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白い鳥  作者: Salvia
1/3

0話 歌声

ひと昔前の古い曲。叶わない恋を歌った小さな恋の歌。私はこの歌が好きだ。



今時誰も使わないであろうカセットテープで何度も何度も聞いている。この曲を聞くたびに私は、悲しくて、切なくて、胸を締め付けられる。



ぽっかり空いてしまったこの穴を埋めてくれる。



〜♪



「……っ!」



私の曲だ。私の曲を誰かが歌っている。

教室には私一人。どこから……。



「……上」



私は窓から身を乗り出した。屋上から微かだが聞こえてくる。



私は思わず走り出した。何故私は走っているのかわからない。歌ってる人が気になった?違う、もっと歌を聴きたくなった?違う、何故だか無性に腹が立ったから、私が作ったわけじゃない。誰が歌おうといいはずだ。でもでもこれは私の歌なんだ。



階段を一つ飛ばしで駆け上がる。息をきらしながら、屋上のドアノブに手をかけ開いた。



〜♪



あの歌だ。あの歌が聴こえてくる。すっと透き通るような綺麗な歌声。



こちらに背を向け、私に気づかない。



私は涙が止まらなかった。ただ、ただ彼の歌声にききいっていた。



「白い鳥……」



私がぽつりと呟くと驚いて振り向いた。



「……っ!」



「声が、聞こえたから」



「え?」



「教室にいたら、歌声が聞こえた」



私は下を指差す。



「ご、ごめんなさい。誰もいないと思って」



「この歌……好きなんだ」



「はい、凄く悲しくてとても胸が苦しくなります、でも凄く誰かを思って作った曲なんだなって」



「そう、邪魔してごめん」



「あ、あの」



私を呼び止める声が聞こえたが、振り返らなかった。今の顔を誰にも見られたくなかったから。









「葵〜、葵ってばー」



梨花が僕の右肩を揺する。



「起きてるんでしょ。ねーねー葵ー」



今度は両肩を掴んで揺すってくる



「ねーねーってば、起きてるんでしょうーあーおーいー」



「……なに。というか葵って言うな」



「えー葵は葵だし」



僕が自分の名前を呼ばれるのが嫌いってわかってるのに梨花は、いつまでも名前で僕を呼んでくる。



「一生のお願い!宿題、見して!」



「一生って昨日も一生って言ってなかったけ?」



「それは、あれだよ!今日の私は、新しく生まれ変わったNew私なのだ!」



「……知らない」



何やら隣でぎゃーぎゃー騒いでるが、無視して頭を伏せた。



今日はこれといった授業もない。どうせ教科書をただ読むだけの授業だ。寝てても問題ない。



「あ、そうだ。このイヤホンの持ち主知らない?背が高くて凄く美人な子だった」



昨日あの子が落としていったイヤホンを梨花に見せる。



「なに?葵その子、気になるの?」



「ち、ちがうよ!ただイヤホン落としたから、返したいだけ!」



「ふーん」



「本当だよ!」



「わかった、わかったこの梨花おばさんに任せなさい!……うーん、多分となりのクラスの斎藤さんじゃないかなー」



「詳しく教えて!」



「んー葵は斎藤さんやめたほうが良いと思うよ」



「いいから!」









「……さ……」



綺麗な声が聞こえる。



「……さ……さん」



あの時の声だ。心地よい、彼の可愛らしい声。



「斎藤さん!」



「……なに」



顔を上げる。昨日の彼が立っていた。目が大きくクリッとしている。ちょっとタレ目な目尻が庇護欲をそそる。肩まで伸ばしたボブカットに左髪を、星のヘアピンで髪を止めていた。



「これ……」



「私のイヤホン……」



どうやら昨日、慌てて戻った時に落としたらしい。



「昨日、屋上で……」



「なに二人とも知り合いだったの?」



「知り合いじゃないわ」



「違うよ、梨花ちゃん。昨日たまたまあっただけ」



「ふーん、そうなんだ」



「斎藤さん。……あの、その……」



「イヤホンありがとう」



そう言うと私は鞄を掴むと逃げるようにその場を立ち去った。









「なによ、あいつ」



「……」



「昨日、葵となにかあったの?」



「屋上で、僕が歌ってたら斎藤さんがきて、凄くつらそうにしてた」



「そう……なんだ」



「うん……」



「……」



「やっぱりほかっておけない!」



「はぁ……好きになさい」



「うん!」



「……本当にお人好しなんだから……」







屋上へきた。授業が終わるまでの時間潰しだ。まだ冬には速いが、どことなく肌寒さがある。



ぼんやりと空を眺めていると、屋上のドアがあいた。



「なんとなくここにいる気がしました」



「……」



「ここ、少し寒いですよね」



「実は僕もこの前、ここで歌ってて、寒くて手が悴んじゃいました」



「……」



私なんか構わなくてもいいのに。



「知ってますかここを引っ張ると梯子が降りてきて、タンクまで登れるんです」



そういうと彼は登り始めた。



「斎藤さんが何を悩んでいるのか、僕にはわかりません」



「別に悩んでないわ」



「でも、凄く悲しそうでした」



「……」



「凄くつらそうで、凄く苦しそうでした」



「……それは貴方の想像であって、私はなんとも思ってないわ」



「確かに、これは僕の想像であって、斎藤さんの本当の思いはわかりません。もしかしたら斎藤さんからしたら、余計なお世話かも知れないです」



「だったら」



「でも、それでも、僕は斎藤さんの力になりたいんです!」



「……」



「ダメですか」



「…………勝手にしなさい」



「はい、勝手にします」



私がそう呟くと、彼は満面の笑みを浮かべ私の隣に座った。







「……歌」



「えっ?」



「歌好きなの」



「はい!好きです!歌を歌っていると体がぽかぽかして楽しい気分になるんです!」



「……そう」



そう言うと彼は歌い始めた。



〜♪



綺麗な歌声。でも何処となく、切なくて涙が溢れてくる。



「……大丈夫ですか」



「……っ」



気づくと歌声が止まっていた。



彼が覗き込んでくる。



「またあの時の顔をしていました」



彼が私の顔に触れる。



「大丈夫です。僕がここにいます」



「うっ……っぅ……」



それから、帰りのチャイムが鳴るまで私は、あまり覚えてない。







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