表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

chapter2 鎖骨とネズミの宅急便

 あれから一ヶ月、世界は変わらなかった。

 プレイヤーはその間、ゲーム攻略に励んだのだ。あるものは、特殊能力ガチャポンを回し続け、あるものは敵を倒し続け、あるものは仲間を集めた。総数、5万人のプレイヤーが一斉にエンディングを目指し、世界を駆け回る。その姿は、空から見れば圧巻の一言だったであろう。

 そう、これがまともなゲームであれば。


『おう、またあったな。攻略の方はどうだ?』

『あ? そんなもんとっくにやめちまってるよ。くだらねぇ』

『お前あんなにクリアーしてやるって息巻いていたじゃねぇか』

『何言ってんだよ、こんなゲーム、誰でもクリアーできるだろうよ。先を越されてらぁ。そんなことより酒を飲もう、イベント中は飲食が無料らしいからな』

『ああ、今さそうと思ってたところなんだよ』


 このゲームがプレイヤーを閉じ込めたことが、まともではない、と言っているわけではない。ましてや、ゲーム内容は最初に卑下したよりも面白く、バグを使っての攻略も面白かった。

 クソゲーとは聞いていたが、期待はずれの良作である。


『いらっしゃいませ〜』

『バーテンダー、ウォッカを一つ』

『おーい、そこの二人! 久しぶりだな!!』

『wwww廃人ゲーマーがログインしたンゴww』

『6ちゃんの書き込みは勤務である』

『またゲームの世界に閉じ込められたけど質問ある?』

『まず常連なのがワロタ』


 お気付きの方もいらっしゃるだろうが、このゲームのプレイヤー、ほとんどが自宅警備員であった。

 荒くれ者のバーも、今となってはネカフェとかしている。勇ましいキャラクターの中身がそのままあらわとなったファンタジーのRPG界は、社会問題に一石を投じる形となっている。


『キシィ!?(あんたは何してんだい!?)』


 そうそう、最近ペットにしたネズミの言葉を翻訳することに成功した。ゲームの世界ならば、そういった特殊能力を獲得するのも以外と容易い。乱数調整をして、ガチャポンを回した。

 乱数の調整方法は後で述べるとする。


『キシィ……(おしえてよ〜)』

「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ』

『キシィ、キシィ(ねえねえってばあ〜)』

「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」

『キシィ!!(伝説の剣を鎖骨で押して何しているの!!)』

「たく、仕方ないな。説明してやるか」


 今、私は文字通り、鎖骨で伝説の剣を押している。具体的には、突き刺さったエクスカリバーに鎖骨で体当たりしているのだ。するとどうなるだろう、ちょっとづつではあるが、エクスカリバーはグラフィックの隙間に入り込むのだ。

 グラフィックの隙間に入り込んだエクスカリバーは、モグラのように、または、地面を切り裂くように進んで行く。

 僕のつるっとした顔のキャラクターとエクスカリバーの衝突。その効果音が、どむぅ、どむぅ、となり続けているのだ。

 ちなみに、エクスカリバーの説明欄を見ると、形容しがたいほど美しい剣だ、と書かれている。だから、詳しくは説明しない。


『キシィ!(やめてよ恥ずかしいよ〜)』

「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」

『キシィ!!(もう街のど真ん中だよ? 正気なの? アホなの?)』

「えっほ、えっほ、後少しだ。二日間かけて、森の彼方から押してきた甲斐がある」

『キシィ……(男ってほんっとにバカ……)』

「女だったことに戦慄している自分がいるんだけど」

『ふんっ』

「このままだとネズミと恋に落ちるルートに行くことになってしまうな。なんとかせねば」


 僕は二日間かけてようやく街に辿り着いた。本来なら、10分ほどかかってたどり着く場所で、しかも一旦辿り着いたならワープで移動可能の場所である。

 入り口は大きな門構えだ。凱旋門をイメージしたのか、四角い形。色は質量を感じる、城に茶色が混ざった色だった。

 その真下を、鎖骨とエクスカリバーで突き進む。

 通りすがるゲーム側のキャラクターは、変哲もなさそうに歩いて行ったが、プレイヤーはニコニコしながら僕を眺めていた。

 次第に、取り巻きができる。

 面白いことをやっている人間がいると話題になった。人が辺りを囲み、行く手だけ空ける。


『すげぇ』『エクスカリバーの宅配便だ』『エクスカリバーを手に入れた(鎖骨)』『顔ゆで卵だな』『ちょんまげという持ち手』『持ち手とかワロタ』『一体どこから運んできたんだ』『伝説の始まりは鎖骨』『ありがとう鎖骨』


 到着っと。

 気づけば辺りは人だかりでいっぱいだった。石畳の街を、鎖骨とエクスカリバーで突き進み、大通りを突っ切って、広場に出た。辺りには、レンガ調の大きな建設。窓もアンティークの深みある光景だ。

 中央には噴水があって、その前に僕とエクスカリバーはそびえ立っていた。

 僕は、つるっとした顔を上げて、人だかりの向こう側を見る。つるっとした手で道を開けるように合図を出す。プレイヤーはモーゼ十回のように道を開けて行った。

 そこに、一人のキャラクターが歩いてくる。


『ふっふっふ〜ん。今日もいい天気だなあ』


 金髪の、イケメン。さらっとした印象で、銀の鎧を身にまとっている。金であしらわれた輝かしい紋章が鎧で光る。大きな盾と、細い剣。カツカツと音を立てて、堂々と広場に歩いてきた。

