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わたりか

わたしは理解しました! ― わたりかAS2

作者: でもん

本編「わたくしの理解が足りないのかしら」はこちらです。

https://ncode.syosetu.com/n5459ho/


わたりかAS第1弾「お前の理解が足りていない ― わたりかAS」はこちらです。

https://ncode.syosetu.com/n9302hp/

 私はできる子。

 そう言われて育てられてきた。

 うん、だからできるはず。


 そう、膝のバネを使って――


 ジャンプ!

 からの、

 土下座。


 目の前に静かな威圧感を出している隣国の皇女隣国皇女エリザ殿下

 たったいま、王太子から婚約破棄を告げられたばかりの彼女に向かって、私は完璧なるジャンピング土下座を披露した。


 婚約破棄騒動の原因となってしまった傾国の美女(自称)である私は、ここからは少しでも巻き込まれないように――


***


 ほぼ平民。

 それが私の実質的な身分と言えるだろう。

 17歳である現時点では子爵家令嬢という仮初めの肩書きもある。

 だが、これは成人までの仮初めのもの。

 18歳になった時点で、子爵家の血筋ではない私は、貴族籍から外れる。

 それは自分ではどうしようもないし、仕方の無いことだ。


 母親譲りの我ながら美人の顔立ちが救いだ。


 そんなキャサリン・ボルトン(わたし)は、この国の王太子であるアーロン殿下と出会ってしまった。

 それは昨年の秋に開かれた最高学府(アカデミー)の研究発表会での出来事だった。


 私は、平民になった後の人生を考え、親に頼んで必死に勉強をさせてもらった。

 そしてアカデミーの狭き門を特待生という立場でくぐり抜けたのだ。

 

 アカデミーでは、高等学院までに学んだ基礎をベースに各自が好きな研究を行い、その成果が認められれば進級し、卒業を迎えることができる。

 研究テーマは自由。

 だが、卒業までに平均で4年。最速で2年。

 10年経っても卒業できていない人だっている。


 4年も学生を続けていたら適齢期を逃しかねないので、私は平均より1年早めの3年での卒業が目標だ。

 学位と将来有望な夫をアカデミーでゲットだぜ。

 そんな勢いで私は入学したのだった。


 だが現実は甘くなく、出会いなどなく研究に明け暮れる毎日。

 農地の土中環境の研究なんていう地味なものを選んだ私は、ただ一人、黙々と研究をするしかなかった。

 お陰様で、最初の研究発表の場となる秋の研究展では、展示会場の隅の方を割り当てられ、当然、見に来てくれる人もほとんどいないという状況だった。


 そこへフラリと男性。

 身長は平均的。

 顔はまるで磁器のように白く整っている。

 短く切り揃えた金髪は、人によっては絶世の美男子だと言えるだろう。

 高級そうな身なりから、どこぞの貴族か商人の御曹司あたりか。


 そんな人が退屈そうな表情を隠そうともしないまま、それでもちゃんと私のレポートを読んでくれていた。それが嬉しくもあり、私は思わず声を掛けてしまったのだ。


「どうです? つまらないですよね」

「ああ、土の話など、つまらないな」


 失礼な。

 それでも読んでくれるだけ感謝するところか。


「土中にどの程度の水分を貯えられるかは、農作地に適しているかどうかの判断基準にできますから、地味な研究ですが、今後の我が国の発展のためにも、とても大切な基礎研究なのですよ」

「そうなのか。だが晴れてしまえば乾くのではないか」

「地表面は陽が差せば乾いてしまいますが、土の性質によって地面の下での保水性に違いがあるのです。たとえば、こういった土壌は表面が乾いていてもほんの少し掘るだけで……」


 最初はつまらなそうにしていた男性も、土のサンプルを見せたりしているうちに、徐々に興味を持ってくれたようだ。

 次々と質問をしてくるので、私もそれに答える。


「ありがとう。そなたとの話は楽しかったぞ。だが、どうやら時間切れのようだ」

「いえ、こちらこそ楽しかったですわ」


 一般の人はなかなか興味を持ってくれない土中環境の研究レポートに食い付いてくれるだけでもうれしい。


「また是非話を伺いたいものだ……えーと、キャサリン嬢だったな」


 レポートの署名欄にある私の名前を確認したようだ。


「ええ、キャサリン・ボルトンです。機会がございましたら是非。えーと……」

「なんだ、そなたは俺が誰か解らずに話していたのか? 珍しいな。名前はアーロンと言う。覚えていて欲しい」


 そう言って男性は嬉しそうに微笑んだ。

 残念ながら名ばかりの貴族である私は子爵家においても正式な貴族教育を受けていない。


 子爵の再婚相手である母と、その連れ子。

 家族として皆と仲良く暮らしてはいたが、成人後に平民になる私に、コストの高い貴族教育は無駄である。

 それでも、弟たちに迷惑を掛けない程度には応対をしなければいけない。


 自分が相手をしていたのが、顔を見ただけで理解しなければならないレベルの上級貴族だったと気が付いて、思わず顔が引きつってしまった。


「失礼しました。アーロン様ですね。上級貴族の方とは馴染みがないもので、お恥ずかしい限りです。失礼ですがご家名をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「聞いたかジルベール。このお嬢さんは、名前を聞いても俺が誰か解らないらしいぞ」


