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ニマ ワールド

とぉふぅ

作者: ニマ

第7弾です。


2019年1月6日に、地方紙に掲載された作品です。


今回もっと多くの方に、読んでいただきたく投稿しました。


初の試みです。

作中に、「○○」と出てきます。

よろしければ、貴方のお住まいの地名や好きな市区町村名を当てはめて読んでいただければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

 

 いかにも、ザ・老舗って感じの店は二階建て。


 一階が店舗で、二階が住宅だとわかる。

 オンボロな店構えが目について、他の情報が全然頭に入ってこない。


 ダメだ!集中!集中!


 と心の中で叫ぶ。


 何故か、店の看板には『とぉふぅ』と書かれている。


 外観は古いが、製造業で大切な整理・整頓・清掃・清潔・しつけの『5S』は行き届いているようだ。


 一階の店頭に置かれている、店の顔ともいえるショーケースには豆腐は勿論、あげ・豆乳等の値札が並んでいるが、木綿豆腐一丁とおからが二袋残っているだけで、ショーケースの中は閑散としている。


 今日は調理師専門学校の授業の一環として、料理に使用される食材の勉強をしに地元でも長年営業している、豆腐屋の見学に来た。


 見学は豆腐以外に、ソーセージや切干大根等の加工品・甜菜糖・酪農、養豚等の畜産・菜種油等の中から自由に選べたけど、僕は良い意味で、食材に対するこだわりが無かったから、最後まで残っていた豆腐屋に決まった。


 要は料理人の技術次第。


 どんな食材でも美味しい料理として、お客様に提供できれば良いと考えているから、豆腐はスーパーに陳列されている豆腐で充分だ。


 正直なところ、料理の腕を磨く時間を割いてまで、豆腐屋に見学に来ること自体、時間が勿体ないと思っている。

 一緒に来た三人のクラスメイトも、パッとしない感じだ。


「いらっしゃーい!

 少々、お待ちを~」


 店先に立っていた僕らが気付くように手を振り、大きな声を出しながら、人の良さそうな痩せ細った初老の男性が、店の奥から小走りで、注文を受けにショーケースまでやってくると


「見学かい?

 よくきたね~。

 ココからどうぞ~」


 と笑顔で、僕らを店内に招き入れた。


 見学―――


 と言っても、豆腐に興味があった訳ではない僕らの手には、何も書かれていない真っ白なレポート用紙が握られている。

 質問タイムで誰かが、質問してくれると高をくくって白紙で来たら、誰も質問を考えていなかった。


 とっさに、


「店の看板に『豆腐』ではなく、『とぉふぅ』と書いてあるのは、何故ですか?」


 と訊けば


「腐った豆と、書いて豆腐。

 未だに、納得できん。

 イメージが、悪すぎるだろ。

 腐った豆って思い浮かべるのは、納豆じゃないか?

 だから、敢えて『とぉふぅ』にしている。」


 とすぐに答えが返ってきて、


「他には?」


 と聞いてくる。


 その場で繕ってみたけれど、すぐに出てきた当たり障りのない、小学生でも聞ける


「豆腐を作るにあたって、こだわりってありますか?」


 との簡単な質問にも、店主は嫌な顔をする事もなく、親切に教えてくれた。


 店主曰く


「ココは○○。

 豆と言えば、○○!

 地元で育った大豆は、超が付くほどの一級品だし、水道の蛇口をひねればミネラルウォーターとして、販売されている水道水が出てくる。

 それで十分。

 他の地域では、わざわざ富士山麓の水で作る人もいるけれど、○○の水道水で全く問題なし!」


 と自信たっぷりに答えが返ってきた。


 とてもオープンな性格の店主は、何でも答えるぞ!と言わんばかりに身を乗り出してきて、


「他に質問は、あるかい?」


 と逆に質問してくれるが、ノリの良い店主と歯切れの悪い僕らの間に、暫くの沈黙が流れる。

 質問の答えを真っ白なレポート用紙に、必死で書きながら次の質問を考える。


「遠慮はいらないよ」


 という店主の言葉に口火を切ったのは、意外にも僕だった。


「どうして、豆腐屋になろうと思ったんですか?」


 と。


 店主が一瞬、ばつの悪そうな顔をしたのを見た僕は、


(ヤバい質問、しちゃったかな?)


