プロローグ
風が気持ち良い。そんなことを思うぐらいには俺は普通の思考をしている。今もそう思ってる。
そう、だから今のこの状況はおかしい。
同じ歳の女の子が金網越しに病院の屋上から飛び降りようとしている状況なんて、俺の頭がどうかしてなきゃ起きないはずだ。
さらに、それを止めようとしている俺がいることもおかしい。
なんで、こんなことが起きてるのだろうか。
振り返ってみても何もわからない。だって、この子と俺は、知り合いではなく赤の他人なんだから。
とりあえず、あの子に話を聞いてみよう。
「なあ、なんでこんなことしているんだ。」
「神のお告げがあったからよ。」
うーむ、いきなり何を言っているのかわからない。
しかも、この状況で平然と言いやがった。いかれてやがる。
「神ってあんたキリスト教徒か?」
「はぁ?何言ってんの?いかれてるわね。」
(お前に言われたくないわ!)
と、言いそうになったがなんとか言わないでおいた。変な口論が始まると面倒だからな。決して強気に言われて怯んだ訳ではない。
とにかく、彼女を止めなければ。
「とりあえず、飛び降りるのはやめてこっちで話し合おう。」
「いやよ。」
「な、なんで?」
「あと1分したら降りなければならないからよ。」
「だから、その理由がわからないんだよ。」
「神から明日午後4時44分44秒ぴったりに屋上から降りろとのお告げがあったからよ。」
彼女が相当な変人野郎だということだけがわかった。
しかし、よくよく見るとどこかで見たことがある気がするな。
「そういえば私の名前を教えていなかったわね。」
今から死のうとしている人間が、何言ってるんだ?
「我が名はリリス!全てのサキュバスの女王であり夜の女王である!貴様の身と精神を我が身に委ねよ!」
これは自己紹介ではないだろ。それにお前なんかに自分を委ねる気はないわ!
しかし、この発言で思い出した。
この間病院内で、看護師さんにこの発言しまくって若い患者さんを発情させた事件の犯人だ。
やべ〜な、正直もう関わりたくない。
「そろそろ時間だからいくわね。」
ごくごく自然に言ったのが逆に本当に行こうとしている気がした。
「待て!」
とっさに手を伸ばしたが彼女との間には金網があったのを忘れていた。伸ばした手を急に止めようとして変な体勢になり、金網に体当たりしてしまった。
ガシャンッ!バキッ‼︎
「「え?」」
2人してマヌケな声を出していた。
なぜなら、俺が体当たりした金網が壊れて、俺と彼女もろとも落下してしまったからだ。
「待って!まだ早いわ!このままじゃただ死ぬだけになっちゃう!」
彼女は本当に飛び降りる気だったらしい。今となってはどうでもいいが。
(神っているのかな)
地面に着くまでの間そんなことを考えていた。