 アーロン様が笑いながら近付いてきた男性に声を掛けた。

 銀髪で長身、ちょっと酷薄そうな感じのジルベールと呼ばれる美青年。

 ようやくここで、私はアーロン様が誰かに気が付いた。


「殿下のご活躍について広報が足らず申し訳ありません」

「お前も主席補佐官になったばかりだ。これから励んでくれれば良い」


 アーロン様とジルベール様。

 上級貴族社会で、この組合せと言えば、思いつくのはこの方しかいない。

 そして殿下という呼称。


「失礼しました。王太子殿下とは気が付かずに。それにノア主席補佐官閣下も。私はボルトン子爵が次女キャサリンにございます」

「よい、気にするな」

「で、ですが……」

「そなたのような反応は新鮮だった。これからも同じように頼む。俺の周りは、いくら興味をもって質問しても、王太子が気に病むことではないと言って答えてくれないのだ」

「殿下、本当にもうお時間が」

「ああ、解っている。それではキャサリン嬢、是非また会おう!」


 言うだけ言って、アーロン様は足早に去ってしまった。


 どうしよう、お母様。

 私、殿下に「また会おう」と爽やかな笑顔で言われたよ。



***


 王子との突然の出会いに数日は妄想を膨らませたりもしたが、そんな熱もすぐ冷めた。

 秋の発表会の手応えから、早々に研究を打ち切り、次のテーマを探すべきか、アカデミーの担当教授に相談しなければいけないのだ。


 ばたばたと忙しい毎日を送る中、殿下と再会したのは年が明けてからだった。


 この日、年始を祝う王宮の祝賀行事の手伝いに参加した。

 アカデミーに通う貴族籍を持つ学生は、王宮内の案内係として毎年駆り出されるのだ。

 報酬も美味しいことから、貧しい下級貴族の子弟にとっては、渡りに船の臨時報酬となる。

 婚約者のいない者にとっては、思わぬ出会いの可能性すらある。


 私もそんな中の一人だ。


「こちらです」


 まだ1年ということ。

 アカデミーの中で友人と呼べる人がいないこと。

 来年には貴族籍を外れること。


 色々な要因が重なったからなのか、私の役割は、少しアルコールが入った下級貴族やそれほど重要ではない招待客たちにトイレの場所を案内する係だ。


 ほぼ平民の私はそんな場所が割り当てられていた。

 これでは出会いなど望めない。

 

 がっかりしながらも仕事はきちんとこなしていた私だったが、


「やぁ、キャサリン嬢」

「アーロン殿下」


 王太子と再会することになった。


 なぜ、ここに。

 周囲に護衛もいないし。

 王位継承者がこのように自由に歩き回っていて、この国は大丈夫なのだろうか?



「会いたかったぞ」

「勿体無いお言葉」


 正直、面倒です。

 周囲の目もあるし、身分違いというものを考えて話しかけてきて欲しい。


「あの時、畏まらずに話すように言ったはずだが」

「……かしこまりました」


 ああ、面倒。

 その感情が表に出ないように、私はゆっくりと口角を上げて微笑みを作る。


「私もお会いしたかったですわ。殿下」

「そうか。会いたいと思ってくれていたか」

「なぜこちらに?」

「あそこは上辺だけでつまらない」


 そう言って、アーロン様は王宮の奥をじっとみつめる。

 いや、そこは仕事なんだし、しっかりしようよ。


「たしか皇女殿下をエスコートされるのでは? こんなところに来ていいのでしょうか?」


 アーロン様は隣国のエリザ殿下と婚約をしている。

 年賀を祝う以上、将来の王太子妃としてアーロン様がエスコートしていなければならない。


「そうなのか? だが別に相手をする必要もあるまい。向こうから一方的に俺と結婚したいと言ってきているだけで、俺が頼んだわけじゃない。だいたい、これまでも、まともに顔もあわせたことが無いからな」

「そうなんですね」


 さすが王族。

 私たちの考える結婚とは違うのだろう。


「隣国の皇女殿下ですし、外交問題になったりはしないのでしょうか?」

「この国の王太子である俺と比べたら立場が違うだろう。女のくせに勉強ばかりしている変わり者のようだしな」


 私もアカデミーで勉強だけしている女なんですけどね。

 殿下の物言いに少しイラッとした。


「2年前からアカデミーに通っているらしい。放っておいても問題ないだろう」

「そう……なのですね」


 驚くことに先輩だった。

 今度、探してみよう。


「ああ、そうだ。そんなことよりも教えてほしいことがある」


 どうやら、王都の交通渋滞について気になったらしく補佐官達に原因などを聞いて回ったらしいのだが、満足のいく答えが貰えなかったそうだ。「キャサリン嬢はちゃんと答えてくれたのに」と口を尖らせながら不平を言う。


