chapter2 鎖骨とネズミの宅急便
あれから一ヶ月、世界は変わらなかった。
プレイヤーはその間、ゲーム攻略に励んだのだ。あるものは、特殊能力ガチャポンを回し続け、あるものは敵を倒し続け、あるものは仲間を集めた。総数、5万人のプレイヤーが一斉にエンディングを目指し、世界を駆け回る。その姿は、空から見れば圧巻の一言だったであろう。
そう、これがまともなゲームであれば。
『おう、またあったな。攻略の方はどうだ?』
『あ? そんなもんとっくにやめちまってるよ。くだらねぇ』
『お前あんなにクリアーしてやるって息巻いていたじゃねぇか』
『何言ってんだよ、こんなゲーム、誰でもクリアーできるだろうよ。先を越されてらぁ。そんなことより酒を飲もう、イベント中は飲食が無料らしいからな』
『ああ、今さそうと思ってたところなんだよ』
このゲームがプレイヤーを閉じ込めたことが、まともではない、と言っているわけではない。ましてや、ゲーム内容は最初に卑下したよりも面白く、バグを使っての攻略も面白かった。
クソゲーとは聞いていたが、期待はずれの良作である。
『いらっしゃいませ〜』
『バーテンダー、ウォッカを一つ』
『おーい、そこの二人! 久しぶりだな!!』
『wwww廃人ゲーマーがログインしたンゴww』
『6ちゃんの書き込みは勤務である』
『またゲームの世界に閉じ込められたけど質問ある?』
『まず常連なのがワロタ』
お気付きの方もいらっしゃるだろうが、このゲームのプレイヤー、ほとんどが自宅警備員であった。
荒くれ者のバーも、今となってはネカフェとかしている。勇ましいキャラクターの中身がそのままあらわとなったファンタジーのRPG界は、社会問題に一石を投じる形となっている。
『キシィ!?(あんたは何してんだい!?)』
そうそう、最近ペットにしたネズミの言葉を翻訳することに成功した。ゲームの世界ならば、そういった特殊能力を獲得するのも以外と容易い。乱数調整をして、ガチャポンを回した。
乱数の調整方法は後で述べるとする。
『キシィ……(おしえてよ〜)』
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ』
『キシィ、キシィ(ねえねえってばあ〜)』
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」
『キシィ!!(伝説の剣を鎖骨で押して何しているの!!)』
「たく、仕方ないな。説明してやるか」
今、私は文字通り、鎖骨で伝説の剣を押している。具体的には、突き刺さったエクスカリバーに鎖骨で体当たりしているのだ。するとどうなるだろう、ちょっとづつではあるが、エクスカリバーはグラフィックの隙間に入り込むのだ。
グラフィックの隙間に入り込んだエクスカリバーは、モグラのように、または、地面を切り裂くように進んで行く。
僕のつるっとした顔のキャラクターとエクスカリバーの衝突。その効果音が、どむぅ、どむぅ、となり続けているのだ。
ちなみに、エクスカリバーの説明欄を見ると、形容しがたいほど美しい剣だ、と書かれている。だから、詳しくは説明しない。
『キシィ!(やめてよ恥ずかしいよ〜)』
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」
『キシィ!!(もう街のど真ん中だよ? 正気なの? アホなの?)』
「えっほ、えっほ、後少しだ。二日間かけて、森の彼方から押してきた甲斐がある」
『キシィ……(男ってほんっとにバカ……)』
「女だったことに戦慄している自分がいるんだけど」
『ふんっ』
「このままだとネズミと恋に落ちるルートに行くことになってしまうな。なんとかせねば」
僕は二日間かけてようやく街に辿り着いた。本来なら、10分ほどかかってたどり着く場所で、しかも一旦辿り着いたならワープで移動可能の場所である。
入り口は大きな門構えだ。凱旋門をイメージしたのか、四角い形。色は質量を感じる、城に茶色が混ざった色だった。
その真下を、鎖骨とエクスカリバーで突き進む。
通りすがるゲーム側のキャラクターは、変哲もなさそうに歩いて行ったが、プレイヤーはニコニコしながら僕を眺めていた。
次第に、取り巻きができる。
面白いことをやっている人間がいると話題になった。人が辺りを囲み、行く手だけ空ける。
『すげぇ』『エクスカリバーの宅配便だ』『エクスカリバーを手に入れた(鎖骨)』『顔ゆで卵だな』『ちょんまげという持ち手』『持ち手とかワロタ』『一体どこから運んできたんだ』『伝説の始まりは鎖骨』『ありがとう鎖骨』
到着っと。
気づけば辺りは人だかりでいっぱいだった。石畳の街を、鎖骨とエクスカリバーで突き進み、大通りを突っ切って、広場に出た。辺りには、レンガ調の大きな建設。窓もアンティークの深みある光景だ。
中央には噴水があって、その前に僕とエクスカリバーはそびえ立っていた。
僕は、つるっとした顔を上げて、人だかりの向こう側を見る。つるっとした手で道を開けるように合図を出す。プレイヤーはモーゼ十回のように道を開けて行った。
