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4話 クー・シーの親子

「本当に申し訳ありません!!」


「・・・」


 オゼアンの目の前で、女性が少年の頭を押さえ付けて土下座をしている。

 女性は体を震わせて額を床に擦り付け、少年も女性に頭を押さえ付けられながら床に顔面を押し付けられている。

 女性の頭の耳は力無く垂れていて、全力で謝意を表していた。

 当たり前の事だが、スリとは窃盗であり、間違いなく犯罪である。

 通常はこう言った犯罪は衛兵などに突き出されて裁かれるのだが、街の規模が小さければ衛兵が置かれていない事も珍しくなく、また大して大きくない案件では地方の領主や役人に訴え出ても無視される事が多い。

 そう言った場合は当人同士の交渉によって賠償などが決まるのだが、金持や特権階級が絡んでくると、特に被害者側が特権階級だと、手っ取り早く事態を終わらせるために相手を罰する事が多い。

 今回は騎士相手に盗みを働いたと言う事で、下手をすると斬り捨てられて終わりと言うのも有り得なくは無い。


「・・・如何致しますか?」


 今回の被害者はオゼアンになり、加害者は少年になる。

 全てはオゼアン次第で決まる事で、つまりは、少年の命はオゼアンの手の中にあると言う事だ。


「どうか!どうか命だけはっ!!」


 女性は自分の息子を助けようと懸命に謝罪を続けている。

 現金の支払いで事を治めようにも、銀貨30枚を支払う能力は女性には無い。

 家財道具を一切売り払った所で半分にも届かないだろう。


「・・・」


 オゼアンは少年を見下ろした。

 如何してくれようかと頭を悩ませながら、いっそ斬り捨ててしまおうかとも思いもした。

 だが、何となくそれは憚られた。

 それはこの必死になって頭を下げる女性の、その母性と母親の情に、何処か心打たれた物が有ったからに他ならない。

 果たして、自分の母はこんな風に、同じ様な状況の時に助けてくれるのか、そんな風に思いながら、目の前の事がどうでも良くなり始めていた。


「もう良い・・・」


「え?」


 オゼアンは溜息を吐いた。


「取り敢えず、奪った金で買った物を渡せ、それで手を打つ」


 かなりの温情の判断に、一番驚いたのはハリスだった。

 状況が状況故に、少年を斬り捨てるか、家財の一切を売り払って補填するか程度は考えており、もしもオゼアンがもっと歳を取っていれば、或いは女性に体で支払わせる事まで想像していた。

 事実、その様な事例は枚挙に暇が無く。

 何なら、女性もその線を考えてすらいた。


「良いのですか?」


 コーネリウスが尋ねると、オゼアンは疲れたように言った。


「別にそこまで気にしていない。奪われた俺が愚かだったと言うのもある。それよりも飯にしてくれ」


 コレで話は終わりだとばかりに、オゼアンは口を閉ざした。


「ありがとう御座います!」


 女性は深々と頭を下げた。

 少年はこの間何も言わずに額を擦り続けた。

 それから女性は手早く食事の準備を済ませ、ハリスが購入品を纏め始める。

 コーネリウスは何処か落ち着かない様子で視線を漂わせ、オゼアンは目の前の少年を見詰めた。


「・・・あんでさぁ」


「お前、名前は?」


「ライナ」


 ライナと名乗った少年は、バツの悪そうにオゼアンから目を逸らす。

 傍から見ると一触即発の様な雰囲気に、コーネリウスとハリスは横目に見ながら話には混じらず、家の奥の台所からも何処か緊張した様子が伝わってくる。

 だが、オゼアンはそんな周囲の考えとは裏腹に、割と暢気にライナの事を見ていた。

 それは地の利を持っていたと言う事も有るが、それでも自分から逃げおおせた脚力に興味を持っていたのだ。


「なあ」


 オゼアンはライナに向かって静かに言った。


「一緒に着いてこないか?」


「はあ?」


 思わずと言う風にライナはオゼアンの言葉に聞きかえしてしまう。

 そうすると、オゼアンはライナの眼を見据えたままで言葉を紡ぐ。


「お前、退屈していたのだろう」


「・・・なんで」


「別に生活に困っている様には見えない。金を持っている訳では無いだろうが・・・困窮している程でも無い。違うか?」


 実の所、オゼアンの言うとおりで、ライナと母親は特段困窮している訳では無い。

 ライナも母も、森には行って野草やキノコを採ってきて、また弓矢を使って獲物を獲って暮らしていた。

 取れた獣の毛皮を売りに行ったりして現金の収入も得られて、暮らしていくのに困っている訳では無く。

 村の中でも孤立したりもしていない。

 では、何故ライナはスリなど働いていたのかと言うと、それはただ単に退屈していたからに過ぎなかった。


「退屈なのだろ?この片田舎の村で過ごすには、お前は才能と野心を持ちすぎた」


 ライナは、オゼアンの言葉に圧倒され、そして頷いた。

 内心を全て見透かされている気分で、多少の気味悪さを感じながら、ライナは目の前の同年代の少年を見据える。

 オゼアンの言うとおり、ライナは才能に恵まれていた。

 平地を走るが如くに鬱蒼とした森を走り回る事が出来て、獲物を見付ければ百発百中の弓矢で仕留めて回った。

 遠慮して狩らなければ森中の獣が毛皮に替えられる程に、ライナは弓と健脚に自身が有ったのだ。

 それ故に、村で過ごす日々を退屈に感じて、村を出て立身出世する事を夢想していた。


「コレから俺は母に会いに領都に行く。その後の事は分からないが、だが、短いながらも良い経験になるだろう。丁度、銀貨を盗んだ事への罰にも成る」


「・・・」


 ライナは、オゼアンの申し出を頭の中で反芻する。


「行ってきなさい」


 そこへライナの母が器を持って現れて後押しする言葉を掛ける。


「オゼアン様に迷惑を掛けたのはアンタなんだから、確りと罪を償ってきなさい」


 そう厳しい事を言っている風でありながら、実際には息子の将来を案じて、今の内から外の事を学ばせる良い機会だと思っていた。

 彼女自身、近頃のライナの様子に村の中に閉じ込めておくのは難しく感じ始めていて、オゼアンの申し出は渡りに船だった。


「決まりだ」


 話は着いた。

 コーネリウスとハリスを他所にしたオゼアンの提案は呑まれ、旅の人数が一人増える事となる。

 コーネリウスは新たな同行者に不安を覚え、ハリスは増えた荷物を運ぶ人足が得られたと、内心で胸を撫で下ろす。

 女性は息子の将来の事で僅かばかりの安堵が得られ、ライナ自身は不安も大きくは有るが、しかし、希望も大きかった。

 そして、オゼアンは、一人前途ある少年の輝かしい未来への一助になれる事を誇りとした。

 嘗ては、自分自身の事ばかりで、それ以外の事には全く力を裂く事の適わなかった。

 他を助け、弱きを護る騎士としての役目を果たす事が出来なかった。

 だからこそ、今一度得る事の出来た新たなる人生では、出来る事なら他を助けたい。

 そんな風に思っていた。

 そして、今、それが叶ったと言う事に、オゼアンは感じた事の無い充足感を得る。

 それぞれの思惑を胸に抱きながら夜は更け、そして旅は進む。

 その先に何が待っているのかは誰にも分からない事だ。

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