 これは期待されているのだな。


「わかりました。私が少し調べてみますわ」

「そうか! 是非お願いしたい」


 殿下は私の手を取ると本当に嬉しそうな顔で微笑んだ。

 あら、ちょっと可愛い。アーロン様は、私よりずっと年上なのに、まるで弟達みたいだ。


「なら、1週間後に報告をしてくれ。迎えを送る」

「1週間ですと、それほど進捗はないかもしれませんが」

「いい、解った範囲で教えてくれ」

「わかりました」


 もしかしたら新しい研究テーマにできるかもしれない。

 それに王太子のお墨付きともなれば、卒業後の進路も明るくなるのではないだろうか。

 大きく期待はできないけど、ちょっとだけ楽しみになってきた。


***


「6号棟の12番講義室……」


 都市交通に関しては、専門的に研究しているグループがあると聞いて、私はそのグループに参加させてもらうことにした。

 講義室の扉を開けると、教室の中心で5人ほどの学生が準備をしている。

 その周囲には私と同じように議論の様子を聴講しにきた学生が沢山いた。


 随分、人気のある研究テーマなのね。


「失礼します」


 小声で言いながら最後列の隅に腰を掛ける。

 ここからだと、黒板がよく見えないな。

 印象が地味になるのであんまり好きじゃないんだけど、眼鏡を掛けるか。


「それではわたくしから発表させていただきます」


 進み出たのは若い女性だった。

 美しく、気高い。

 そういう表現がぴったりの女性だ。

 その横で助手のような可愛らしい女性が、書類を準備していた。


 ちょっと顔に自信があったのだけれど、完全に負けた。


「まずは自明の前提として都市部における交通の共通的な問題点は、都市の発達と人口の増加に比例して交通量が増すこと。この増加が一定数を超えたタイミングで交通網が許容できる時間単位の容量を超えるため、これらの消化が終わるまでは渋滞が解消しないことにあります」


 彼女は理路整然と都市交通における問題点を説明していた。

 堂々とした発表の姿に、皆が頷いている。同い年くらいかと思っていたが、卒業間近の先輩なのかしら。


 発表後、彼女が提示した論点に対して、そのまま学生同士で議論が始まる。

 そこには聴講していた学生も参加していくのだ。

 多くの意見が出る中、彼女はそれを華麗にコントロールし、吸収しながら、新しい論点として取り込んでいく。


「凄い…」


 いつも一人で研究をしていた私とは違う次元で、叡智が集まっていく。

 そんな感じを受けた。


 交通渋滞に対する政策的な課題、渋滞解消に伴う経済的な効果など短時間に解りやすく要点がまとまった説明があり、議論では軸としてブレることがないながらも、他の学生からの提案なども受け入れていく柔軟性。