そこに、一人のキャラクターが歩いてくる。
『ふっふっふ〜ん。今日もいい天気だなあ』
金髪の、イケメン。さらっとした印象で、銀の鎧を身にまとっている。金であしらわれた輝かしい紋章が鎧で光る。大きな盾と、細い剣。カツカツと音を立てて、堂々と広場に歩いてきた。
彼は、勇者だ。モブの。
他のプレイヤーたちは呆然と眺めていた。
『モブ勇者だ』『勇者モブだ』『モブってなんだ?』『モブっていうのはゲーム側のキャラクター。プレイヤーじゃない』『でも、モブっていいかた』『エクスカリバー手に入れる時にしか戦ってくれない』
今、プレイヤーが説明した通り、この勇者モブは、完全なるモブだ。戦うといっても、エクスカリバーを手に入れるために一緒に旅をするだけの話で、実はプレイヤー自身が勇者だったという落ちまでついてくる。
だが、エクスカリバーを手に入れるイベントは少しだけ手順がいるのだ。
手順1
『ジュースのお使い』
手順2
『ブルファンゴ討伐』
手順3
『この勇者にエクスカリバーを見つけさせる』
この勇者、ガキ大将三人前ほどのパシリを要求してくるのだ。そこで、たすゲーマーこと僕は、裏技を使うこととした。
勇者がエクスカリバーをみて、僕に話しかけた。
『おや? こんなところに聖剣が』
「やあ、勇者。これが君の言っていた聖剣なのかい?」
『その通りさ、いつか僕に友達ができたら、一緒に抜こうと思って居たんだ』
「そっか、じゃあ早く抜こうよ」
『そう急かさないでくれ、僕だって初めてなんだから』
「なんか手伝うことあるかい?」
『ないよ、抜いたら戦ってもらうけどね』
勇者は、エクスカリバーに手を伸ばして、あっさりと引っこ抜いてしまった。
『うおおおおおおお! 本当に抜けた!!』
「すごいじゃん」
『うん! 自信ついたよ!! じゃあ、試しに戦わせてもらうね!!』
ここで、目の前にライトグリーンのウィンドが開く。四角い枠の中に、では戦いますか、のメッセージ。この後、頷くと戦闘が始まる。
目の前の勇者はニコニコ笑っていた。
このイベント、エクスカリバーが抜けたのは、プレイヤーがそばにいたからという設定がある。だが、使用者のゆうことはよく聞く剣で、敵が勇者であろうと容赦なく大ダメージを与えてくる代物だ。
友達を探していた勇者、多々かいの後で勘違いに気づき、友達を探す旅に出るというなんとも甘酸っぱい展開。良いイベントだ。
僕も、全力でその思いを受け取ることにした。
神妙に頷く。
メッセージは、はい、を選択した。
『よっし!! じゃあ本気で戦うからね!!』
「ああ、かかってこい」
神妙ににらみ合う僕と勇者。銀色の鎧は眩しく、風になびく金髪は凛々しい、今手にあるのは紛れもなく勇者の剣で、持ち主は凛とした勇者だ。
一方、僕はあれから着替えてないし、一ヶ月くらい外の世界にいた。タンクトップもぼろっちいズボンも同じままで、見た目だけなら坑道の作業員だ。汗水たらした姿は、肉体労働下にしては身軽で、鎖骨に赤い後が付いていた。
噴水は、水を吹き出す。
『いざ、神妙に。勝負!!』
僕は、木の枝を抜いた。もちろん、腰からである。
観衆は眼を疑った。伝説の聖剣を持つ敵相手に、木の枝で立ち向かうというのだから、ただ事ではない。木の枝など、攻撃力にしてみれば1。エクスカリバーは89というべらぼうな数字を叩き出すのだ。
神々しい剣に光が反射。太陽。
確かに、普通に聖剣と戦うならば、木の枝では勝つこと自体不可能だろう。いや、僕ならできるであろうけども、実際やろうとは思わない。普通に考えても長期戦になる。
だが、今回は違うのだ。僕の作戦通りならば、もうそろそろ戦いが終わるはずである。
『あ〜、お腹減ったな〜。誰かジュースでも買ってきてくれないかなぁ』
勇者はそう言って、聖剣を地面に掘り投げてしまった。頭の後ろで手を組み、大あくびをして、噴水の広場を去っていく。観衆は眼を疑っていたが、その隙間を悠長に歩いて行った。
『ど、どうなってんだ?』
『どこいくね〜ん』
『勇者、定時を迎える』
『残業はしないスタイル』
『まさかのご帰宅』
『えwwまじなんで?』
勇者と戦うには、1〜3の手順を満たさなくてはならない。しかし、僕は鎖骨で聖剣を移動させ、無理やり戦闘を始めたのだ。いいや、正確には、エクスカリバーを抜くだけのイベントを発生させたのだ。それにより、戦うフラグが立っていない勇者は、剣を掘り出してジュースをおごってもらう前の姿に戻ったというわけである。
説明してみれば簡単ではある。しかし、これには二日かかっているというのを忘れてはいけない。
『キシィ!!(男ってほんっとにバカね!!』
「いたのか、ネズ公』
『キシィ!!(ずっといたわよ!! あなたの足元にね!!)』
「さて、これでエクスカリバーも手に入ったし。次いくか」
『キシィィ?(いくか、ってどこに?)』
「仲間を集める」
『キシィ……(それより、ネズ公って言い方はひどいわね。新しい名前考えてよ)』
コンコン。
「ごめんくださーい!!」
『キシィ!!(ほんっと、男ってバカ!!)』