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chapter1 たぶん、これが一番早いと思います

 僕は、目をつむった。

 狭い容器の中、僕はVRGバーチャルリアリティーゲームのために、目をつむったのだ。周囲には、青い蛍光色が、数本のラインを描いていたのを覚えている。

 ぶうぅん、と、少し鈍い換気口の音がした。栄養が全て設備されたこの白いドームの中は、これでしばらく安全というわけである。

 そして、催眠ガス。これにて、このドームからしばらくゲームのせかい……ぐう、ぐう、ぐう、zzz……




 emergency emergency.

(緊急事態、緊急事態)

 please call me, mastar.

(ゲームマスター、私の機動許可をお願いいたします)





 西暦2020年。僕は、VRゲームを初めてプレイした。その前年には、カメラ型のVRゲームが主流だったのだが、以外とあっさりシンギュラリティというのがやってきて、二束三文でいわゆる『あれ』ができるようになってしまったのだ。

 そう、いわゆる『あれ』、完全体感型VRゲームだ。


 僕はドームの中で目を覚ました。周りには、まだライトグリーンのラインが数本壁内を軽くなぞるように描いている。少し暗めのこのドームは、真っ白な座薬がごとくツルッとしていた。

 外は明るいようだ、中に光が入ってくる。少し眩しいところを見ると、どうやら外は朝で、この座薬型ヴァーチャルドームは、野ざらしにされているらしい。


『ぴー、ぴぴー!!』


 茶色いひな鳥が飛んできた。目の前はガラスがはめ込まれていて、外がよく見える。干し草で作ったような建物の天井が見る。干し草の梁がもっこりとしていて、きちんと作り込まれている。本当に建築されているようだった。

 ひな鳥が僕の座薬型ドームが突っつき始めた。ガラスにコツコツと嘴を叩きつける。それに反応したのか、ガラスには緑の枠がふわりと浮かんだ。


『ゲームモード、キャラックター設定。ここでは、皆様の容姿をクリエイトすることができます。理想の自分で世界に飛び出しましょう』


 機械音声が聞こえた。

 音声の後に、また緑のフレームが浮かび上がる。そこには僕の無粋な顔が映った。

 髭面、面長、髪の毛はボサボサ、眉毛は乱れ、鼻の周りには毛穴が見える。いや、特別ブサイクというわけではない、誰でもこんなに至近距離で見たならば、欠点の一つや二つは見えるだろう。富士山と同じだ。

 理想の自分になれという割には、現実を思い知らせる、とても良い仕様である。

 僕は、単調に指を動かして、指示に従った。



『スタンバイ完了。このゲームをスタートします』

「はあ」



 僕はため息をついた。安価なVRゲームは買うもんじゃない。『このゲームをスタートします』というセリフは、『ゲームをスタートします』にすべきだった。完全にだ。

 おそらく、海外産のこのゲームは翻訳も安価なため、『this is game start』を直訳したのだろう。まったく、それでもクリエイターか。

 文句はこの辺でいいだろう。僕は、ぼやーっと、ドームのガラス扉が開くのを眺めていた。ただ、ぼーっとだ。

 次第に、外の光で視界が満たされた。白い泉の中、濁った水中お見ているようでもあったが、次第に外の景色がはっきりしてくる。優しい空を見た。今は、ちょっと夕暮れ。だが海は青く、空もまだ青い。白い雲が途切れ途切れに続き、優しい風が頬を撫でた。

 ヤシの木が大きく揺れる。


『スタンバイ、ゲームキャラクター、オーケー』

「ふわぁ、やっと外か」


 僕は裸の上半身をあげる。目の前にはガラスの扉がお辞儀をしていた。そこへ、斜めに太陽の光が反射して、僕の瞳に映りこむ。

 キャラクターを設定した僕の顔は、ツルッとした丸っこい表情だ。魔yも丸っこい、語尾に『まろじゃあ』とか言ってそうな感じ。髪の毛はもちろんちょんまげだ。人懐っこい可愛らしいキャラクターを選択した……というのは口実で、選択画面を適当にスキップしていたらできたキャラクターだった。

 VRの世界において、ああいった類の選択画面をスキップするには、小指を画面端に置きながらスワイプするのが一番だ。端っこに出た決定ボタンをすかさず小指で押して、あっさりとウインドを閉じる。