 同じ女性だというのに――

 全てにおいて自分とはレベルが違う存在というものに初めて出会った。


 歴然たる差を見せつけられたことで、私は勝手に傷付いた。

 こんなことを考えてはいけないのだろうけど、強烈な劣等感を抱いてしまう。


「以上、エリザ・ウィルガードの発表を終わらせていただきますわ。また来週、議論をしましょう。それでは」


 ああ、そうなのか。

 彼女が殿下の婚約者。

 颯爽と講義室を出ていくエリザ様の後ろ姿を追いながら、私の心の奥の方で何かよくないものが鎌首をもたげていた。


***


 翌週、寮の正面玄関に王太子の警護を担当しているという人がやってきて、私をこの高級そうなサロンの個室へと案内した。


「本当にここなのですか?」


 扉の前で逡巡する。

 王族に呼ばれたとは言え、婚約もしていない男性と二人きりでサロンの個室で過ごすということは、そういうことだ。


 貴族令嬢にとっては醜聞でしか無い。

 この部屋に入ってしまえば、少なくとも私は貴族社会からはまともに相手にされなくなる。

 どこぞの年寄りの再婚相手としてなら道はあるかもしれないけど。


「あの……できれば別の場所で」

「そうですよね。確認いたします」


 そう言って、警護の方がドアをノックした。


「殿下、ボルトン子爵令嬢をお連れしました」

「ああ、通してくれ」

「ですが殿下、本当にお通ししてよろしいのでしょうか?」

「何をしている。早く通せ」

「ですが……」

「うるさい、いいから早くしろ!」

「はっ」


 遣いの者が気の毒そうにこちらを見る。


 それはそうよね。

 警護の方が王太子に異を唱えるなんてできないもの。

 私は気にしないでくれと首を横に振って、覚悟を決める。


 ありがとうございます。


 声を出さずに警護の方に告げると私は自分で扉を開けた。


「お待たせしました」

「ああ、キャサリン嬢、会いたかった」

「私もですわ、殿下」


 私ができる最高の笑顔を浮かべた。

 そして持ってきたレポートを手渡す。


「殿下、こちらが交通渋滞に関する問題点などをまとめたものです」

「ありがとう、そちらに座ってくれ」


 先ほどとは別の人が紅茶を持ってきた。

 その人も気の毒そうに私を見ている。


 淹れ立ての紅茶から漂う香り。

 それは、まるで汚れのように私を甘く包み込む。


「そういえばエリザ殿下にお会いしましたわ」

「誰と会ったって?」

「いやですわ。殿下の婚約者のエリザ殿下です」

「ああ、あの女か」


 殿下は一瞬、顔を上げたが、まるで興味が無いように再びレポートに目を落とす。


「とても綺麗なお方で……少し、私は傷付いてしまいましたわ」

「なに! あの女に何かされたのか!」

「いえ、何かされたわけではないのですが」


 勝手に劣等感を抱いて、勝手に傷付いただけです。

 それでも意趣返しにと、上目遣いでじっと殿下を見つめる。


「殿下の婚約者ですし、隣国の皇女ですもの。仕方ないですわ」

「俺がキャサリン嬢と会うのを嫉妬したんだな。面倒臭い女だ」

「いえ、そんなことは無いと思うのですが」


 向こうはこちらの存在に気が付いていないと思いますわ。


「俺はそもそもあんな女のとは結婚したくないのだ。子供の頃に勝手に決められた婚約者など」


 ならば。


 政略的な要素が無いのであれば、私にもチャンスがあるかもしれない。

 努力では埋まりそうもない才能の違いを見せつけられた私が、彼女の心にほんの少しでもひっかき傷を作る機会が。


「殿下、何か新しく知りたいことがあればいつでも言って下さい。私の方でお調べしますわ」

「ありがとう。キャサリン嬢」

「是非、キャッシーとお呼びください」

「そ、そうか。キャ、キャッシー」

「はい、殿下」

 

 殿下が嬉しそうな表情を浮かべる。

 それに釣られるように私も――


 笑え、私。

 貞淑な貴族令嬢の道を捨てたのだ。

 それに見合う以上のものを得なければ。


***


 アーロン様は愚かだった。

 この国の王太子として心配するレベルで。


 会話をしている限りは気付かなかったのだが、彼はものごとを深く洞察する訓練を受けていない。

 何事も表面的なことだけで理解した気になっている。


 きっと育てられ方の問題なのだろう。

 質問しても、それは深く考えるなと、ちゃんとした情報を与えられずに育ってくれば、こんな風になってしまうか。


 少し可哀想だった。


「殿下、殿下はそのままでいいと思いますよ」

「どういうことか?」

「ふふ、今みたいに気になったことは、どんどん私に聞いてくださいってことです」

「ありがとうキャッシー」

「ですから、ずっと私をそばに置いて下さいね」


 そういって私はアーロン様の腕に少しだけ触れるように手を添えた。

 それだけでアーロン様は顔を真っ赤にして照れる。


 そう。

 アーロン様が私を踏みにじったように、私もアーロン様の心を踏みにじる。


 いつか、気が付いたエリザ様が嫉妬するくらいに。


***


「以上で、わたくしの報告を終わります」


 私は何度も彼女の発表に参加した。

 時には質問をし、質問状を出したりもした。


 彼女の才能に嫉妬すると同時に、私は彼女に私という存在を知ってもらいたかったのだ。

 だが、ある日、彼女は議論を周囲で聴講している学生に向かってこう言ったのだ。


「少し手狭になってきたので、特にここで発言をしない方は、あとで私の研究成果のレポートは配布しますわ」


 自分達が議論をするので、結論だけ教えてやる。

 まるでそう言っているかのような発言だ。


「もう来るなということですか!?」


 男子学生の一人が叫んだ。

 まわりの人達も不満げな表情を浮かべる。


「いえ、そういう意味ではありません。ディスカッションの過程も含めて取りまとめて配布しますので、充分、知識の共有は可能だと思うのです」

「ですが、我々の意見も聞いていただきたいのです」

「勿論、議論に参加する方は歓迎しますわ。ですが、それ以外の方は議論の過程を聞くよりも、結果を受け取った方が合理的では?」


 エリザ様の言葉に周囲は納得したようだ。


「確かにそうですね」


 最初に叫んだ男子学生も少し不満そうにしながらも着席した。


 エリザ様は傲慢だ。

 多分、努力しても這い上がりきれない人の気持ちなど理解していないのだろう。

 もちろんエリザ様が努力していないというわけではない。噂で聞いている範囲では誰よりも努力しているとのことだ。ここで修めた学業の成果を持ち帰り帝国にアカデミーに対抗した大学を作るのではないかと言われている。


 殿下の言うとおり、強大な帝国の皇女がわざわざ我が国の王太子妃としてこの国に嫁いでくるくらいだ。

 皇女と言っても、その地位は低いのだろう。だからアカデミーで得た知識を持ち帰って、その地位を向上させようとしているのかもしれない。


 最初から、その気持ちを知っていたら、素直にエリザ様を尊敬し、応援できた道があったかもしれない。

 あるいは、私と殿下との出会いがなければ。


 でも。


 何もかも手に入れることができるエリザ様に唯一勝てる部分。

 アーロン殿下の心を占める可能性に私は気が付いてしまった。


 ごめんなさい。エリザ様。

 何かひとつだけでもあなたに勝ちたい。

 そう思ってしまったのです。


 あなたがどこまでも遠すぎるから。


***


 年度末パーティが近づいてきた。

 アカデミーの1年間が無事に終わったことを祝う、王室主催のパーティとなる。

 この日だけは、皆は思い思いに着飾り、王宮の大ホールに集う。

 そして、その場で、その年の卒業生が表彰されるのだ。


「殿下。王宮でのパーティはエリザ様をエスコートされるのですか?」

「いや、その日は陛下の名代として出席することになる。あの女は卒業するらしいがエスコートすることはできない」


 エリザ様は2年目ですよね。

 最速卒業者になるのか。

 さすがです。エリザ様。


「ですが、陛下の名代ということは婚約者を伴って列席するのが普通ではないのですか?」

「そうなのか? 特にジルベールからは聞いていないが」

「陛下なら妃殿下も伴うはずですわ。ですので、アーロン様もエリザ様をお連れしないと……」

「それならキャッシーを連れて行こう」

「はい?」

「キャッシーもアカデミーの生徒だろう。ならば、俺がキャッシーを連れてパーティに出てもおかしくない」


 いや、さすがにそれはおかしいのでは?