 と不安になったが次の瞬間、優しい笑顔に戻った店主が


「皆さんは○○にある、喜作と言う名前の中華料理店を御存知かな。」


 という質問に対し、僕らは


「はい!もちろん!」


 と目を輝かせて今までにないくらい、力強く店主の質問に即答で答えたのには、理由がある。


 ○○で中華料理店の喜作と言えば、歴史も人気もある名の知れた店で、本店をはじめ支店が○○に四店舗も展開されていて、どの店も連日大盛況するほど多くの人に愛されている。


 僕も専門学校を卒業したら、一度は喜作で修業を積んで料理人としての技術を身に付けて、内面的にも成長してから自分の店を持ちたいと思っている。

 僕のように、喜作に就職!と思っている生徒は、かなりいて


 就職するのが一番難しい店


 と校内では有名で、憧れの店だ。


 僕らの返事を聞いた店主は嬉しそうに、そうかそうかと納得した様子で、はにかみながら


「実を言うと私は、その中華料理店喜作の二代目社長のセガレだったのさ。」


 と言った店主の言葉を、僕達はすぐに理解することができず、しばし無言の状態が続いた。


「…え?

 セガレ…?

 セガレって、…息子って意味ですよね?

 次男だったんですか?」


 僕の質問に小さく首を振った店主は、


「いいや、一人っ子…だった。」


 と微笑んだ。

 僕の隣で店主の話を聞いていた、いつもは大人しい性格の桂木が


「一人っ子ぉ!

 ど、どうして人気のある喜作を、継がなかったんですか?

 もったいない!」


 と握っていたレポート用紙が、ぐちゃっとなるくらい手に力が入る程、店主の話に食いついてきた。

 そう、桂木もまた卒業後には喜作で働きたいと、密かに夢をあたためている一人だ。


 僕達四人が固唾を飲んで、これから話される豆腐屋の店主になるまでの経緯を真剣に聞く事になるなんて、豆腐屋の見学が決まったあの日、微塵も想像していなかった。


「そんなに気になるかなぁ。」


 と店主が困った様に頭をかきながら、僕達一人一人にパイプ椅子を渡し


「まぁ、座って。」


 と促されるまま、店主と向き合うように僕らは椅子にかけた。


 店主はゆっくりと天井を見上げ目を閉じて、ぽつりと


「どこから、話せばいいかなぁ。」


 と呟いた。



 小さい頃から、喜作の厨房に立っていたカッコイイ親父と爺さんを見て育った私は、大きくなったら親父や爺さんと一緒に喜作の厨房に立って、お客様を笑顔にしてしまう美味い料理を作るっていう、夢があった。


 物心ついた時から見てきた光景は、厨房に立ったら新人でもベテラン扱いされて、周りに教えてもらう余裕なんて全然無い、厳しい世界だった。


 高校に行っている時間が、勿体ない!

 料理人として、出遅れる


 って思った。


 どうしても早く、喜作の厨房に立ちたくて、親父の跡を継ぐって約束で、君らの通う専門学校に中学を卒業と同時に、入学した。


 早く一人前だと、親父に認めてもらいたい!


 早く親父に追いつきたい一心で、早朝から夜遅くまで一生懸命、勉強した。


 そんなある日、学校の授業の一環で社会科見学があって、この豆腐屋にたまたま来て私の人生が変わった。


 ココに来るまでの私は、


「豆腐なんて、金額が高くても安くても、豆腐は豆腐。

 どれを食べても、みんな同じだ。」


 と思ってた。


 真っ白で無味無臭ってか、下手すりゃ豆の青臭いにおいのする豆腐のどこが美味しいのか、ココに来るまで分からなかったし、魅力がない食べ物が豆腐なんだって、決めつけてた。


 そんな魅力の無い脇役にしかなれない豆腐を、学校を卒業して調理師の免許をとった俺が喜作の厨房で、主役の豆腐としてすごく旨い麻婆豆腐に作り変えてやるって、意気込んでた。


「世間を知らないっていうか、生意気だったんだよねぇー。」


 店主の話す言葉の一つ一つが、なんだた僕の事を言っているように思えて、耳が痛かった。


 そんな僕をよそに、桂木の隣に座っていた、和食を専攻している久我が


「ココに社会科見学に来ただけで、どうして長年の自分の夢を諦めることが出来たんですか?