 これが多分一番早いと思います。


『キー!! キーー!!』

『では、今から世界の映像を映し出します』


 どうやら、この場所はビーチの一角といったところだ。足元は砂幅で、座薬型ドームもめり込んでいる。この場所は、そんな砂地に巨大な干し草で壁と天井だけ作ったというわけだ。

 まあいい、この辺は良いグラフィックと言える。


『西暦2200年。人類は宇宙へと旅立ち、ついに第二の故郷を見いつけた。それは、ラピッグG、太陽系より数光年離れた比較的地球に似た気候の惑星である』


 ラピックG、ラピぐ。

 このVRゲームの名前だ。世界は宇宙の遥か彼方、そこに地球人が移住したという設定である。


『この世界を統一するのは、国際連盟軍だけかと思われた。しかし、この惑星特有のエネルギーによって、特殊な力を得た人間は、瞬く間にこの惑星の主導権を握ってしまったのだ』


 座薬型ドームから光が投影される。青かった空を背景に、プロジェクターのような技術で映像が流れる。そこは夕焼けに染まった荒野で、どうやら堀がある。その堀は、銃撃戦のゲームをしている人間なら容易く想像しうるものだった。

 僕は、いかにもといった設定に思わず鼻をかく。これがまたツルッとしていて面白いものだ。面白がりながらも、ビーチを歩いた。ペタペタと砂に素足をつき、全裸のまま動作を確認する。

 水に映る僕の顔を見やって、ツルツルした頬を触った。


『そして、この世界は誰もがうらやむファンタジーの世界へと変貌を遂げたのです。おしまい』


 終わってしまったんだが。

 まあいい、話を聞き流した限りでは、SFの先にファンタジーがあるんですよって感じの良い導入だ。

 なるほど。この物語はしっかり力を入れているようだった。


『では、これからのミッションをお伝えします。この世界の王になりましょう!!』


 急に鼓舞してきたな。


『まず、服を着てください!!』


 うん、常識的である。

 僕は頷くと、座薬型ドームの横にもどった。僕の頭の前にライトグリーンの矢印が出てきて、こっちに行けと指し示すのだ。

 矢印が指し示す場所には、なんと、宝箱があった。そう、木で作られた、海賊が使ってそうな宝箱だ。

 よっこらせ、とふたを開けると、案の定服が入っていた。茶色い布の、いかにもゲームの序盤で手に入りそうなやつである。詳しく説明するならば、下半分がステテコで腹巻、タンクトップは汚れてヨレヨレ、誰かが絶対にわざと踏みつけたであろう帽子が一つだ。

 僕はちょんまげの後ろに茶色い帽子を引っ掛けて、ステテコとタンクトップを着た。意外なことに、個艦をしっかり守ってくれる。だが、タンクトップの方はなぜか乳首に擦れた。

 ちなみに、ここが無人島で、玉が一発込められた銃が入っていたならば、もうその時点で私のやる気はマックスになる。



『さて、準備は整いました。まずは、そこの木の棒であのネズミを倒してみましょう』


 謎の暴力がネズミを襲う。

 しかし、ゲームの世界というものは時に残酷である。なぜか砂浜のど真ん中で敵意に満ちている茶色いドブネズミを、ヤシの木しか生えてないこの場所のアカシアの木の枝で撲滅せねばならないのだ。

 やれやれ、野蛮なものである。


『キシィ!!』

「やれやれ、野蛮なものだ」


 同じ台詞を口から出すほどに、やれやれ野蛮なのだ。

 僕は数歩歩いて、アカシアの赤い木の枝を踏んづけた。器用にくるりと回して、手元に跳ね上げる。手首を回して動作を確認すると、ちらっとネズミを睨みつけた。

 茶色い身体が逆立ったようだ。節のある尻尾を猫のように跳ね上げた。食われる側だろお前は。


『キシィ!』


 さて、このままこのネズミを殴り倒してもいいのだが、僕がこのゲームをプレイするに至った経緯を説明しても差し支えなかろう。


『キシィ! キシィい!』


 僕は、とある依頼を受けたのだ。このゲームをクリアするように言われている。報酬は、おそらく500年後のアメリカで2年ほど暮らせる金額だ。申し分ないと一つ返事で受けた。

 だが、その理由が実厄介だったのだ。


『キィイ! キシィ!!』


 まあ、このネズミのことは気にしないでいい。軽く足をステップするだけで、簡単に回避できるのだ。


『キシィ!!』


 で、その理由だが。

 どうやら、このゲームはあと数時間でプレイヤーを全員閉じ込めてしまうというらしい。しかも、クリアしたものには数億円の資金を渡して、このゲームの長に。そのあとようやくプレイヤーは解放されるのだとか。