「なに、所詮学生が集まるパーティに過ぎない。そこまで形式張って考える必要も無いだろう。どうだろう、キャッシー。一緒に行ってくれないだろうか」


 どうやら、アーロン様はこの国、いやこの世界におけるアカデミーの価値を理解していないらしい。

 

「はい……問題がないのであれば喜んでお供させていただきますが……」


 その日の午後。

 私はアーロン殿下と、現在流行していると言われている恋物語を観劇した。


 陰謀により魔女との婚約をしなければならなくなった王子と引き離された幼馴染みの令嬢。

 だが、土壇場で王子が婚約破棄を告げ、幼馴染みの手を取り、魔女の悪行を暴き、最後に滅ぼす。


「なるほど。これは良いアイデアだな」

「なにがです?」

「俺に任せておけ。俺はキャッシーを幸せにしたい」

「殿下?」

「流行の料理店を予約してあるんだ。すぐに行こう」


 この時。

 私は殿下の思い付きについて、ちゃんと聞いておくべきだったのだ。

 だが、出された料理の味にすっかり気分がよくなってしまい、私はこのことを忘れてしまっていた。


***


 王宮で開かれる王主催のアカデミーの学年末パーティ。

 アカデミーの学生全員が招待され、そこで卒業する生徒達は王より表彰を受ける。


「王太子アーロン殿下および……」


 先触れの声が途中で戸惑ったように止まる。

 本当にいいのか……といった囁き声が聞こえた。 


「失礼しました。王太子アーロン殿下およびボルトン子爵令嬢キャサリン様」


 その声でアーロン様が私を連れて、ゆっくりと壇上に登場する。

 ホールには多数の学生や来賓の方々が立ち上がって、私たちを拍手で迎え入れる。


 ちょっと待って。

 これ、私がイメージしていたのとかなり違う。


 私はまだ学生です。生徒です。1年生です。

 本来は後ろの方にいるべき人間なのです。


 そう心の中で叫んでいたけど、表情に出すわけにもいかない。


 拍手をしながらも、ザワつくホール。

 そりゃそうですよね。

 こちらを見ている学生の中央付近にはエリザ様の姿が見える。


 特にその目には怒りなどといった感情は感じられなかった。


「アカデミーの学生諸君、パーティの開始前に一つ宣言をしておきたいと思う」


 アーロン様が声を上げたが、式次第も把握していない私はとりあえずニコニコと微笑むのが精一杯。


「エリザ・ウィルガード、お前との婚約を破棄する!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 なんですと!


***


 アーロン様の言葉にホールは静寂に包まれた。

 全員の顔から表情が落ちている。

 勿論、私も。


 震える手を伸ばし、馬鹿なことを言い出した殿下の裾を少し引っ張った。

 すると殿下は振り返り、問題ないとでも言うように満面の笑みを浮かべて小さく頷く。

 そして――


「もう一度言う、俺はエリザ・ウィルガード、お前との婚約を破棄する!」

 

 違う!

 そうツッコミを入れる間もなく、エリザ様が殿下の前に一歩踏み出す。

 それに合わせるかのように、周囲の人達が下がっていく。

 そりゃ、巻き込まれたくないだろうなぁ。


 エリザ様の後ろには、講義室でエリザ様の助手をいつも務めていたアリス様だけが控えている状況。

 この方もアカデミーの学生で、今年の卒業生。しかもエリザ様を抑えて堂々の首席。


 特に表情に変化もなく、やや面倒そうにゆっくりとエリザ様が口を開いた。


「王太子殿下、理由をお聞きしても?」

「理由か? お前は俺の真実の愛を捧げるキャッシーに何をしてきたのか、俺が知らないとでも? いいだろう、お前の罪を白日の下に晒してやる! いいか……」


 そうこう言っているうちに殿下が一人白熱している。

 エリザ様の罪と言って、よくわからない話をしている。

 私にも心当たりが無いのですが。


「わかったか!」

「失礼しました、まったく聞いておりませんでした」

「ふん、強がりもたいがいにしろ。どっちにしろお前のしてきたことは明白なのだからな」

「何かしましたでしょうか?」

「お前が嫉妬にかられ、キャッシーを貶めるように画策したり、危害を加えようとしたことだ!」


 もう無理。

 冤罪を押しつけるにしても、せめて事前に私と打ち合わせて欲しかった。

 勿論、その場合は止めたけど。


 私は今度ははっきりと殿下に伝わるよう腕を掴んだ。

 すると何を勘違いしたのか、殿下が私の腰に手を回す。

 そうじゃない!


