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王都へ召集されて以降、俺は剣を握る日々を送っていた。
俺の能力は、はっきり言って戦闘向きではない。
戦略には使えても、策を実行に移せるだけの力が必要だった。
1日も欠かさず、朝から晩まで剣を振り続ける日々は3年続いた。
幸運にも、こういう単調な生活への耐性は高かったのだろう。
体を鍛えたことで、身長は飛躍的に伸びていき、10歳とは思えないほど見違えた。
そして、地元を離れてから約3年と1ヶ月が過ぎた頃。
訓練のみに明け暮れる毎日が終わり、いよいよ俺も実践に投入されることになった。
とはいえ、初めから魔王討伐に参加させてもらえるわけじゃない。
実力が認められたものから、前線へと送られるのだ。
そして俺の初陣は、王都の近隣にある大森林であった。
「今回お前達にはチームで魔物の討伐に当たってもらう。近年は知恵をつけた魔物が増えて、群れに遭遇することが増えているからな。単独よりは、複数での働きが求められる」
俺と共に一列に並んだ〝チームメイト〟は4人。
パッとみたところ、歳もそう変わらなさそうな、あどけなさの残る子供達だ。
パーティ構成は、魔剣士1人、僧侶が1人、槍兵が1人、弓兵が1人である。
俺も一応は剣士の括りであるため、バランスはさほど悪くなさそうだ。
気にかかるのは、全員が少し青白い顔をしていることだが………。
森の出入り口に着くや否や、引率の上官が気怠そうに告げる。
「この森に突入した騎士団の大半は、体もプライドもズタズタになって帰ってくる。新人のお前達はなす術もなく逃げ戻るだけになる可能性も高いだろうな。
各々、覚悟しておくことだ」
そんな脅し文句をつけるだけつけて、上官はさっさと帰ってしまった。
後に残されたのは、まだ1度も戦場に出たことのない子ども達だけ。
「えーと初めまして。俺はラウル・ビンデバルド。一応所属は魔剣士。よろしくな」
まずはお互いの素性を知るべきだと考え、俺はトップバッターを買って出る。
しかし彼らはお互いの顔を探るような仕草をみせるだけで、後には続かなかった。
参ったな、仕方ないとはいえはじめての戦場に萎縮してるのか……。
どうしたものかと頭を悩ませた時、意を決した表情でもう1人の魔剣士が口を開いた。
「お、俺はグレイ!同じく魔剣士だ‼︎」
「グレイか、いい名前だな。お互い、油断せず全力で行こう」
友好の証として、俺は利き手を差し出す。
それに対してグレイは、数回自分の手を服で拭いてから力強く握手を交わした。
応えるように微笑んでみれば、彼の表情は幾分か落ち着いたものになっていた。
「えっと、よろしくなラウル‼︎同じ剣士同士だから、色々協力していこうぜ‼︎
そうだ、他のメンバーも紹介するよ」
グレイによって紹介された子ども達は、僧侶でビビリの少女アン、弓兵で警戒心の高い少女バレル、そしてお調子者な槍兵のノーム。
話によると彼らは全員昔からの顔見知りなのだという。
「そうなのか、ならチームワークは良さそうだな。急に新参者が入って戸惑うかもしれないけど、いい関係が築けるように俺も努力するから、仲良くしてほしい」
緊張している彼らを刺激しないよう、俺は穏やかな口調と笑顔で語りかけた。
するとアンとノームは少しだけ、表情を崩して軽く頷いてくれた。
しかしバレルは相変わらず厳しい雰囲気のままである。
「おいおいバレル、これからはラウルも俺たちの仲間なんだしさ。もうちょい愛想良くしても良いんじゃねぇの?」
グレイが彼女と俺の仲をとり保とうと試みるが、バレルの表情は変わらず暗い。
やはり、仲良しチームに急な新入りが入ったことが複雑なのだろうか。
しかしポツリとバレルが零した言葉は、俺の思惑とは少し異なっていた。
「……だって、あたしたちどうせ捨て駒じゃない。協力とかそんなの、意味ないわよ」
その声は、諦めと怒りをたっぷりと含んだものであった。
