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消えた話  作者: レター
第1話 物語は気づけばもう始まっている
5/5

夕闇の中に彼女は笑う

昔、じいちゃんが言っていた。




◆◆◆◆◆◆◆




「正、もしもお前がこの先夜に道に迷ったらまずは何も見えなくなる前に明るいところへ行くんじゃ。森の中だったら暗くなる前に火を起こすと良いぞ」

「火?ねぇねぇなんでー?」



 正は足をブラブラさせながら、縁側に座っていた。祖父は部屋の中で何かを作っている。互いに背を向け、言葉だけが聞こえる状況だ。



「何故かって?火ってのは凄いんじゃよ。夜動物はその燃え盛る炎を恐れ離れていき、その炎はわしらに温もりを与え、更に食い物まで焼けちまう」

「へぇ!火ってやさしいんだね!」

 正は驚きで後ろを振り向く。



「ふっふっふー、まだまだこれだけじゃあないぞぉ!空に昇っていく煙ってのは自分の居場所を誰かに知らせる柱になるんじゃ」

「よく分かんないけどすごいんだね!」



「その通り、凄いのが分かってれば大丈夫じゃ」

 そう言うと祖父は振り返り、正と目を合わせて笑った。




◆◆◆◆◆◆◆




 あの時の祖父の笑みは今でも覚えている。



「迷ったね…」

 何となく呟いてしまった。



「ここは、さっきも通ったな」

 瑛君も同じ感覚らしい。



「この森って本当は迷路なのかなぁ」

 その線もありうる。



 僕らは先ほどから、何度も同じ道を行っているような気分に襲われていた。もしかしたら、ただ単に森慣れしていなくて、そう思えるだけかもしれない。だって木の後に木、そしてまた木、木木木木木木木木なんだから。まぁどっちにせよ、瑛君はイライラしている。落ち着け天才。



 明日見さんを含め、二人は困り果てた様子だ。まぁ僕が困ってないわけじゃないけどね。とは言え、案がない事もなかった。爺ちゃんの受け売りだけど。




「ねぇ、二人とも」

「ん?どうした」

「何ー?天野君」



 二人は後ろを振り返って僕を見る。なんだか、見られると緊張って言うか、話にくいなぁ。いや、でも言わないと。勇気を振り絞れ。



「えっとね、まだ暗くならないうちに木とかを集めて、取り敢えず、今日は火を起こさない?」

「火、火ですか!」



 そんなに驚かないでよ。



「それもそうだな。暗くなってから明かりを欲しても間に合わなさそうだ」

 二人ともすんなりと聞いてくれた、声裏返ったりしてなかったかな?



「じゃ、じゃあ瑛君は木の枝を、明日見さんは葉っぱを沢山、僕はどこかに良い場所がないか探してみるよ」

「追加の分も集めないとな」

「葉っぱ拾いは好きだよー!」



 二人は内容にも同意してくれたらしい。なんか、リーダーっぽくて結構気分が良い。そんな器ではないけれど、気分は悪くない。



「よし、それじゃあ決まりだね」

「俺はあっちを探してくる。適度に声を掛け合って互いの位置を確認しよう。戻ってくる場所はここで、じゃあ解散だ」



 そう思っていたら瑛君にその先の指示を全てされてしまった。リーダー期間は終了してしまったらしい―――早すぎるよ。



 その後すぐに僕らはそれぞれ別々の方向へと探索を始めた。



 一本道の周りを散策してみると、まだあに生えた木々の間にはチラホラと妖精だったり小動物の様な生き物が多くいることが分かった。気持ち悪い虫の巣窟や、巨大な魔物みたいなのを想像していたが、全くの予想外れで、それらはどれも見たことはないが、可愛いものばかりだ。モフモフした毛玉のようなやつもいた。



 そんな中、一本道を少し離れたところを散策してみると、急に生き物が増え始め、一つ気になることが出来た。今日は冴えているかもしれない。



 この付近になって急に増えたってことは…。 



「もしかして」

 僕はその考えを試してみようと思い、声を張りあげる。



「おーい!少し先に行ってみるよ!」

 うっへ、喉嗄れそう。



「分かったー!ちゃんと道覚えといてねー!」

「気を付けていけよー!」

「大丈夫だよー!」



(よし)



 小動物が遊びまわる中を抜けて、草木を掻き分けていくと段々と音が聞こえてきた。ちょっと急ぎすぎて、地面から生えて土からむき出しになった根や、少しばかり大きい石につまずきそうになったが、そんなことは今どうでも良い。予想通りかもしれない。そんな気持ちの方がなんだか嬉しくて、必死でもう少し足を進めてみると、遂に開けた場所に出た。



 そこには、淡い青の見える程透き通った水が流れる川と、その川を大きく打って音を出す雄大な滝が水しぶきを起こしていた。しかし、水音は激しいというわけでもなく、何だか耳にしっかりと入ってくるが、静かで優しい音だった。そして、何とも言えないくらいに綺麗だと感じたのは、この一帯を光る妖精達が、様々な色に変化しながら飛び交っていることだった。川の中にいる不思議な生き物達も、その光に当てられて嬉しそうに動いている。これは二人にも知らせるべきだ。



「おーい!二人とも!ここなら休めそうだよ!!」

 僕は大声を出してみたつもりだが、二人の返事は聞こえなかった。

「あ、あれぇ…?」



 しょうがないのでもう少し奥にある、、例の滝の方へ行ってみることにした。綺麗な空気が漂っている。鼻の奥が湿気のようなものを帯びて、呼吸がしやすい。



 この辺りは人は一人もいないのではと思われるほどに静かだ。滝と風の音以外は何も聞こえない。しかし、薄暗くなりそうな中、夕焼けが照らす幻想的な景色の中、そこには一つの人影が見えた。