「おい、何か言い訳でもあるのか?」

「失礼しました。さて、王太子殿下。もう一度、申し入れいただいた内容を確認しても?」

「申し入れ?」

「はい、嫉妬云々には何か誤解があるようですが、そこは本題ではないかと思います。そこで、まずは先ほどの婚約破棄の申し入れについて、改めて真意を問いたいのです」


 そうです。

 エリザ様が嫉妬にかられて、あんなことやこんなことをした事実なんてありません。

 私が講義室の隅の方で、エリザ様の素晴らしさに勝手に傷ついただけです。


「真意も何もあるか! お前のような悪女が俺の大切なキャッシーを傷つけたということは許されぬ。婚約破棄の上、国外追放にしてやる!」

「殿下と婚約することとなり、この国のアカデミーに留学して2年が過ぎようやく卒業ということになりましたが、本質的な所で異国の文化を理解することは難しいのかもしれませんね。会話にも一苦労です。いずれにしても婚約破棄の話については日を改めて」


 よし。

 とりあえずエリザ様は話を終わらせてくれるらしい。

 この後、全力で追いかけてお詫びしないと。


「待て、逃げるつもりか! 俺はお前を許すつもりはないぞ!」

「許す? 殿下がわたくしの何を許すというのでしょうか?」

「だから許さないと言っている。だがキャッシーに土下座して謝るなら少しは考えてやらなくもない」

「まぁ、そのキャッシーさんにわたくしが許しを請えと? どこの誰かも知らない初対面の方に?」


 えっ?

 初対面では無いですよね。

 名乗ってはいないので、知らないのは仕方ないのですが……

 隅の方でしたけど、何回もエリザ様と同じ教室で勉強しましたよね。

 会話もしましたよね。

 質問もしましたよね。


 それなのに?

 認識もしてもらえていなかったのですか?

 私は――

 私は――

 

「お前がキャッシーと呼ぶな。彼女は子爵家のキャサリン嬢だ!」

「貴族の方なのですね」


「信じられない!」


 私は叫んだ。

 駄目だ。

 許せない。

 私は涙を浮かべ、エリザ様に向かってもう一度叫ぶ。


「あれほどのことをしておいて、今更、初対面の振りをするの!」


 貴族としても残れない。

 アーロン様の愚行のせいで、貴族にも嫁げない。

 私が何かをしたわけでも、何かを望んだわけでもないのに。


 ただ、努力をして。

 ただ、幸せになりたくて。


 ほんのちょっぴり、何もかもを持っているエリザ様の心に傷を作れたら。

 たったそれだけのつまらない欲望。


「ごめんなさい、キャサリンさん。わたくしどもの方にはあなたと面会した記録も記憶も無いようです」


 私は涙を浮かべ、今度こそ自分からアーロン殿下にしがみ付いた。


「ひどい……殿下、私、悔しいです。あんなひどいことを言われて、怪我までさせられたのに」


 心が血を流している。

 私の心が、エリザ様に焦がれて大出血をしている。

 エリザ様に醜く嫉妬して。

 エリザ様に浅ましくも憧れて。


「怪我? どこを怪我されたのですか? もしわたくしどもの不注意か何かで怪我をされたのであれば、公館に届け出てください。確認ができ次第、公務に伴う傷病として我が国から手厚い保証がされるはずですが」

「そんなことを言っているのではありません! 私はエリザ様に謝って欲しいだけなのです」

「謝る? このわたくしが?」

「悪いことをしたら謝るのが当たり前でしょ?」


 嘘。

 あなたは何も悪いことをしていない。

 ただ、存在が。

 私の遥か上をいく、あなたが存在することを謝ってほしい。

 無茶を言っていることはわかる。

 それでも。

 これでは、これでは私があまりにも可哀想だ。


「キャサリンさん、怪我をされたのであれば、やはり担当のものを向かわせます。そこで怪我の状態を確認の上、適切な補償をさせていただくわ」

「怖い……そうやって脅すのね!」

「エリザ、またキャッシーを傷つけるのか!」


 もう滅茶苦茶だ。

 この場も、私の頭の中も。


 ホールの中で学生たちは青ざめてこちらをみている。

 この先には、もう破滅しかないのかも。

 どこか漠然とそんなことを考えながらも私は殿下に抱き着き、殿下も私のことを抱きしめ返す。


「ではこれで失礼させて」

「帰るな! キャッシーに……」

「殿下、何事です!」


 その時、ジルベール様が駆け込んできた。

 ああ、これでこの喜劇は終わるのだろう。

 嘘を吐いた私だけが断罪されて。


「おお、ジルベールか。いま、この悪女を糾弾していたところだ」

「この悪女? ああ、ようやく殿下もキャサリン嬢の本性に気が付いたのですね。一時の気の迷いだとは思っていましたが、どうなることかと心配しておりました」


 私が悪女?

 その言葉で、ふと冷静になった。

 一体、私……何しているのだろう。


「何を言っている。悪女と言えばエリザこの女に決まっているだろう」

「エリザ殿下がですか!?」


 アーロン様は本当に愚かだ。

 観劇した際の思い付きだけで婚約破棄を告げたのだろう。

 側近であるジルベール様にすら根回しをしていない。


「ジルベール、俺はこいつに婚約破棄を言い渡した。そして国外追放にすることに決めたのだ」

「はぁ?」

「さっそく、この女をつまみ出せ!」

「何を馬鹿なことを!」

「貴様、王太子の俺に向かって馬鹿とは何だ」

「もう結構ですわ、ジルベール様。これが言葉通りであり、わたくしの理解が足りなかった訳では無かったということが明白になりました。ですので我が国としては取るべき道はただ一つです」

