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6話 縁は異なもの

「・・・ぅん?」


 焚き火の灯りが煌々と周囲を照らし、踊る炎が影を揺らめかせ、微かな脂の燃える嫌な臭いと、時折薪の爆ぜる音が響く中で少女は眼を覚ました。

 余り質の良いと言い難い布地を下に敷き、外套を掛けられて丁重に遇されている事に、直ぐに気が付いて、少女は目を開けて恩人を探す。


「起きたか」


 直後、少女に声が掛けられる。

 ハッとして声の方を向けば、そこには短い黒髪の少年が、踊る炎を見詰めて座っていた。


「・・・誰?」


 少女の問い掛けに、少年はゆっくりと顔を向ける。

 あどけなさを感じさせる幼い顔立ちと未発達な小さな体は、しかし、見てみれば全く似付かわしくない何処か異質な風格を携えている。


「オゼアン」


 少女にそう名乗って、オゼアンは黙り込んだ。


「・・・」


 少女は身を護るように小さく縮こまって座り、掛けられていた外套で自分の耳を隠す。


「・・・」


 それを横目にしながら、オゼアンは何を今更と嘆息し、しかし、何も言わずに炎を見詰め続けた。


「・・・」


「・・・」


 無言のままに時が過ぎる。

 互いに微動だにせず微かな呼吸の音と、時折爆ぜる薪の音だけが、周囲の暗闇に溶け込んで、少女はこの世に自分と、見ず知らい少年だけが取り残されてしまった様な感覚を覚える。