 彼は、勇者だ。モブの。

 他のプレイヤーたちは呆然と眺めていた。

 

『モブ勇者だ』『勇者モブだ』『モブってなんだ?』『モブっていうのはゲーム側のキャラクター。プレイヤーじゃない』『でも、モブっていいかた』『エクスカリバー手に入れる時にしか戦ってくれない』


 今、プレイヤーが説明した通り、この勇者モブは、完全なるモブだ。戦うといっても、エクスカリバーを手に入れるために一緒に旅をするだけの話で、実はプレイヤー自身が勇者だったという落ちまでついてくる。

 だが、エクスカリバーを手に入れるイベントは少しだけ手順がいるのだ。


 手順1

『ジュースのお使い』

 手順2

『ブルファンゴ討伐』

 手順3

『この勇者にエクスカリバーを見つけさせる』


 この勇者、ガキ大将三人前ほどのパシリを要求してくるのだ。そこで、たすゲーマーこと僕は、裏技を使うこととした。

 勇者がエクスカリバーをみて、僕に話しかけた。


『おや? こんなところに聖剣が』

「やあ、勇者。これが君の言っていた聖剣なのかい?」

『その通りさ、いつか僕に友達ができたら、一緒に抜こうと思って居たんだ』

「そっか、じゃあ早く抜こうよ」

『そう急かさないでくれ、僕だって初めてなんだから』

「なんか手伝うことあるかい?」

『ないよ、抜いたら戦ってもらうけどね』


 勇者は、エクスカリバーに手を伸ばして、あっさりと引っこ抜いてしまった。


『うおおおおおおお! 本当に抜けた!!』

「すごいじゃん」

『うん! 自信ついたよ!! じゃあ、試しに戦わせてもらうね!!』


 ここで、目の前にライトグリーンのウィンドが開く。四角い枠の中に、では戦いますか、のメッセージ。この後、頷くと戦闘が始まる。

 目の前の勇者はニコニコ笑っていた。

 このイベント、エクスカリバーが抜けたのは、プレイヤーがそばにいたからという設定がある。だが、使用者のゆうことはよく聞く剣で、敵が勇者であろうと容赦なく大ダメージを与えてくる代物だ。

 友達を探していた勇者、多々かいの後で勘違いに気づき、友達を探す旅に出るというなんとも甘酸っぱい展開。良いイベントだ。

 僕も、全力でその思いを受け取ることにした。

 神妙に頷く。


 メッセージは、はい、を選択した。


『よっし!! じゃあ本気で戦うからね!!』

「ああ、かかってこい」


 神妙ににらみ合う僕と勇者。銀色の鎧は眩しく、風になびく金髪は凛々しい、今手にあるのは紛れもなく勇者の剣で、持ち主は凛とした勇者だ。

 一方、僕はあれから着替えてないし、一ヶ月くらい外の世界にいた。タンクトップもぼろっちいズボンも同じままで、見た目だけなら坑道の作業員だ。汗水たらした姿は、肉体労働下にしては身軽で、鎖骨に赤い後が付いていた。

 噴水は、水を吹き出す。


『いざ、神妙に。勝負!!』


 僕は、木の枝を抜いた。もちろん、腰からである。

 観衆は眼を疑った。伝説の聖剣を持つ敵相手に、木の枝で立ち向かうというのだから、ただ事ではない。木の枝など、攻撃力にしてみれば1。エクスカリバーは89というべらぼうな数字を叩き出すのだ。

 神々しい剣に光が反射。太陽。

 確かに、普通に聖剣と戦うならば、木の枝では勝つこと自体不可能だろう。いや、僕ならできるであろうけども、実際やろうとは思わない。普通に考えても長期戦になる。

 だが、今回は違うのだ。僕の作戦通りならば、もうそろそろ戦いが終わるはずである。


『あ〜、お腹減ったな〜。誰かジュースでも買ってきてくれないかなぁ』


 勇者はそう言って、聖剣を地面に掘り投げてしまった。頭の後ろで手を組み、大あくびをして、噴水の広場を去っていく。観衆は眼を疑っていたが、その隙間を悠長に歩いて行った。


『ど、どうなってんだ?』

『どこいくね〜ん』

『勇者、定時を迎える』

『残業はしないスタイル』

『まさかのご帰宅』

『えwwまじなんで?』



 勇者と戦うには、1〜3の手順を満たさなくてはならない。しかし、僕は鎖骨で聖剣を移動させ、無理やり戦闘を始めたのだ。いいや、正確には、エクスカリバーを抜くだけのイベントを発生させたのだ。それにより、戦うフラグが立っていない勇者は、剣を掘り出してジュースをおごってもらう前の姿に戻ったというわけである。

 説明してみれば簡単ではある。しかし、これには二日かかっているというのを忘れてはいけない。


『キシィ!!(男ってほんっとにバカね!!』

「いたのか、ネズ公』

『キシィ!!(ずっといたわよ!! あなたの足元にね!!)』

「さて、これでエクスカリバーも手に入ったし。次いくか」

『キシィィ?(いくか、ってどこに?)』

「仲間を集める」

『キシィ……(それより、ネズ公って言い方はひどいわね。新しい名前考えてよ)』


 コンコン。


「ごめんくださーい!!」

『キシィ!!(ほんっと、男ってバカ!!)』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