Chapter3 RTA
臭い、バーだ。汗の匂いだ。ゴロツキの見てくれをしたキャラクターが、このバーをネカフェのように使っている。鼻を覆いたくなるような臭いをかき分けて、バーテンダーの目の前に座った。
ネズミが政権を担いでバーに入ってくる。
『キシィ!!(ちょっと!! このエクスカリバー忘れてるわよ!!)』
「守ってくれるかと思ってな」
『キシィ!?(何よ!? 一回くすぐったくらいで、もう旦那気取りなの!?)』
「ちょっと待てそれはおかしい」
『いらっしゃいませ、旅のお方ですか? お名前は?』
「ああ、たす、っていうんだ。よろしく、バーテンダー」
『俺の名はたす最強のゲーマタスダ、さんですね。よろしくお願い致します』
「もうツッコマんぞ。ここで一番高い酒をくれ」
『かしこまりました。最高級ウイスキーでございますね。60000Gです』
『キシィ!?(あんた、どこにそんな金が!?)』
「もちろん、無限資金バグを使ったに決まっている。やり方はまた後でな」
『最高級ウイスキー、200個ですね。かしこまりました』
『キシィイ!(飲みすぎでしょ!!)』
「大丈夫、酔わない方法がある」
バーテンダーは一通りの会話を終えると、後ろにある木の棚を漁り始めた。深みのある濃い色の木の棚から、ウイスキーを取ると、同じ場所にウイスキーがまた現れた。
目の前の深みある色の木の机に、ウイスキーが置かれる。僕はポケットから湯呑みをだした。そう、緑茶を飲むあれだ。
僕は茶色いウイスキーを湯呑みに注いだ。片手ほどのコップになみなみと入れて、一気に煽る。
後ろで、ネズ公がたじろいでいた。
『キシィイイイ!(この歳で未亡人なんてイヤアアア!!)』
いつ結婚したことになった。
『ウイスキーです』
「ありがとう。ごくごく」
『ウイスキーです』
「ごくごく」
『ウイスキーです』
「ごくごく」
『ウイスキーです』
「ぐびぐび」
『キシィイイ!!(誰かあのバカを止めてええ!!)』
すると、立ち上がったものがいた。椅子が引かれ、重い足音が聞こえる。重量のある道具を持つとそういうことになるのだが、少し圧力の高い足音だ。つまり、足の小さい女性キャラ。
イベント開始から一ヶ月、女性キャラがこのバーにいて、ネズミの声も聞けて、さらにおせっかいとなると。なるほど、かなり強いキャラクターのようだ。
少し胸が躍った。
「ちょっと、そこまでにしたら?」
『ウイスキーです』
「ぐびぐび」
「聞いてるのかしら? お酒をそんなに飲んだら、キャラクターやられちゃうわよ?」
『ウイスキーです』
「ごくごく、ぐびぐび」
「ちょっと!! 聞いてんの!?」
そろそろ振り返ってやろうと思った。だが、その気を削ぐ男臭い声だ。
「おい、あんちゃん、話くらい聞いてやれよ」
僕は先にそちらへと振り返った。贅肉たっぷりのむきむきおデブキャラクターが、世紀末的な露出の多い服を着て、金棒片手に立っている。ちなみにハゲだ。
「なんだ、ハゲ」
「その酒、おれがもらってやんよ。ゆで卵野郎」
「かえれ、お前のようなババアがいるか」
「は!? 何言ってんだよ、このゆで卵!」
「冗談の通じぬ男だ、一子相伝の暗殺拳継承者にいったい何の用だ」
『ゆで卵です』
「もぐもぐ」
「ちょっと待て! この俺をバカにしてんのか!?」
僕は女性キャラの方を振り向いた。赤い髪の毛が印象的な、金色の防具をつけた女性。二の腕の途中まで伸びた髪の毛が、いくつか防具に挟まっている。胸はそ姑息であるが、ゲームのキャラクターなので別に恋愛感情は抱かない。
大ネズミは三人を見回していた。
僕は、女性キャラを指で手招きする。
「ちょっとこい、お前強いだろ」
「ゆで卵がゆで卵食ってるわ」
「やかましい、お前こそ、ここで男でも食ってたのか?」
「失礼ね、仲間集めよ」
「じゃあ、俺とこい。隣に座れ」
「何? その身勝手な言い方は」
とんとん。
僕は隣の席を指で叩いた。
女性キャラが隣に座ると、僕の手元を見て驚く。もらったウイスキーを左手に持ち、茶色い机にコツコツと叩きつけていたのだ。
「何してんの? ウイスキーで机でも叩き割るの?」
「攻撃力を貯めている」
「貯めてる? 攻撃力」
「ちょった頭を下げろ」
「え?」
「貴様らあああ!! 俺を無視すんじゃねぇええ!!」
僕は頭を下げた。女性キャラはデブキャラを振り返って頭を下げた。金棒を振りかぶって、今にも降り抜こうとしていたのだ。それくらい、僕なら音と挙動でわかる。
バーテンダーの姿は、攻撃を仕掛けるデブキャラから避けるように、遠くへと移動しているのだから。
「フヌゥウ!!」
頭の上を、金棒が通過する。
女キャラは腰を抜かして椅子から降りて行った。床にヘタレると、上を眺めて、僕に手を伸ばす。
「に、逃げて!!」
「ふぬぅう!!」
僕は、ウイスキーを湯呑みに注いだ。軽く手で弾く。
ずが、ががががががががっ!!