「・・・」


「ねえ」


 不意に少女が口を開いた。

 焼べられた薪が炎に浸食される様を眺めながら、声を上げる。


「何も聞かないの?」


「・・・」


 オゼアンは黙って首を振る。

 脇の薪の束から一本取りだして、微かに勢いの弱まった焚き火に放り投げて焼べる。

 そして、また黙って炎を見詰め続ける。


「・・・」


 少女は無性に腹が立った。

 ここまで自分に興味を持たれないとなると、何となく全てが否定された気分に成って、微妙な反骨心の様な物が芽生える。


「・・・ねえ」


「・・・」


「ねえ!」


 苛立ち紛れにオゼアンに更に呼び掛けると、少女は立ち上がって直ぐ側に寄る。

 白く透ける様な肌に柔らかな銀糸の髪、光を放っているが如くに輝く青銀色の瞳は、大きなアーモンドの形で、全ての容姿が老若男女を問わず惹き付けて止まない。

 街を歩けば誰もが脚を止めて振り返るような美貌の少女は、それでも尚、発展の兆しが著しく。

 殆どの者はこの先の将来を期待して頬を緩ませる事だろう。


「・・・」


 だが、少女の目の前の武骨な少年は、そのあどけない美貌に対して、全くと言って良い程に無関心だった。

 一度は少女の方をゆっくりと見るも、直ぐに興味を失せた様に視線を戻し、その仕草が余計に少女の心に漣を立たせた。


「貴方・・・何なの?普通は私みたいな女の子を見たら、もう少し興味を持つでしょ」


 思わず少女はそんな風にオゼアンに口走った。

 普段であれば、そんな言葉を吐き出す事などしない少女は、しかし、余りにも異質な反応を示すオゼアンに、心にも無い事を言ってしまう。

 まるで自分を見て欲しいと言う自己顕示欲の塊の様な醜い物言いに、少女は言って直ぐに後悔して、己を恥じる。

 だが、オゼアンはそんな事お構いなしに、見向きもせずに真っ直ぐに焚き火を見ながら口を開く。


「別に・・・」


「は?それだけ?」


 少女はつい先程の自己嫌悪を直ぐに忘却の彼方へと投げ棄てた。

 ひたすらに、目の前の訳の分からない醜い少年に自分の方を振り向かせると言う、自己承認欲求だけを前面に押し出して更に声を上げた。


「他に何か言う事は無いの?名前を聞くとか、事情を尋ねるとか・・・そう言うのは?無いの?」


「・・・」


 オゼアンは内心で少女の事を疎ましく感じ、成り行きとは言え、助けた事を後悔し始めていた。

 こんな事ならば捨て置いて、狼共の餌にでも饗してしまえば、ともすら思いながら、かんしゃくを起こした少女に視線を向ける。


「何よ」


 怒り故か、微かに頬が上気した少女の容は、確かに息を呑むほどに美しく。

 もしもオゼアンがもっと歳を取った青年で、少女が成熟した女性だったのなら、それは何かお伽噺の中の様な光景だったかも知れない。

 オゼアンが、二度目の人生などでは無く、タダ一度きりの人生で初めて出会ったと言うのなら、仄かな期待を込めた想いを抱いていたかも知れない。


「・・・いや、・・・じゃあ、名前は何だ?」


 しかし、幸か不幸か、今のオゼアンは体は未成熟の子供で、精神は既に中年に脚を踏み入れようかと言う年齢で、目の前の少女はオゼアンに取っては鬱陶しい事この上ない存在でしか無い。


