(だらだらは演技だったんだよウソじゃないよ)、武道家らしく素早く、かつ音もなく静かに立ち上がった私は、あの祖母だからこそ、細心の注意を払いながら気配を隠しつつ尾行を開始したのだった。


「いざ鎌倉!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



おばあちゃんが出た後、少し遅れて玄関から顔だけ出した私は、気配を隠しつつまず門の方を覗き見た。

我が家は玄関から出た場合、三方向に進むことができる。


まず、そのまままっすぐ門を出て左右へ続く道。ちなみに駅は右方向にある。


門はなんとか石という石材でできているけど、それに続く壁は生垣で、生い茂った葉の細かな隙間から人の気配なんかを感じ取ることができる。

その生垣越しには、おばあちゃんの気配は感じられなかった。


駐車場を見たところ、おばあちゃんの軽自動車はそのままあった。まあ、着物ではほとんど車に乗らない人だから、今日は乗ることはないと思っていたけど。ちなみにこの前行ってきた運転講習では、50代にも劣らない運転技能だと褒められたらしい。


それはさておき、


「車もあるってことは」


多分3つ目の道に進んだんだと思う。


3つ目の道というのは、玄関の左側にある裏庭→裏門へとつながる道で、怪しいといえば一番怪しいルートなのだ。普段出かけるのにこっちを使うことはまずないし。


「私の目を誤魔化すことなどできんのだよ!」


ニヤリとしながら、どこかで聞いたことのあるようなないようなセリフを口にしつつ、フル装備でやる気満々の私は、裏庭に続く道へと静かに足を踏み入れた。


踏み入れた瞬間、母屋の奥の端を左に曲がっていくおばあちゃんの影が目に入った。

どうやらこちらで間違いないようだな。ふっふっふ。


私は小さな敷石の上を選んで音を立てないようしつつ、急ぎ奥へ。

角に来てまた顔だけ覗かせると、おばあちゃんは祠の前で立ち止まり、手を合わせてお祈りを始めた。


しばらくお祈りをしたあと、おばあちゃんは祠の扉を開け、辺りを見回してから中に入ってしまった。そして閉まる扉。


なになに、どういうこと⁉︎


私も年末の大掃除の時に何度か祠の中に入ったことはあるが、なんでもない普通の日に入るなんていいの?ありなの?まさかおいしいものとかあるの?

なんて思いながらしばらく見つめていたんだけど、おばあちゃんは一向に出てくる気配がない。


「あー、もう!」


痺れを切らした私は、もう見つかってもいいやと気配も気にせず、ダッシュで祠まで近づいた。


「えっ?」


でも祠の中にはなんの気配もなかった。

どころか小さな窓からもおばあちゃんの姿は見えなかったのだ。


イリュージョン。


って、私1人のためにそんな手の込んだことするはずは・・・ないよね?


「犯罪の匂いがする」


と訳のわからない言葉を呟きつつ、私もおばあちゃんと同じように一度手を合わせてから、祠の観音開きの扉を開けた。


もちろん中には誰もいない。


が!


確かに犯行はあったのだ。


床板が外されていて、そこには地下へと続く階段があった。


「本当に犯罪とかじゃないよね」


まさかうちの子に限って・・・って私は親か!


・・・


えっと、ここまでの流れを整理してみよう。


私は浪人生になって、朝からダラダラしていた・・・

は関係なくて。


おばあちゃんの最近の行動がおかしい

気になった私は尾行を始めた

おばあちゃんは裏庭の祠の中に入り、消えた

祠の中には地下へと続く隠し通路があった


行くしかないよね! !


ポケットからスマホを出してライトをつけて


「無限の宇宙へ、さぁ行くぞ!ゴン


いたあっ!


祠の低い天井に当たった拳をふーふーしながら、私は地下へと続く階段を降り始めたのだった。


ホントに痛かったんだからね!


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