湯呑みは途端に暴れ始めた。その場で、机のフラフィックの隙間にひっかっかったのだ。半分が机に埋まった湯呑みは、騒音を立てて、天井に放出される。着弾点から三角に飛び、机を叩き割る。
人工乱数で擬似ランダムに、湯呑みが飛び跳ねる。バーはあっという間に戦場と化した。設備が湯呑みで粉々に砕ける。
「そんな! 湯呑みを投げただけでこんなことにならないわよ!!」
「ど、どうなってんだ!!」
「おい、女キャラ。そこを動いた方がいい。2秒後に着弾する」
「きゃあ!!」
女性キャラが飛び跳ねると、行った通り2秒後に湯のみが着弾、そのまま跳ねて、デブキャラの腹部に命中した。しかし、跳ね返るわけでもなく、そのまま壁まで飛んで行って、キャラクターを貫いてしまった。
キャラクター自体はグラフィックであるため、隙間を通って抜けたに過ぎないが、ダメージは確かにある。
デブキャラはその場でヒットポイントが0になった。つまり、倒された状態である。
「今何したの?」
「湯呑みを机に埋めて、重力演算をバグらせた。そこに、攻撃力を貯めたウウイスキーを注ぎ、解き放つ。すると、攻撃力32万の湯呑みが出来上がるってわけだ」
「でも、湯呑みって確か、茶屋にしかないアイテムよ? どうやって」
「バグを使って、茶屋の壁を通り抜けた。その時湯呑みを持っていればいい。ちなみに、湯呑みに入れた液体はすべて緑茶になるから、ウイスキーでよう心配はない」
「このあっと言う的バグ技使い……まさか……あなた、TASさんなの?」
「正確には、人力TASだ。よろしくな」
女性キャラは目を丸くして隣に座った。金色の装備は身軽で、隣に座ると太ももが見えた。赤いパンツも見える。それを恥ずかしがらないのは、ゲームのキャラクターだからだ。つつましい胸にも納得がいく。
「私の名は、アキナっていうの。よろしくね」
『ウイスキーです』
「ごくごく、よろしく」
「すごいわね。このネズミさん、エクスカリバー持ってるわよ?」
『キシィ!!(私の旦那さんよ!!)』
「あら、かわいい」
『ウイスキーです』
「ぐびぐび、あと一人仲間が欲しい。誰か心当たりはあるか?」
「あなた、TASさんでしょ? 一人で攻略できるんじゃないの?」
「クリア一歩手前まではいった。だが、どうやら3人パーティーじゃないとクリアーできないようでな」
「そんなクリアー条件だったかしら、このゲーム?」
「知ったことか、誰かいないか?」
「でも、あなたほど強いプレイヤーはこのゲームにはいないわよ」
「そんなことはない」
「だって、湯呑みをあんなことできるのは、TASさんくらいだもの。他に誰がいるっていうのよ」
「ふふふ、バカいうな。あんな程度……」
僕がそう言いかけた時だ。
遠くのテーブルで、高笑う声が聞こえた。大きな酒樽を叩き割ったような、そんな音を立てて、ビールジョッキを机に置いていた。
かしゃん、と鋭い金属音がする。
「ヤッハハハハハハハハハハハ、そんな程度、人力でもできるさ!!」
「……だれだ?」
「ヤッハハハハハハハ! 俺だよ俺、リタ、だリタ。RTAだよ!!」
僕は舌打ちをした。
RTA、省略せずにいうと、リアルタイムアタック。
顔は金髪。しかし、勇者ほど優しくはない、『ちょっとだけイケメン』とかいうやつだった。
「何しに来た」
「決まってるだろ? 攻略だよ攻略」
リタは明らかに硬い鎧を着た、金色の姿だ。勇者装備と呼ばれている。もちろん、片手にエクスカリバーを持っていた。先ほど入手した武器ではあるが、別のプレイヤーなら何度でも入手可能なのである。
「それはおかしいな。リアルタイムアタックは、その名の通りタイムアタックだ。どれだけ早くゲームのエンディングを観れるかどうかの勝負。そのお前が、一ヶ月のイベントを放置したとは考えづらいがな」
「はぁ? それ本気で言ってんのか? お前」
ちぃ、気付いてやがったか。
「バカ言っちゃいけねぇ。そこの女もそうだ。時間を待っている」
「女って言わないでちょうだい、アキナって言うのよ」
「ゲームの参加者は50000人、そのうち、はじめに攻略をするのは90%。そんなに渋滞したゲームの中を進む人間はいねぇ。旅行でもそうだ、しーずは少し外して遊ぶ」
その通りである。今回、一ヶ月待ったのは、ゲームを最もスムーズに攻略するためだ。他の参加者が削れるまで待つことで、多少の無茶をしてもゲームに負荷がかからないようにしようというわけである。
「ラストダンジョンに挑んだやつは、三人全員でゴールにたどり着けなかったんだよ。でも、俺たちなら、たとえ一人くらいやられてもオブジェクトとしてパーティーに残しておけるだろ? いい話だと思うぜ? な?」
リタも、湯呑みをバグらせるくらいはできる。つまり、それ以上のこともたやすくやってしまうし、下手をすると僕もてこずるかもしれない相手である。
まあ、あくまでもてこずるというだけの話ではあるが。
「ヤッハハハハハハ! 一緒に行ってやるよ、たすぅ!」
「いいんじゃないかしら、RTAさんがいたら、もう敵なしよ」
そうだといいんだがな。
リタは、バーの客の間をずかずか割って入ってきた。俺の右隣に座ると、おっきなちづを開く。汚れた紙には、大きな塔が描かれていた。この最上階で、青い宝石を手に入れると、エンディングが見られるのだ。
「ヤッハッハッハッハッハ!! やってやろうじゃねぇか!!」
「TASさん、RTAさん、二人ともよろしくお願いね!!」
『キシィ!!(さあ、みんなで行きましょ!!)』
この、RTA。今回一番警戒しておかなくてはならない存在である。