 ちなみに、このゲームから普通に変えるためには、あの座薬型ドームに戻って中に入りふたを閉めればそれでいい。別に、特別なことは必要ないのだ。

 僕は依頼内容を聞いた時ため息をついたのを覚えている。


『キシィい!』


 最近多いのだ。ドッキリかなんだか知らないが、プレイヤーをゲームに閉じ込めようなんていう、アホを考える制作会社が。どうやら、数年前に流行った何かのコンテンツが流行を生んでいるようだ。

 たく、シンギュラリティとかいう、AIがあっという間にものを作れる時代、天才じゃなくてもその程度のことはできうるとうわけだ。

 さて、そろそろ、僕の足元でネズミがうろついているのにも飽きてきたぞ。


『キシィい!!』

「ほれ、そこまでだ」


 僕はアカシアの木の枝でネズミの頭を押した。正面から突進してきたネズミも、砂地に足をこすりながらその場で暴れている。進みたくても、木の枝に阻まれているのだ。


「さて、あと数分か?」

『き、キィイい!!』

「いや、あともう少しか」


 ところで皆知っているだろうか。冒険系のゲームの中で、ダンジョンを攻略するという、楽しいやつを。マップ上にあるアイテムを使いながらダンジョンを進み、お口のお宝を手にいれる。

 この手のゲームはその道中で敵が仲間になる。例えば、目の前にいるネズミがそうだとして、どうしても仲間にしたいとする。でも、出現率が低くてなかなか出てこないとしたら。おそらく、人はそのダンジョンに長居するだろう。

 そこで、『無限プレイ中断システム』というものが現れる。何かと言うと、一定の時間が経過すると強制的にプレイヤーをダンジョンから追い出すというものだ。これは、ゲーム制作人にとって以外と使い勝手がよい。

 そう、もちろんこの、ラピッグGにもある。


『きしシシシシシシシシシシ!!』


 僕は木の枝をひょいとのかせた。

 茶色いネズミは逆立っていたような姿から、どうやら大きく成長した。筋肉が強化されて、秋からに大きなモンスターへ。瞳の赤いモンスター、牙が出て、爪が伸びた。

 エキシビジョン的なこの戦闘を長々と続けたために、ゲームのプログラムで敵が強化されたのだ。おそらく、初めてのプレイヤーがこのキャラクターに勝つことは不可能とされているはずだ。

 さて、ここからが本番である。

 なぜ、僕がわざわざ多額の報酬で雇われるほどのゲーマーなのか。それを今からお見せしよう。


『キィいいい!!』


 大ネズミが砂地をめくって体当たりしてきた。飛び込んできてまるでロケットのようだ。大玉のその体当たりをひょいと避けると、後ろの砂地に潜り込んだ。もこもこ、っと砂地が盛り上がる。足元まで伸びると、僕の顎とか住めるように飛び出てきた。

 とっさに身を引いてかわす。大ネズミの白い爪が腹をかすめた。そこを、木の枝で叩く。


「ほら!」

『きしぃ!!』

「うわあ!!」


 逆に弾き返されてしまった。VRゲームなのに手に反動が伝わる。こういったゲームは直接感覚が伝わるから……たくぅ。

 僕は手を振りながら、反対の手に木の枝を持ち替えた。魔の前のネズミはピンピンしている。さらに大きくなった気がした。

 さて、ここからが本番である。

 こういう、キャラクターの都合上倒せない敵というのは、負けイベントキャラクターと呼ぶ。こういうイベントキャラクターは、攻撃力が優れていたり、防御力に長けていたり、こちらの手順を待たずに攻撃したり、いろいろある。

 ただ、そのなかでたまに、ただ強いだけのモンスターを出す場合がある。そして、その場合のキャラクターがこの大ネズミというわけだ。


『キッシッしっしっしっしっしっし!!』


 また大きくなった気がする。デカめのカピパラより大きい。実のところ、このネズミ、強いだけとは言っても本来倒せない敵である。やはり、こういう無茶なプレイを初めての敵にやるときは、少しばかり手に汗握るものだ。

 だが勝機はある。

 僕は裸足でビーチを蹴り、木の枝を向けた。


「こい!!」

『きしいい!!』


 ネズミがまた体当たりしてきた。僕はさらりと身を避ける、後ろの建物にネズミは突っ込んでいった。砂地に潜り込んで、すぐさま帰ってくる。

 僕は走った。ビーチの先へと進み、海に近づく。足元が濡れていれば相手の動きも変わるかもしれないからだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 ぜ、前言は撤回である。採掘機がごとく地面を掘ってきた。