「そんな、殿下、お待ちを……」

「いえ、待ちませんよ」


 私とアーロン様を置いて、話はどんどん進む。

 私は完全に冷静さを取り戻していた。

 ゆっくりとジルベール様を睨み付けているアーロン様から身体を離す。


「アーロン殿下」


 エリザ様があらためて、殿下と向き合う。

 その表情は慈愛に満ちているように思えた。


「なんだ!」

「婚約破棄、謹んでお受けします。また国外追放についても異論はございません」


 エリザ様からアーロン殿下を奪ってやりたい。

 そう思っていたのは事実。


 でもそれは、あくまで愛情としてであり、どうせやるなら王太子妃を狙ってやろうくらいは思ってはいたのだが、それでもせいぜい側妃。エリザ様を押しのけてとまでは考えていなかった。


 いや、無理でしょう。

 いくらアカデミーの特待生だと言っても、将来の国母として教育を受けていない私が正妃なんて。

 エリザ様がいるからこそ成り立つ計画だったのに。


「そうか、やっと思い知ったか。そうだ。お前のような悪女がいなくなれば、俺は堂々とキャッシーと結婚ができるのだ」

「アーロン殿下、改めて貴国の通告を受理いたします。わが帝国は王国からの婚約破棄を受け、30年前に締結した両国の停戦条約が暗黙的に破棄されたものと理解いたしました」


 え? 


「また、わたくしの身柄は国外追放を受け外交特権を失いましたので、こちらも条約通り48時間以内にこの国から退去いたします。合わせて公館は閉鎖、特命公使を残し外交部も引き上げます」


 ええ?


「おい、ジルベール、この女は何を言っているのだ」


 そうです。

 エリザ様は何をおっしゃっているので?

 帝国のお荷物になっている皇女様と、ほぼ平民である私が殿下の愛情を賭けた女の闘いを繰り広げていたのであって、停戦条約とか公館閉鎖とかそんな話では――


「さらに、この国から外交部が引き上げ後、72時間以内に貴国の武装解除、王城の開城を求めます」

「そんな」


 ジルベール様だけでなく、周囲の皆が絶望したように座り込んでしまった。

 ねぇ、どういうことなの。

 私と殿下だけが理解していないだけなの?


「お前達、何を腑抜けたことを、悪女を追放するだけのことじゃないか」

「馬鹿は黙っていろ、お前が何をしたか解っているのか!?」

「また馬鹿と言ったな、ジルベール! もう許さんぞ!」

「うるさい! 今の話を聞いていなかったのか?」

「ああ、エリザのはったりにびびったのか? こいつは、この国を追われれば居場所も無いからな。こんな脅しにビビるなんて、お前達、いくら剣を鍛えようと根性が無いな」

「居場所が無い? エリザ殿下は帝国の皇太女だぞ」

「だからなんだ、俺は王太子だ」


 こうたいじょ。

 こうたいじょ。

 こうたいじょ。


 のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


****


 華麗なる土下座。

 私はエリザ様に向かって額をこすりつける。

 つまらぬ嫉妬から端を発したこの喜劇。

 決して、家族に累を及ぼして悲劇にしてはならない。

 そして、この国にも。


「どうか、どうかご慈悲を」

「おい、キャッシー、またエリザに脅されたのか。この悪女め、もう許せ……うわ」


 皇太女の意味が解っていなかったらしい殿下がジルベール様に殴り飛ばされた。

 本当に愚かだ。


 だが、吹き飛ぶ殿下が視界によぎろうとも私は顔を上げることはできない。

 30年前の密約で、アーロン様の代で婚姻による皇家と王家の統合および帝国による我が国の併合を取り交わしていたことが、アーロン様の考え無しの行動で流れてしまったのだ。


 私はもう理解したよ。

 これは駄目だ。

 せめて私の命だけで許して貰わないと。

 弟達が……

 お母様が……


「もういいぞ、キャサリン嬢」


 どれくらいそうしていただろう。

 頭上からジルベール様の声がする。

 ゆっくりと顔を上げると、そこにはエリザ様たちの姿はなく、周囲にいた学生達も姿を消していた。


「私は牢屋ですか? 家族にも影響しますか? 家族は関係ないんです。許して下さい。こんなことになるなんて」

「落ち着きなさい。全く罪がないとは言わないが、そもそも、今日の婚約破棄の話にキャサリン嬢が関わっていないということは把握できている。そんなことを見逃すほど、我々は無能ではないぞ。それに最初は殿下を止めようとしていたことを見ていた者がいた。確かに途中から暴走していたようだが、あれはどうしてだ? その辺の事情はあとで聞かせてくれ」