同時に、少しばかり氷解していた彼らの空気が再び凍りついてしまう。
「すてごま?」
聞き捨てならないワードに、思わず怪訝な顔で聞き返えした。
すると、そっぽを向いていたバレルが今にも泣き出しそうな顔で言葉を捲し立て始める。
「そうよ‼︎この際言っておくけど、あたし達全員、スラムの出身なのよ‼︎アンタみたいなネームド持ちの良いとこの子とは違うの‼︎
たまたま魔力があったから、拾われて、騎士団に無理矢理入ることになっちゃっただけ‼︎
死んでも誰も惜しくないあたしらみたいなのなんて、テキトーに特攻隊として出されただけに決まってるじゃない‼︎」
肩で息をしながら、一気に吐き出したバレルは、より一層悔しそうに顔を歪めた。
彼女に看過された3人も、全員悲壮な表情を浮かべる。
魔法使いは希少な存在であり、ぞんざいに扱うなど本来ありえない。
しかし、人間が構成する組織である以上、優劣の差は発生してしまうものだ。
だから、彼らの考えは悲観的な妄想などではないのだろう。
「………たしかに、俺は君たちよりは余程恵まれた環境で生きてきた人間なんだと思う」
ネームド持ちというのは、所謂名字のことだ。
国から認められた一族にのみ、名乗ることが許される身分証も同然のもの。
それがないということは、国から人権が認められていないと言うことだ。
「だから、君達の辛さとか大変な事を、全部はわかってあげられない。だけど……」
腰に下げた剣のつかを握り、音もなく鞘から抜き取る。
突然武器を取り出したことで、アンが肩を揺らし、バレルは更に体を硬くさせた。
「君たちが捨て駒なら、同じパーティの俺だって〝捨て駒〟だ。だから、そのことに対しての悔しさは、理解できる」
そう言い終わるや否や、俺は背後に向かって思いっきり剣を振り下ろした。
同時に血飛沫があがり、金切声を発しながら蛇のような魔物が地面に落下する。
会話の最中に〝ファタリタ〟が教えてくれたのだ。
軽く剣を薙ぎ払い、再び対峙した彼らは全員、呆気に取られたような顔をしていた。
「全然、気がつかなかった………」
思わずと言ったように、アンがつぶやいた。
「なあ、折角なら俺達を見下してきた騎士団の連中を、見返してみたくはないか?」
「み、見返すって、どうするんだ?」
戸惑いながらも、どこか期待するような声でグレイが尋ねる。
他の3人も、表情に少しだけ色が戻っているようだった。
「今から俺の言う策に協力してくれないか?戦場での細かな動きは、チームワークが成り立ってる君らで判断してくれて構わない。
俺の作戦をクリアしてくれるなら、必ず君たち全員を生きて帰らせてやれる」
この3年の間、俺が磨き続けたのは剣の腕だけではない。
知識も、このチート能力も、立派な武器として使えるように努力し続けてきた。
今の自分がどれほど出来るかわからないけど、何もできないほど無能ではないはずだ!
「本当に、上手くいくんでしょうね……?」
「もちろん、君らが手を貸してくれるなら」
頬に冷や汗を浮かべたバレルの言葉に、俺は力強く頷いて見せる。
ゴクリ、と誰かの喉が鳴る音がした。
「……わかった、お前を信じるよ、ラウル。作戦を教えてくれ」
決意を固めたグレイが答えて、他の3人もそれぞれの武器に手をかける。
「ああ、任せろ………!」
それからというもの、俺たちは空に月が登るまで、全力全霊で戦い続けた。
4人の実力は申し分のないもので、俺の考える作戦を面白いくらいにクリアしていく。
特に俺とグレイの相性は抜群で、今日が初対面とは思えないほど鮮やかな連携をみせていた。
迎えの上官が訪れたときには、あたりは魔物で小高い山が出来上がっていたほどだ。
「こ、これ、オメェらが、ぜぜぜ、全部………?」
完全に腰の抜けた上官の間抜け面といったら、暫くは忘れられないものであった。
初陣で大量の成果を上げた俺たちは、その後も数々の功績を残し、頭角を表していく。
そして、5年の月日が流れた頃には、魔王討伐の最前線に立つ最強のパーティとなっていたのだった。