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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【第一回】SSコン 〜明後日〜

【SSコン:明後日】明後日

作者: 秋村遊

下を見る、そこには自分自身の生気のない自分自身が横たわっていた。










その景色は微妙に凍っていながらも、埃に自分が積もっているかのような、

よく言えば絵画のような、

悪く言えば古臭い死んだ色が目の周りに広がっていた。


  生気がない、とっていっても、死んでいるわけではなく、ただただ死んだ「ような」表情の自分が汚い木造の小さな部屋で一人横たわっているだけだ。

その顔は明日も見えず、

昨日も一昨日も、

今日も見えない、

形容し難い表情だった。

  そう思って、眠る前の昨日を思い出す。その日は学校には行かなかった。行ったとしても意味はなく、教師からも同級生からも初恋のあの子からも冷たい目をされるだけだ。

  帰宅したとしても、親からは嫌な顔をされ、俺の顔を見るぐらいであれば面皰だらけの面をした、世界一の不細工を見つめる方がマシだと言わんばかりに顔を歪めていた。その様子を見る時は、仕方がない、と自身で納得しつつも俺は唇を噛むしかなかったのだ。

  灰色の朝がやってくる、その太陽の色は白黒映画の白で、太陽が与える光とともに小さな灰色が部屋の周りに飛ぶ。

  もう何年も部屋を片付けておらず、息を吸えば口の中に入ってくるのは錆びた腐った空気だ。舌で柔らかい灰色を味わいつつも、俺の喉は拒否反応を起こし、猫のように埃という名の毛玉を吐き出した。埃に美味しいと思わせる味があるとするならば、俺は埃を吐き出さなかったのだろう。

   昔の自分ならそう思った。


  だが今の俺はもう昔ではない、だからこそ味もしない、腐ったみかんの味の埃を吐き出すしか能がないのだ。そう思いながら汚く皮膚が硬直した指で灰色を口から摘み出す。摘みつつ、横たわった自分を見つめる。


「何がしたかったんだろうな、俺」


  掠れた声は顔に合っておらず、砂が喉に詰まったかのようだった。そんな声が自分の体から出てくる現実を俺は認められず、目玉が煮られているかのような痛みを堪えられずに塵が挟まった色素が枯れた畳の上に蹲った。

  未来もなく過去も消した埃の積もった俺の体は動かず、慰めてくれもしない。

その度に喉が焼けて、食道やら声帯やらが一気に萎む感覚がして喉を押さえ込んだ。

それでも痛みは止まず、掠れた醜い声で呻いた。



   動け、

   動けよ、

   現実を見ろよ、


そんな言葉を横たわっている自分に怒鳴りつけ、殴り蹴り首を絞めた。


   お前のせいだ、

   お前のせいだ、

   お前のせいだ、

   お前のせいだ、

   お前のせいだ。


  その言葉が、その行動が自分自身に向けられるということを理解もせず、感情を行動にしていた。気づけば自分を殴った分、自分にも痣が浮かび上がり、首を締めた分、その跡が自分の首に残った。腹を刺したときには自分の腹からは血が溢れ出し、蹴った分歯が抜けていった。金を掛けた自分の価値を傷つけた、それが結論であたった。

  傷だらけの自分を見つめる、それとともに、血まみれとなった自身の手を表裏と回転させながら見つめた。これで俺は満足なのか、このまま終わって。そう自問自答を繰り返すたびに、明日がやってくるのだ。

  明日になっても俺はまたただ倒れているだけ、何も言わず、何も見つめず、何も考えず、ただ埃という灰色の空気を吸って吐いていた。俺がどうその体を傷つけようとも、どう殺そうとも、「明日」になったらまたなんとも変わりのない、濁った空気を吸って吐くのだ。明日というものが来るたびに、悪夢は続き、横たわった俺はただ横たわっているだけ。死んでいるわけでもない、生きた人形のように動かない。