 僕の足元に来て、また顎をかすめるように飛び上がる。今度は爪が顎にかすった。つるっとした顔には何にも問題はない。ただ、尻尾が飛び上がったとき、その腕のごとき太さにちょっと驚く。

 だが、僕はまたかわしてみせた。その隙に、数発木の枝の連打を叩き込む。リズミカルな姿は太鼓を叩いているようだった。だが、鈍い音を立てながら、まるで聞いていないと、ネズミは微動だにしない。

 僕は、また後ろへと下がった。


 とんっ。


 僕の背中が何かにぶつかる。振り返るとそこから先は深い海で、どうやらゲームのステージ外のようだ。先で波が揺らめいてはいるが、完全に透明な壁が行く手を阻んでいる。物理的な壁だった。

 ネズミはそこに突進してくる。また、大砲のように飛んできて、牙を突き立てた。

 さて、ここからが問題である。後ろは謎の壁で、目の前からモンスターが突進してきているとする。普通の世界ならば、衝突して大ダメージだろう。ここからは賭けであるが、それがこのモンスターに通じるか。そこが問題だろう。

 僕は、ひらりと華麗に避けてみせた。


『キイイイイイイ!!』

 ずこっ!

『きっしっしっしっしっし!!』

「やっぱり、ダメだったか」


 なるほど、そうなればますますこの壁には謎という文字がぴったりである。透明な壁は物理的な接触をまるでなかったように存在する。明らかに、ネズミの尖った丸い鼻は、やわらかくへちゃげて、上に折り曲がっているというのに。

 大ネズミは牙をむき出しに、毛を立て尾を立て、獣の息をうなりの渦を巻いている。目が真っ赤に染まっていて、宝石のように明るい。爪が濡れた砂浜に食い込んで、あたりの波が引いていった。

 一方、僕はゲームを始めたばかりの新参者だ。おそらく、よくあるレベル設定や職業、特殊能力なども進めるにつれて手に入るだろうが、今はそのどれもが手に入る前だ。手にあるのはアカシアの明るい木の枝のみ。先ほどから、一撃をくわえるたびに大きく震え、今にも割れてしまいそうだった。


『フッシャアアアアアアアアアアアアア!!』


 今、大ネズミが僕の方に飛び込んできた。

 だが、それは、どうしても僕の計画通りと言わざるえない。


『ぎゃふぅん!?』

「お? ひっかっかったか?」

『キシィイイイイイ!!』

「おっと、無茶をするな! 尻尾がちぎれるぞ?」

『キシィ……』


 大ネズミは確かに飛び込んできた。茶色い大きな体で、カピパラほどの砲撃のように釣っっこんだ。だが、そのすぐ後、まるでバンジージャンプを真横に飛んだように引っ張られていったのだ。

 僕は、大ネズミと距離を取りながら、そっと横に回った。濡れた砂浜を踏みつけ、大ネズミのお尻を除く。

 尻尾が、透明な壁に食い込んでいた。


『キシィイ……』

「悪いが、もうお前のターンはこないと思よ」

 グラフィックの隙間、というのを聞いたことがあるだろうか。グラフィックというのは、ゲームの世界を構築する大事な要素だ。このグラフィックを使って、地面、空、海、波、砂、座薬型ドームなどを作る。

 しかし、こういったような『世界を自由に動き回れるゲーム』では、たまにグラフィックの隙間というものが現れる。それは、グラフィックに他のグラフィックが強く良い角度で接触することで、意外にもあっさりと再現できる。

 今のネズミのように。

 ゲームとは、少しばかり情報処理が多いものだ。本来、激突するはずのないこの透明な壁に、無理やりネズミが飛び込んだのだから、こういうことが起こる。


『フシャアア!!』

「さて、後はどうするか」


 僕は持っていた木の枝を、ポッキリ、と折った。赤茶色の断面の、尖った木の枝に早変わりだ。

 じろーっと先端を眺める。尖った先端が瞳に飛び込むような、そんな魅力があった。アカシアの木の枝というのも、味わい深いものだ。


 ざざっ。

『キシィ!?』


 僕が前に踏み出すと、大ネズミは怯えた。大きくて茶色い巨体が、子供のハムスターのように震えている。尻尾が透明な壁に食い込んで、変な挙動をしていた。先ほどから、ずがががが、とものとものの接触音が鳴り響いている。