「アンタ・・・」


 少女が肩を戦慄かせる。

 兎に角、オゼアンの態度が気に食わない。

 誰もが自分を羨み、褒めそやし、そして美貌を讃えてきた。

 その少女に取っての常識から一切外れるオゼアンに、初めて自分の思い通りにならないと言うストレスを感じたのだ。


「名前は何だ?尋ねたぞ?」


「っ!!」


 オゼアンは、内心で何をそんなにイラついているのかと疑問を感じながら、名乗らない少女に催促する。


「・・・リーゼリス」


 胸中の怒りを盛大に静めて、漸く少女は名前を名乗る。


「・・・そうか」


 そうするとオゼアンは再び焚き火に目を移す。


「・・・」


 リーゼリスは、何か物凄く大きな疲労感に襲われた。

 何故、こんなにも少年に対してヤキモキして、必死になったのかと自嘲し、それからオゼアンの隣に、少し隙間を空けて腰を降ろした。


「・・・」


「・・・」


 リーゼリスは微かに視線を動かして、隣に座る少年の横顔を覗き見る。

 この辺りの人間にしては日焼けした肌色に、低い鼻とガッシリとした顎、眼孔は浅く、額は狭い。

 十人が見れば八人が下と答え、残りの二人が並と答える。

 そんな容姿の少年の、何処か不思議な風格と精悍さは、少年と言うよりも成熟した大人の様な雰囲気を感じさせた。


「一人なの?」


「ああ・・・他の者は少し出ている」


 オゼアンはやはり短く答える。

 心底興味を持たないと言うその態度は、皮肉な事に余計にリーゼリスの興味を煽る。


「如何してそんなにツンケンしているの?」


「・・・」


 リーゼリスの至極当然の問い掛けに対して、オゼアンは何も答えない。

 何か有るのかと瞳を輝かせたリーゼリスは、オゼアンに擦り寄って行って見詰める。


「・・・苦手なんだ」


「何が?女の子?」


 鬱陶しそうに答えたオゼアンに、リーゼリスは更に続けて尋ねる。

 無視すれば五月蠅く、答えれば煩わしい。

 他の三人の不在を呪う様にすら思い始めていると、不意に背後の草が妖しく音を立てて揺れる。


「っ!?何っ!?」


 リーゼリスは驚いて声を上げて、オゼアンの影に隠れた。


「・・・」


 対するオゼアンの反応は冷淡で、自分に縋る少女の事等お構いなしで、音のした方を向く。


「終わったか?」


「はい。ライナが良くやってくれました」


 声を掛けると、返事と共に声の主が姿を現す。


「起きたんですか?」


 コーネリウスはオゼアンの側の少女に気が付くと、笑みを浮かべて声を掛けた。


「え、ええ・・・貴方は?」


「コレは失礼・・・私はコーネリウス・ギッフェルドと申します。以後お見知り置きを」


 少し戸惑い気味にリーゼリスが名前を尋ねると、コーネリウスは恭しく答えて見せる。

 騎士の見本の様な優雅な物腰の名乗りの後に、淑女に対する時のお決まりの跪く仕草を見せる。


「御丁寧にありがとう。私はリーゼリスと言います」


 礼には礼と言う風に、リーゼリスは少しぎこちなくはある物の、確りと礼節をもって応えを返した。

 美男美女の絵画の様な遣り取りに、オゼアンは全く興味が無いと言う風に、コーネリウスに話しかける。


「二人は如何した?」


「今来るはず・・・来ましたね」


 コーネリウスが答えると直後にハリスとライナも姿を見せる。


「おう。捕れたぞ旦那」


 弓を背負ったライナが見事な山鳥を掲げて笑顔を浮かべる。

 パタパタと振られる尻尾が、ライナの喜びを見事に表現しており、人懐っこい子犬の様にオゼアンに向かう。


「馬鹿者。オゼアン様に対する態度を改めよ」


 渋面のハリスは手に小さな弓を持ちながら、逆の手には何の獲物も捕らえていない。


「全く・・・」


 別段、オゼアンはライナの態度に想うところは無く、特に咎めようと言うつもりも無い。

 先程の狼との戦いを一件以来、ライナはオゼアンに対する態度を一変させて酷く懐いていた。


「ん?お姫様起きたのか?」


 ライナは全く気付いていなかったと言う風に、リーゼリスに向く。


「おお・・・コレは失礼を」


 ハリスはリーゼリスに気が付くや、直ぐに渋面を隠して会釈をする。

 コーネリウスとオゼアンを含めて、全員が何となくリーゼリスをタダの少女では無いと感じていた。

 特に、ライナはリーゼリスに対しては敏感に反応していて、勝手にお姫様と呼んでいる。


「・・・」


 三者三様の、基本的には友好的な態度に、リーゼリスはそっと胸を撫で下ろし、それから座ったままのオゼアンを見る。

 何故、お前だけそんな態度なのかと言いたげに眼を細める少女に、精悍な少年は、やはり興味ないと言う風に素っ気ない。


「早く飯にしよう」


「おっす!」


 オゼアンが言うと、ライナは元気良く答えて鳥を下ろし始める。

 峰側が鋸の様になっているナイフを取り出すと、羽を器用に削ぎ落とし、手羽と脚を切り分ける。

 大きな二羽の山鳥は、物の見事に食べられる様に解体され、今度は軽く下味の塩を付けられて焚き火で焼かれる。


「~♪」


 鼻歌を歌いながらじっくりと鳥を焼くライナは、嬉しそうに尻尾を揺らす。


「・・・」


 油が滴り落ちて音を立て、芳ばしい香りが漂う。

 嫌が応にも腹の虫が騒ぎ出し、オゼアンは少し前のめりに成ってライナの手元を見た。

 その直後、特大の大きな腹の虫の声が鳴り響く。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 一斉に互いを見合うが、ライナ以外の三人は無言で首を振る。


「・・・っ」


 もう一度腹の虫が鳴き声を上げた。

 今度は誰が鳴らした物か明確で、一斉に音の主を見た。


「何よ・・・」


 良く熟した林檎の如く、頬を赤く染めたリーゼリスがオゼアンを睨んだ。


「何よ・・・何か言いなさいよ」


「・・・」


 少し俯きがちに、上目遣いに睨むリーゼリスを、オゼアンは無言で見詰め返して、それからライナに視線を移す。


「焼けたか?」


「おう!丁度焼けたぜ!」


 元気良く答えたライナにオゼアンは近付いて、その手から串に刺された山鳥の手羽を取る。

 塩で味付けされた芳ばしい香りの、未だ脂が音を立てて泡立っているそれを、オゼアンはリーゼリスの側へと寄って無言で手渡した。


「え?」


「・・・」


 一瞬、惚けたように声を漏らし、オゼアンを見詰めると、オゼアンはそれでも無言を貫いて受け取れと仕草で催促する。


「・・・ありがと」


 リーゼリスは怖ず怖ずと礼を口にしながら受け取って、それからゆっくりと小さな口で齧った。


「!!」


 一口齧ると、リーゼリスは最早止まらぬとばかりに、次々と齧り付いて肉を食み、咀嚼もそこそこに嚥下する。

 鼠が頬袋を膨らませながら木の実を齧る様に山鳥を頬張る少女を、コーネリウスは微笑んで、ハリスは少し目尻を下げて、ライナは口を開けて笑い、オゼアンはムッツリと眉すら動かさなかった。

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