  その様子を湯に焼け上がった目は赤く充血し、

  噛みつかれた唇の肉の血は赤茶色に変化し、硬直した。

  「明日」になるたびに俺の傷が増えていくのに、

  夜が開けたら横たわっている「俺」は作り物の俺へ、

  「綺麗」な俺へと戻る。


  その様子はなんとも気持ちが悪く、いつの間にか木造の灰色の空飛ぶ空気は、ただ空を飛ぶ物体でしかなくなった。毒素から排出した菌が、顔の筋肉を硬直させていく。その工程は仮面を被るかのような、冷たい、寒い硬直であった。顔中へ広がり、顔を歪めさせていく。昨日も今日も明日も見えない既に歪んだ醜い顔は、どれだけ金を鳩に飛ばしても意味がない。

一度毒素を味わってしまった。

一度刃物を感じてしまった。

赤ん坊の柔らかな林檎の頬は、

だけれどいつの間に合成樹脂で膨れていて、

その樹脂は、俺を知らぬ人は目を輝かすのだ。

だが知っている人は明後日を見て俺を置いて、進んでいく。



   時間が俺を止めたのだ。



「そんなにドラマチックにならないならない!」

「ただの注射じゃん! 明日から人生薔薇色だぞ」

「醜かったら誰も愛してくれないぞ」


そうほざく同級生はあの日そう言っていた。

そのまま白い白いお城へ、

白馬に乗って、

鳩が飛び回る、

菌の仮面を被った毒素だらけの白いお城へ手を握られた。


  あの日の痛みは自分を殺す痛みであった。

だが、「今日」はどうだろう、この痛みはなぜ自分を殺した時の痛みより痛いのだろう。

痙攣を起こすかのような痛みは頭を朦朧とさせる。


  ふと、好きだったあの子の顔を思い出す。

毎日、虫を見るような目をして俺を見ていた。二週間後に、全く違う人間が俺を名乗るのだ、虫唾は走るのも仕方がない。制服を着る時、二回りも服が大きくと化し、顔もやけにすっきりとした。自分を殺した歓喜と絶望を様々な感情を切りつけ、親は泣いた。

  親の涙はどの刃物よりも鋭く、俺を殺した。

だからこそ俺はここにいる、

横たわった自分と、

そんな自分を殴る自分がこの狭い部屋に。

  また日が沈み、間違いだらけのキャンバスに黒を塗りつぶした。星のない夜には魂が吸われてしまいそうな、そんな危うい黒が窓の外に広がっている。どの「明日」よりも、どの「今日」よりも音のない、静止画のような静けさであった。


    「毒素から排出した菌は魔法の菌。」


そう、横たわっている昔殺した『俺』が感情の波の無い声質で言った。


  「その菌は針で肌を刺す。刺すとともに毒を排出し、人を殺す」


懐かしい潰れた声と膨らんだ脂肪は喋るたびに波を撃ち、喋るたびに息を荒くさせていた。


  「君は俺を殺し、君が生まれた。魔法の菌、それは君のためになったか?」


なってなんかいない。もしなっていたら、今お前なんかと一緒じゃない。生き続け、息を吸い続け、自身を嫌い、自信を斬りつけるだろう。


    「樹脂と化した君の顔は、醜くはないかもしれないけど、愛してはくれるだろうか」


   愛してくれるだろうか。

再び、あの日の言葉を思い出す、醜かったら誰も愛してくれないぞ、という言葉。

今俺は愛されているか?

親には見捨てられ、

愛する人には見下され、

俺の過去は一生の嘲笑いものとなった。



   愛されてなんかいない。



    「なぁ、君は俺の人生が恋しいか?」

  殴られ、蹴られ、豚として嘲笑れ、陰口に口付けされても、

  親に唯一無二の愛しい我が子として宝物として生き続ける人生。










            恋しいか。










「あぁ、恋しいさ」

「そう、ならよかった」


  夜の静けさに少しづつ音が増えていく。虫の音だったり鳥の声、聞こえるはずのない風の声。太陽の瞳が星より輝き、灰色の空気を少しづつ光るものへと変えてゆく。俺は横たわっていた、息もせず、樹脂とかした自身の骨のような顔と体は首にちぎれたロープを巻かれたまま、小さな醜い部屋の中眠っていた。合成樹脂が溢れる作り物の顔は美しくももう動かず、後悔の色に染まり上がった恋しさの表情が夜の世界から抜けられずにいた。





          明後日が来たのだ。

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