 私は今のところ、ココに来てまだ豆腐屋になりたいとは、思いませんけど。」


 と早めの口調で店主に言うと、店主は


「そうね、…」


 と言って、店頭のショーケースを見ながら


「ココに見学に来た時の、ご主人の事を僕はかしらって呼んでたんだけどね、口数は少ないし苦虫潰したような顔の人だった。


 はっきり言って、豆腐の事をバカにして見学に来てたから、頭の貴重な説明もろくに聞かなくて…。


 最後に、頭が出来たての手作り豆腐を食べさせてくれたんだ。


 豆腐を渡された時は、凄い抵抗があったよ。

 頭の前だから、きちんと食べなきゃいけないって変なプレッシャーもあったし。

 なぜか、醬油はかけずにそのまま食べる事になって。

 絶対に、青臭さが鼻に付くーって思ってさ。


 色々な不安を胸に、勇気を出して頭が作ってくれた豆腐を一口食べて、衝撃が走ったんだ。


 ウマイ!

 これが、豆腐かーっ!!!


 って。


 自分で勝手に作ってた、豆腐の概念が一気に吹っ飛んだ。


 そして。


 こんなに美味い豆腐を、世界から消しちゃいけない!

 俺が、守らなきゃ!


 と思ったのと同時に、親父と喜作で働く約束を思い出して、豆腐と喜作との狭間で、言い表せない程の葛藤が生まれた。」


 真剣な面持ちで話をしている店主をよそに、久我の隣に座っていたパティシエ志望の横井が


「豆腐を食べただけで、長年の夢を諦めたんですか?

 噓でしょ?」


 と驚愕のあまり持っていた真っ白なレポート用紙は手から、ひらひらと床に落ちた。

 勿論、見学に来ていた全員が、嘘だと思ったけれど


「そりゃー、親父も怒るよねー。

 自分の跡継ぎだと思って専門学校にまで行かせたのに、卒業を待たないで


『豆腐屋になりたい!』


 だもんなぁ。

 そりゃあ、勘当されるわ。」


 と店主は笑いながら、おでこを何回か叩くと急にしゅん、と下を見て寂しげに


「この旨い豆腐を、後世に伝えていくことが、私の使命だと思ったんだ。

 喜作はこれから先も、絶対に潰れる事は無いって自信があった。

 私が跡を継がなくても、確実に腕の良い後継者が現れて美味い料理を作り、お客様に提供し続けられるって。

 けど、この豆腐屋には跡継ぎがいなかった。

 こんなに旨い豆腐を、一人でも多くの人に食べてもらいたいって思った。


 ―――喜作を継ぐ―――


 その為に生きてきたような人生だったから、長年の夢を諦めることは、苦渋の決断だった。


 何カ月も一人で悩んで、誰にも相談できなくて…。

 あまりにも解決口が見つからなくて毎晩、泣いてたな。

 あんなに、人生について真剣に考えた期間は、あの時が一番だったかもしれないなぁ。


 頭が作った旨い豆腐と出会って、初めて自分自身と向き合って、気が付いたんだよ。


 食べた物が自分の体を作っている。

 そう思えば、自然と提供する側は手を抜いたり妥協したり、おろそかにしてはいけないって。

 これからは、こだわりや信念を持って生きていこうって徐々に考え方も変わっていった。」


 そう言って、にんまりと笑った店主は


「きっと君達も、出来立ての豆腐は食べたことが無いと思うよ~。

 喜作のセガレでも出来たての豆腐は、食べた事なかったんだから。

 プリンみたいな、豆腐食べたことある??


 人生を変える、衝撃の旨い豆腐。」


 と得意気な笑みを浮かべながら、当時の事を楽しそうに話し出した。



「とにかく旨い豆腐でさ、どうしたらこんなに旨い豆腐が作れますかって質問したら


『お前の知らないもん、入れてる。』


 って真顔で言うから、教えて欲しくて必死で


『何を入れてるんですか!!』


 って何度も聞いたら


『馬ー鹿。

 何も混ぜてないから、旨いんだ。

 まじっりけがないから、真っ白なんだ。

 いいか、忘れるなよ。』


 って言って、一瞬笑ったんだ。

 

 あの時の頭は、チョーカッコ良かったなぁ。

 初めて頭が俺に心を開いてくれた気がして、すっごく嬉しかった。

 けど、その後の頭は相変わらず、厳つい顔して寡黙だった。

 職人って、頭の事を言うんだって思った。


 今思えば、頭の作った旨い豆腐より、私は頭という先輩に憧れていたんだなぁ。」


 よっこいしょっと掛け声をかけながら、ゆっくりと腰を上げた店主は


「これも、ご縁っていうか…。

 勉強の一環だからさ、豆腐を作ってみない?