 僕は、ネズミの脇柄を、木の枝の先端で突っついた。


『キシィ!!』

「ほれほれ」

『キシィ! キシィイ!!』

「ほれほれほれほれ」

『キシィ!! キシィキシィキシィキシィキシィ!!』

「つんつんつん、ほれほれほれほれほれ、つんつんつん」

『キシシシシシシシシシシシっ! キッシッシッシッシッシッシ!!』


 大ネズミはアホズラで笑った。くすぐったいのだろう。

 たしか、次戦に調べた情報によると、この世界ではくすぐりも一定のダメージをモンスターに与えるのだ。その数値は最小の1ダメージではあるが、連続して攻撃できるのが、この攻撃の良いところである。

 この方法を使えば、木の枝を単純に振り抜くより素早く、毎分28ダメージ。単純な木の枝の攻撃なら、攻撃と攻撃のインターバルを数えて毎分20ダメージ。

 多分この方法が一番早いと思います。




 ブーーー! ブーーーー!

 ブーーー! ブーーーー!




 甲高い、耳をつんざくような音とともに、非常ベルのような音が鳴り響いた。頭上の雲と青い空は、夕焼けよりも少し赤く染まっていて、赤い絵の具を溶かした水をぶちまけたようだった。

 空にアイスックリームが解けるように、赤い色が広がっていく。それが水平線まであっさり届くと、そこに人影が現れた。

 ローブを来た、クリーム色の姿の男性。顔は影がかかって表示されていない、手は白ぽいが黄色人種であることが伺えた、爪は短く几帳面な性格だ。

 その人影が、ばさり、とローブをめくる。


『さあ、プレイヤーの皆さん。ゲームの始まりです』


 僕は上を見上げ、光を手で遮った。足元の大ネズミはうんざりした顔で、濡れた浜で寝そべっている。


『たった今、このゲームは完全に封鎖されました。この世界は、完全に牢獄とかしたのです』


 ナ、ナンダッテ〜。


『このゲームから脱出するには、このゲームをクリアしなくてはならないのです。安心してください、クリアすればいいだけなのですから』

『キシィ、キシィ、キシィ』

「おい、今いいところだから静かにしろ」

『キシィ……』

『そして、このゲームをクリアーした暁には、そのプレイヤーに賞金を与えます! このゲームの主導権の半分を、収益、そして制作会社の株式の半分を……』

『キシィ? キシシシシシシィ?』

「こいつは何を言っているかって? ゲームの全権限の半分をクリアーしたプレイヤーにやるって言ってんだよ、利益と資産の半分という熨斗をつけてな」

『キシィ!!』

「偉いぞ、理解が早い」


 聞き分けのいいゲームキャラクターは好きだ。過去には、『私をあなたの仲間にしてくれますか?』、と訪ねておいて、いいえの選択肢には耳を傾けないやつもよくいた。

 シンギュラリティが起きてからは、政策が容易になったためか、そういうキャラクターはめっきりみなっくなった。が、けなしてはみても懐かしく感じる。


『さあ! 世界の半分をあなたに!!』


 うん、良い締めくくりだ。王道RPGのまさに決め台詞。この制作会社は以外と良いゲームを作っているなあ。プレイヤーを騙す点以外は。


「さて、今の状況はどうなっているかな?」


 僕は右手を出した。腕時計が付いている。黒っぽい、小さな、タッチパネル式のやつだ。ゲームの世界ではパイナップルウァッチとかいうらしい。ウァッチってなんだよ。

 ともあれ、これがあれば、今ゲームでのメールが可能だ。


『うわぁ! 本当に閉じ込められてる!!』

『た、助けてくれ〜!』

『俺明日追試なのに〜』

 勉強しとけ。

『アニメ版実写キタコレ』

『これは会社休んでも致し方ない事案』

『この世界の半分せあなたにwwンゴ』

『おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ。なあ、アス』


 僕はメッセージフォルダを閉じた。アス、ってなんだろう。明日アスこそお風呂はいろうとか言いたかったのだろうか。まあどうでもいい。

 僕は足元の大ネズミに視線を落とす。


「どうだ? 付いてくるか?」

『ふシャア!』

「おーけー、ちょっと待ってろ」


 僕はネズミを抱え込む。茶色い毛むくじゃらの巨体を抱きしめ、足の方を引き寄せた。


「ちょっと力入れるぞ」

『ふぎゃあ!!』

「暴れるな、ここで剥製の代わりになりたくなければな」


 この格闘が、かれこれ10分続くこととなる。




『ふしゃあ〜』


 大ネズミが足に顔を擦り付けている。ヒゲを押し当てて、匂いを嗅いでいるようだ。ゲームの中で匂いなんてあるのだろうか。座薬型ドームの機能では匂い物質を発生させることもできるだろうが、まさかむこうから嗅いでくるとは。


