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桜子さんのショートショート

マリアは生贄になる為、清く正しく美しくを目指した。

作者: 秋の桜子

 うむ。清らかなる乙女の気配がする……。吸血鬼は無垢なる姿で祈りを捧げるお約束のご馳走(生贄)を前にし、はしたなく舌舐めずりをした。自慢の牙をポッケットからシルクのハンカチーフを取り出し、キュッと音立て拭き清める。


 逃げるなよ……。彼女を運んだ荷馬車の幌の中で潜む、大蒜の首飾りをぶら下げた衛兵達とガタガタ震え、十字架を握りしめ祈りの言葉を唱える、ヘナチョコ神父。兵士達は尖らせた杭を片手に息を殺し、行く末を見守る。


「清らかなる乙女よ……」


 吸血鬼は重々しく、己に相応しい純白のドレスに身を包み、花嫁の様なヴェールをすっぽりと被った、彼女に近づく。


 ……、フヘヘへ、デヘヘへ……、早くその被り物を取り去り、怯える小鳥の様な顔が見たい。肌は白いのか、隠された胸元はそうだな……、柔らかな白パンで大きさはメロンがいいな。勿論!くびれ必須!抱きしめた時に、少し華奢だが柔らかい肉感だったら最高!それからの手を合わせてごあいさつ、いただきます。がイイ!


 声が掛かれば祈りを止めるよう、言われていた彼女は悠然と立ち上がると、美しい花模様が織られたヴェールを、自らの手で取り去り返事をした。顕になる(かんばせ)は、国一番の美貌。見惚れる黒の異形、吸血鬼に動じず艶やかに微笑むと。


「はい、どうぞ」


 答えを返す。匂い立つ様な色香を放つ首筋を顕に晒している、襟ぐりが大きく開かれたドレス。勿論、盛り上がるソレは目を逸らす事が出来ない、圧倒的存在感を放っていた。


 はいどうぞ……。吸血鬼はその言葉と物怖じしない彼女に、少しばかり引いている。視線はカーテシーを取る事から覗き込める胸の位置に固定。天然渓谷から逃げられないのだが。




 某国、マリアという名の美しき伯爵令嬢が独り。彼女は清く正しく美しく!をモットーに、落ちぶれた屋敷で策略を練る日々を過ごしている。


 ……、うっとおしいですわね。貧乏暮らしで、社交界などろくに出ていないのに……、どうしてこんなに沢山、恋文が届くのかしら、インクも紙もペンもリボンも、そこそこ値段がしますのよ。あら?余白がありましてよ。ここに『見た』と書いて送り返しましょう。


 見た、見た、見た、見た………。


 書き進むマリア。独り残ったメイドが令嬢が書き終えた、テラテラ光るインクを柔らかな布で軽く押さえ落ち着かせた後、くるりと丸め、使われていたそれぞれの家紋を織り込まれた色とりどりのリボンで、くるりと回して結ぶ。


「お相手の家に届けておいて頂戴」


 はい。側使えはこれまた、独り残った調理番に山盛りの手紙を手渡す。市場への買い物ついでに配るかと、受け取る彼。


「マリア!人がせっせと街に出ては、お前の美しさを触れ歩いたというのに!何をやらかすのだ!」


 今日も今日とて自室にて、父親の声を特別に作らせた、凝った細工の枠組みに薄い紗を張った、仕切り板の向こう側で聞く彼女。父親といえども『男』。清く正しく美しくを目指す彼女は、その美しき尊顔を決して晒すことはない。


「わたくし、結婚等しとうありません、と伝えなさい」


 側使えのメイドの耳元で囁く。伝言を託す彼女。


「結婚をしない?いいか、この国で貴族の娘が年頃になっても独り身だったら、どうなるのかわかっているのか?」


「ええ、知ってましてよ。我が国は柊の森に囲まれた中にある土地。今は小さくても豊かな恵みがあります。しかし、かつては開拓されていない貧しき土地だったとか。資金が無かった当時の王は森の外、裕福な吸血鬼の王に借金を頼んだとのお話と、言いなさい」


 何時ものセリフを聞き、忠実に答えるメイド。


「そうだ、借金の形代は汚れなき貴族の乙女」


 何時ものセリフを返す父親。


「月湖の月が空に昇る新年の日に、汚れなき乙女を独り差し出す約束をされた。しかし未だソレは成されていない、何故なら貴族の娘は年若くして、婚姻相手を選ぶ事になっているから、借金の踏み倒し。でございます」


 最早やり取りを暗記しているメイドは、主人に視線を送り、許可を得たあと先をスラスラと話す。


「そ!それは。異形の生贄にするなど出来ないだろうと、その時の陛下の恩情なのだ!国の法にも定められておるのだ。法を破ると生贄になるのだぞ!」



 産まれた直後、母を亡くした娘。美しい妻に瓜二つと思っていた幼少期の面影を思いだす父親。大切に大切に、花を枯らさぬ様、貧しい暮らしの中、パンの柔らかい物は娘に。肉の脂身の少ない部位は娘に、甘い葡萄酒は娘に。