 貴重な経験だし、出来立ての豆腐は更に、旨いんだよ~。


 私の人生を変えた、衝撃の旨い豆腐。

 まぁ、今作るのは、ちっさな豆腐だけどねぇ。

 豆腐を作ったことある人、いる?」


 と店主の問いかけに対して、誰も手を挙げない様子を横目で確認して、溜め息混じりに


「予習で豆腐を作ろうとまでは、思わないよな…。

 作り方は何となくでも、知ってる?」


 と店主が皆の顔を見て質問すると、桂木が


「一晩、水に漬けた大豆を潰して、おからと豆乳に分けて…。」

「っはい!

 大体、正解ね!

 それが、これね。」


 店主は桂木の答えを遮る様に、重そうにプルプルと震えながら大きな使い込まれた両手鍋の中を僕らに見えるように出したので覗き込むと、白く濁った液体が入っている。


「これが、水にひたして柔らかくした大豆に水を加えながら、すりつぶした『呉』という液体ね。

 この『呉』を火にかけて焦げないように、かき混ぜながら沸騰させ一度、火を止める。

 改めて、弱火にかけて煮る。

 煮終った『呉』を晒し等の布で、濾して豆乳を作る。

 その時に晒しの中に残ったのが、おからね。


 …あー。

 この鍋、重いから持ちながらの説明は、勘弁!」


 歯をくいしばり、顎を上げながら店主はゆっくりと後ろにあった作業台に両手鍋を置くと店内に、ずどんと鈍い音が響いた。


 「ふぅ…」

 

 小さく息を吐いたと思うと、くるりと振り返り、僕らの後ろのガスコンロまで小走りで向かい、弱火にかけていた片手鍋の上に手をかざしながら、店主は頷き、僕らを手招きしながら


「これが、今朝ここで作った豆乳ね。

 火にかけて、だいたい七十五~八十度くらいを目安に温まったら、にがりを入れて固めると豆腐の出来上がり。


 じゃあ、早速作ってみるかい?」


 店主は、おたまと紙コップを僕らに手際よく手渡すと、少量の透明な液体と小さなスプーンが何本か入った茶碗を右手に持ち


「おたまで、この片手鍋から豆乳を、ひとすくいして紙コップに静かに流し入れたら、私の持っている茶碗に入っている透明な液体が、にがりね。

 このにがりと一緒に入っている小さいスプーンで、にがりを軽く一杯すくって、自分の紙コップにゆっくり入れてスプーンで二、三回混ぜて。


 固い豆腐にするなら五回くらい混ぜてから、このアルミホイルで紙コップに蓋をする。


 そしたら次に、温めた豆乳が入った鍋の隣に、お湯を張った大きい鍋があるから、アルミホイルで蓋をした紙コップを入れて十~十五分程度、蒸せば出来上がり!

 簡単でしょ♪」


 何故だか楽しそうに説明している店主は、僕らが美味しい豆腐を無事に作り終えるまで、そばで見守っていた。


 店主に教えてもらった手順通りに、豆乳とにがりを入れてアルミホイルで蓋をした紙コップを、大きい鍋に入れ豆腐が出来るまで待つことになったが、桂木が質問した


「木綿豆腐と絹ごし豆腐の名前の由来と、作り方の違い」


 について教えてもらっているうちに、豆腐が出来上がっていた。


 食べる時は、少しだけ冷ました方がいいらしい。



 僕の目の前には、紙コップの中で少し冷めた、自分で初めて作った豆腐がある。


 店主の人生を変える程の…旨いと絶賛していた、プリンのような豆腐とは、どんな味なのか。


 百聞は一見に如かず。

 

 紙コップから豆腐をスプーンですくうと、プリンの様に柔らかく、そのまま何も付けずに食べると、市販の豆腐とは全く違って独特の臭いが無く、まだ温かくて、ほんのり甘味がある。


「…旨い。」


 せーの。

 で、声を合わせたわけでもないのに、四人の声がハモッた。


 この豆腐で、麻婆豆腐を作ったら絶対に、うまいに決まってる。


 料理人だけでなく、料理を作る人達が素材にこだわる理由が今、わかった気がする。



第7弾も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第8弾「纏う」もございますので、読んでいただけると幸いです。


第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」

第2弾は「風見鶏」

第3弾は「WARNING」

第4弾は「デジャブ」

第5弾は「アフロ」

第6弾は「まっしろなジグソーパズル」

となっております。


よろしくお願いいたします。

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