『ふシャアアブはあぁ!?』

「だからと言って悶え苦しむんじゃない」


 僕は裸足で砂浜を戻り、建物の下についた。座薬型ドームは、砂にまみれていた。風が強いのだろう。

 さて、僕は別に、グダグダと長い戦いを続けたわけではない。大ネズミくらい、僕ならあっという間に倒すこともできるし、まず大ネズミにしなくても良い。

 だけど、これには意味があったのだ。

 ゲームというのは、バグがつきものだ。バクとは、グラフィックの隙間に尻尾が挟まるようなそんな出来事、いわゆるゲームのでは本来起きないことだ。だが、そう行った予期していないシステムが、僕のゲームスタイルの醍醐味と言える。

 金持ちがこぞって僕にゲーム攻略を頼むのもそのためだ。僕は、とある技術で、ゲーマーにとって最高の異名をとった男である。

 TASたす、それが僕の異名。

 TASにとっては、ゲームのバグを起こすことなど、キーパーのいないゴールにサッカーボールを蹴り入れるくらい簡単である。

 例えば、ゲームの中にプレイヤーを閉じ込めたとして、僕がそれまでにこのゲームのオープニングを完全に終わらせていないとするならば、システムはどう起動するだろうか。

 本来、数分で終わるはずの戦い、そして操作説明を、かれこれグダグダと10分はやっている。戦いで時間を稼ぐことはできるが、敵は勝利不可能なほど強化される。

 そんな、普通は誰もしないようなことがゲームで起きると、どこかに歪みができる。その歪みは、大概何事もないように処理されるが、今回はプレイヤーを驚かせる一大イベントが起きた。その特殊な行動には、必ず負荷がかかる。

 僕の計算上、必ずバクは起こるのだ。


『ゲームモード、キャラックター設定。ここ、皆様の容姿をクリエイトしままままま』



 座薬型ドームのガラス扉が開いたり開いたりしている。何度も白い煙を吹き出して、スタート時の起動音が鳴り響いていた。

 大ネズミが異様な光景に身をひそめる。僕の足の後ろにそっと隠れた。


『キシィ……』

「大丈夫だ、こわくない」


 僕は、座薬型ドームに手を伸ばすと、そっと触れた。ガラス扉が何度も開閉して、熱を持っている。このドームもグラフィックであるため、熱を持つというのはあまり聞かないのだが、それでこそバグだというわけである。

 こういうバグを治すには、手っ取り早い方法がある。

 僕は、ドームの白い部分、一番機械が詰まっているだろう部分に裏拳を叩き込んだ。


『ゲームモード、キャラックター設定。ここでは、皆様の容姿をクリエイトすることができます。理想の自分でせかいに飛び出しましょう』

「一度ゲームから出ることはできるか?」

『はい、可能です』

「やっぱりか、プレイヤー対象の外に出たか」


 座薬型ドームは元の状態にようやく戻った。扉をゆっくり閉じて、優しく光った。


『名前の登録をします。音声入力を試してみてください』

「あ? そうだな、俺の名前は……たす、最強のゲーマー、たす、だ」

『では、初めまして、俺の名はたす最強のゲーマタスダ、さん』

「ちょっと待てちょっと待て」

『キッシッシッシッシ』


 今、ゲーム内で一大事が起こったとしても、グラフィクの空は青い。綺麗な青に柔らかい雲、暖かい太陽。波打つ海、濡れた砂浜。

 ヤシの実が揺れてことんと落ちた。中の汁がこぼれて、いい匂いが届いた。

 こんな間の抜けたゲームでも、僕がゲームを楽しむということ自体は全く変わらないのだ。


「やっぱり、エリカちゃんV6、とかにしようかな? 名前」

『俺の名はたす最強のゲーマタス、さん。で登録しました』

「あいよ、じゃあ、一回帰るわ」

『またのお越しお待ちしております』


 このゲームから出るのは多分これが一番早いと思います。


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