「でも、国が……国が……」

「大丈夫だ。これはあくまでも王家が負うべき(とが)だと判断している」

「ですが、国を滅ぼすって……」

「すぐに公になるが、我々は王家を廃した上で、国民が生き残る道を選ぶことにした」

「そうですか」


 アーロン様は……自業自得かな。

 私と出会わなければ、あるいは違う道もあったのだろうか。


「だがこのままではキャサリン嬢の安全は保障できない」

「そうですよね。傾国の美女……のつもりはなかったのですけど、皆さん、許してくれないですよね」

「美女と言うか。面白いお嬢さんだ。そうだな」


 ジルベール様が眉間に皺を寄せながら頷く。


「王家を滅ぼす原因となったキャサリン嬢をこのまま、この国に置いておくことはできない」

「国外追放でしょうか」


 それも仕方が無い。

 ちゃんと理解している。

 私がやってしまったことを。


「明日、大使館に行き、傷病の申請を行うが良い」

「え?」

「キャサリン嬢もあの馬鹿にのせいで傷付いたであろう。あいつからも報告を受けた」


 そう言ってジルベールが視線を送った先に一人の男性が立っていた。


「キャサリン嬢、どうか立ってください。王太子を止められなかった私の責任なのです」

「あなたは……」


 その男性の顔が記憶と一致する。

 あの時のサロンで殿下を警護していた方だ。


「でも、責任なんてあなたには無いですわ」

「あの時、キャサリン嬢をお助けすることができず、王太子の元へ行かせてしまいました。命令とはいえ、女性のあなたには酷なことを。自分は、それからずっとそのことが後悔しておりました。そしてジルベール様に何とかできないかとお願いしたのです」

「キャサリン嬢が愛妾候補として務めることができるか調査させていたのだ。警護ではない」


 そうなんだ。

 私、見張られていたんだね。

 だからか。


「キャサリン嬢の動きは把握していた。途中で殿下を口説き落とすような方向に舵を切ったのは焦ったが、愛妾であれば、アカデミーの特待生でもあるし、受入もできるだろうとは考えていたのだ。エリザ殿下の手前、殿下(あの馬鹿)には諦めて欲しかったのだがな」


 そうだったのか。

 今になって全身に震えが走る。


「だからキャサリン嬢、立ち上がってくれ」

「はい……ですが、腰が抜けてしまって」

「仕方ないな。リオ、キャサリン嬢を医務室へ連れて行ってくれ。その後も任せる」

「はっ」


 たった今、名前を知ったばかりのリオ様が両腕で私を持ち上げた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「ちょ、これは恥ずかしい」


 もうホールには他に人はいないとはいえ、恥ずかしすぎる。


「大丈夫です。キャサリン嬢。あの日から、よく頑張りましたね」

「リオ様……わたしは傾国の美女なのです。優しい言葉をかけていただく価値はありません」

「無理していたのを知ってました。勉強を頑張っているのも。あなたに王太子殿下はふさわしくありません」


 視界が歪む。

 くだらない嫉妬からエリザ様を貶めようとした。

 いや、違う。

 私を価値のない物のように振る舞った殿下を籠絡することで、私自身の小さな誇りを守ろうしただけだ。


「すみませんでした。すみませんでした」


 私はリオ様の腕の中で、誰に対してかも解らず、謝り続けた。


***


 その後。


 私はエリザ様の計らいで帝国との国務中における傷病として傷病申請を届け出た。そして、その治療のために帝国の首都へ引っ越すことになったのだ。


「ああ、キャッシーさんは、隅の眼鏡ちゃんだったんだ」

「気が付きませんでした。眼鏡ひとつでここまで印象が変わるものかと」


 エリザ様もアリス様も講義室での私のことをちゃんと認識していた。

 いつも教室の隅で真剣に講義を聴いている眼鏡の平民だと思われていたようで、あの日、着飾って化粧もしっかりしていた私を見て、同一人物だとは考えもしなかったそうだ。


「あなたが勉強に一生懸命だったのは知っている。どうか手伝って欲しい」


 アリス様にそう言われ、気が付けば、エリザ新女王の下で帝立アカデミーの設立に奔走し、女性ながら初代学長となったアリス様の右腕として辣腕を振るうことになったのだが、それは別のお話。


 アーロン様とは、帝都で一度だけお会いすることができた。

 王国滅亡後、旧王城内で軟禁されていたのだが、エリザ陛下即位に伴い恩赦があり釈放されることになった。

 過去を捨て、平民として自分を見つめ直すための旅に出るというので、その前に顔を見せにやってきたのだ。


 あの頃よりも、とても楽しそうな表情を浮かべていた。

 二度と会うことはないだろうけど、どうか幸せに生きて欲しい。


 そういえば、帝都へ引っ越すに際し、なぜかリオ様が護衛を名乗り出て付いてきてくれた。

 気が付けば結婚することになっていたし、3人の息子達に囲まれ幸せに暮らすことにもなったのだけれど、これも別のお話かな。


 色々あったけど、ちょっとしたことだろうと、自分が積み上げてきたものだけが自分の財産になる。

 私は自分の人生を通して、それを理解したのでした。

ついつい、本編の倍以上になってしまいました。

楽しんでいただけましたでしょうか。


おかげさまで、本編「わたくしの理解が足りないのかしら」が、『耳で聴きたい物語』コンテスト2022 女性主人公編の1次選考を突破することができました。この後は読者投稿で大賞が決まります。是非応援のほど、よろしくお願いします。


詳細は以下のページから。

https://blog.syosetu.com/?itemid=4371


皆さんの応援があるからこそ、わたりかワールドが拡がります!(作者のやる気が上がるので)

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過ぎたざまぁは好まないですが、国が無くなるような事態を引き起こし、上位の国の皇太女に不敬を行った主犯格がほぼお咎め無しというのは流石にリアリティがないです。 しかも動機も自己中過ぎて全く共感できない。…
[気になる点] 裏事情はどうあれ王太子と一緒に嘘いっぱい付いたエセヒロインが何気にハピエンなのは理解できない。 [一言] 本編が面白かったからこちらも読みましたが、、まぁ、私好みでは全く無かった。
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