 父親は、硬くなったパンと、脂身と酸っぱい葡萄酒。そうやって大事に大事に育て上げた。なのに。 



 ……、何時の頃からだろう。清く正しく美しくを目指し、潔癖な程身の回りを清め始めたのは。昔は抱っこをせがみ、腕に抱え上げると肩に顔を置き、スリスリと頬寄せて来たというのに。 


 娘は、悪い憑き物にでも魅入られたのだろうか。食事はもちろん、姿を見る事さえままならない、声すら聞けぬ今に、目頭が熱くなる父親。


「構いません。とお嬢様のお言葉でございます」  


 何時も通りの至極あっさりとしたメイドの返事に、父親の堪忍袋の緒が切れる。


「お前は死んだ母親に瓜二つだった。おそらく国一番の美女に育っているのだろう!だから触れ歩いた。金持ち(ブルジョア)、貴族の耳に入る様に!なのに届いた手紙は全て送り返すとは!政略的結婚と言うのを知らないのか?家を盛りたてる為に嫁に行こうと思わないのか」


「知りません。その気もありません。とのお返事でございます」


 天を仰ぐ父親。そして……。


 王の耳に入り、マリアは生贄に選ばれた。


 月湖の月が空に昇る新年の日、純白のドレスに身を包み彼女はヒイラギの森の外へと運ばれた。




 ――、「はいどうぞ」


 カーテシーをとると顔を上げ、吸血鬼に対面したマリア。心の中はウキウキワクワク、胸の高まりは半端ない。



 ……、フフフフ、ふふふふ。いよいよですわ。わたくしは、お顔立ちはどうでも良いのです。牙が有ろうとなかろうと。わたくしは殿方の首筋が大好き。先ずはそこに接吻をしたいのです。そう……、いきなり首筋にソレをしたら、狂女のレッテルを貼られて塔暮らしですわ。だから外に出たかったのです。本懐を遂げたら、朝日を浴び灰になっても良いのです。


 清いのはその身と流れる血潮ばかりなり。


 ……、大切なのは顎から下。シュッと細身に見えますが、なかなかどうして。細マッチョを感じさせる、首筋からの肩のライン。ここがポイントですの。あぁ!何という好みの首筋!張りがあって、喉仏も良きですわぁ!鎖骨が拝見出来ないのが。くう!惜しいのです!


「はいどうぞ……、勇気がある乙女だの……美味しそうじゃ」


 にっこり微笑むマリア。誘われる様に近づく吸血鬼。


 そして、手を合わせていただきます。とばかりに華奢な腰に手を回した時。マリアが小さく問いかけた。


「お願いがございますの」


「何じゃ?」


「貴方に首筋に接吻される前に、わたくしが接吻、しとうございます」


「ふお?」


 吸血鬼は目をパチクリとさせた。


「駄目ですの?」


 澄んだ瞳で問われた彼は、それ位なら構わぬと請け負う。


「ありがとうございます!うふふ。少しばかりしゃがんでくださりませ」


「しゃがまぬとも、こうすれば良かろう」


 ひょいとお姫様だっこをする吸血鬼。


「キャッ!まあ!最高の位置でしてよ。では、……んー♡」 


「んご?ふお?な!何だ?ち、力が抜けてく!」 


 清く正しく美しくの道を極めた彼女の接吻は、魔を祓う力をいつの間にか宿していたのだ。 


「ぬぉぉぉぉ!た、たまらん!ヒィィィ!清らかなる乙女とは、何という恐ろしい生き物なのだ!」


 ボワン!吸血鬼が消えてしまってはならないと、慌てて姿をコウモリに変えて、その場からフラフラ飛び去ってしまった……。


「な!なんとぉ!吸血鬼を退治したぞ!」


「せ!聖女様。おお!神よ我らに聖女様をお与えになられた事を感謝いたします」


 幌の中で見守っていた兵士と、ビビリまくりの神父が事の顛末に驚き、わらわらと出てくると、あ然と立ち尽くすマリアの元に駆け寄り平伏をした。




 ――、柊の森、その中にある小さな国には、白の聖女様が居られる。


 マリアは国に戻り褒美と地位を与えられた。


 マリアは清く正しく美しく、教会にて身を慎み過ごしている。


 マリアは訪れる人々に祝福を与えるのが仕事。


 他所はどうかは知らないが。



 柊の森に囲まれし国の聖女様は、



 首筋に柔らかな唇を当て、清らかなる祝福を与えるという。


ああ!投稿済してから見たら390作品。考えて書かないと、キリのいいところがとんでもない物になりそうだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実は吸血鬼が美女にキスされて頭真っ白になっていただけ説を推す。
[一言] そっちかいいいいいW
[良い点] 予想の斜め上な展開でした。 神父も王もそのまま吸血鬼に食われるのかと思いきや、まさかの…… 理不尽な程に成り上がりですね。
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