2019/03/30
1945年、ベルリン。
ナチスドイツは連合国に降伏した。
駐留軍のカー・ラジオからは「リリー・マルレーン」という曲がかかっていた。
兵営の前、門の向かいに
街灯が立っていたね
今もあるのなら、そこで会おう
また街灯のそばで会おうよ
昔みたいに リリー・マルレーン
俺たち2人の影が、1つになってた
俺たち本当に愛しあっていた
ひと目見ればわかるほど
また会えたなら、あの頃みたいに
リリー・マルレーン
もう門限の時間がやってきた
「ラッバが鳴っているぞ、遅れたら営倉3日だ」
「わかりました、すぐ行きます」
だから俺たちお別れを言った
君と一緒にいるべきだったのか
リリー・マルレーン
もう長いあいだ見ていない
毎晩聞いていた、君の靴の音
やってくる君の姿
俺にツキがなく、もしものことがあったなら
あの街灯のそばに、誰が立つんだろう
誰が君と一緒にいるんだろう
たまの静かな時には
君の口元を思い出すんだ
夜霧が渦を巻く晩には
あの街灯の下に立っているから
昔みたいに リリー・マルレーン
兵士達は皆涙した。
しかし皮肉なことにこの曲はドイツで生まれた歌で、歌っているのもドイツ人だった。
ナチスを嫌いアメリカに亡命したドイツの女優が英語で歌っていたのだ。
その歌声の持ち主はマレーネ・デートリッヒといった。
1992年、日本。
少年は母親に連れられ、母親の実家に来ていた。
天真爛漫に遊んでいる少年だったが、彼は絶対に叔父の寝室には入りたがらない。
なぜなら叔父の寝室には白黒の巨大な女な写真があったからだ。
物心がついたばかりの少年にとって戦前の画質の荒い、それもきつい顔つきの外国人の女の写真は恐怖そのものであった。
それからしばらく少年は白黒の写真を見るたびにあの女を思いだした。
翌年、再び母親の実家に来た時は写真は撤去されていた。あまりに彼が嫌がって泣いたりするからだ。
その少年は大きくなった今、こうやってスマホでエッセーを書いている。
写真の女の名前はマレーネ・デートリッヒ。
1992年は彼女が亡くなった年だった。