 その姿はあまりにも美しかった。


 

 夕焼けを背景に、とても綺麗に見える人影。



 その人影はこちらへはまだ気づいていないらしい。目を凝らそうとしても顔立ちが整っていることと、そのシルエットから服を着ている最中であるということくらいしか認識できなかった。多分今の所は真っ裸だ。



 あれ、これまずくない?でもね、

「き、綺麗だ…」

 僕は無意識に口が動いていた―――うん、綺麗だったんだ。本当に。



「声?一体どこから」



 僕の声に気づいてしまったらしい。一通り辺りを見回した人影と、目が合ってしまった。それにこの声色からして明らかに女の人だ。よく通る声で、でも何だか弱さを持っている、落ち着いた声。やっぱりまずい、このままではまた、着替えを覗いたなどと変態の様になってしまう。



「あ、いや、そのぉ。初めまして…」



 とりあえず何か言おうとしたのだが、挨拶以外は何も言葉が出てこなかった。



「貴様は何者だ…?見たことない格好をしているし、ここは民間人が簡単に立ち入れるような場所ではないはずだ。パルナの素質でもなければ不可能に近い。……改めて聞こう、何者だ?」



 彼女の表情は困惑に満ちている。



 しかしこちらも同じく困りものだ。まず知らない単語が出てきた気がする。英単語で一度見たことあるけどなにか思い出せない的な感じのやつだ。あぁ、高い声が確かパルナとかそんなこと叫んでたっけ?



「えーっとですね、話せば長くなるのですが」

「端的に答えてくれ」



 彼女のその口調はとてもきつい、

「ごめんなさい。気づいたら異国者です」

 あまり嘘をつくのが得意ではないというのとただの恐怖心から、包み隠さず全部話したつりだ。だから、優しくしてください。



「…気づいたら?」

「はい、気づいたらです」



 彼女の顔は完全に曇っている。どうやら少し悩んでいるようだ。そりゃそうだ。誰がこんな話を信じるものか。



「そうか、ふむ。これ以上ふざけたことを言えば、貴様を我が国で拘束させてもらう。得体がしれないものは危険だ」

「え、ちょ、拘束!?いやいやちょっと待ってくださいよ!僕は別に怪しい人じゃないし、むしろここがどんな場所とかも知らなくて、本当にこの世界自体何がなんやら…」



「戯言も大概にしておけ」



 ですよねぇ。信じてもらえませんよねぇ。



 すると彼女は僕の方へと迫ってきた。



 顔をよく見てみると黒髪に青色の瞳をしている。顔立ちもハーフの様な感じだが、日本語の流暢さを考えると外人ではないに違いない。というか、元々異世界なんだろうけど、日本にあったから日本語なのかな?いや、この際言語はどうでも良い。



 僕にとって今重要であることは、彼女の見てくれがどう考えてもまだ下着のような格好ということだ。ブラジャーとパンツ。うん、マントみたいなの羽織ってるけど丸見えですよ?少しは恥らってくださいよ。こんな優しそうな少年でもそんなグラビアなボディ見せられたらオオカミ少年から進化して本物の狼に。



「おい」

「は、はひひいん!?」



 志向が完全に思春期の世界へ行っていた僕は、一気に現実にも脅される。外はまだ薄暗くなりそうな程度で、彼女の身体つきまでは完全に把握できる。流石に僕も暗くなるのをひたすらに願った。しかし、そのまま彼女は僕の顔を両手で持ち自分の顔へと近づけてくる。



「へ、へ?ちょっと何をして」

「黙っていろ」

 そう言うと彼女はいきなり口付けをしてくる……なんてことは全くなく、僕の頭を念入りに調べ始めた。



「あ、あれ?」

 物凄く髪の毛ををワシャワシャされている。



「あ、あのー。何してるんでしょうか」

「なるほどな。頭は打っていないようだ。貴様、自分の名前は分かるか?」



「いや僕記憶喪失でもないんですけど」

「良いから名を何と言う」



「横暴な…。正って言います。」

 僕は少し疲れ気味に答えた。



「セイ?」

 この世界ではおかしな名前なのだろうか。いや、まともでしょ。だからそんなにジロジロ見ないでください。本当照れるって言うか、顔が真っ赤になってしまうというか、何かが立ちかけているというか。



「そう、天野 正です」

「アマノ・セイ…変わった名前だな」



 え、変わってるの?この名前??異世界ってのは不思議だ。



「え、そうですか??僕は結構普通だと思ってるんですけど」

「セイなんて名は初めてだ」



 彼女の目は純粋に輝いていた。



「あ、あなたは名前、何ていうんですか?」

 そう言うと彼女は少し嫌そうな顔をしたように思える。名前を名乗るのに抵抗があるというのだろうか。その感覚はよく分からない。

「私の名前は…ティエナ・ハートラストだ」

「え、え?てぃえな はーとらすとって言うんですか!?」



 多分横文字だろう。この世界の現状は未だに把握できそうにない。



「あぁ、軽蔑したければ軽蔑するがいい。憎みたければ憎むがいい。殺したければ殺そうとすればいい」

「え、いや、そう言われましても…」



 彼女の表情からは悲しみが見て取れる。何か理由があるのだろう。昔から人の私情にズケズケと足を踏み入れるのは好きではない。こういうのはいつだって、本当に手を伸ばすべきタイミングを見極めるか、相手が話してくれるのを待った方が賢明だ。もしこれで失敗したなら、僕にとってその私情は身に余るもので、どうしようもできないというのが最終的な解答になるのだろう。



 だから今は、当たり障りのない、初めての距離感の言葉で良い。



「えっと、ティエナ・ハートラストさん。僕はあなたの名前、素晴らしいと思いますよ。きっと優しい親だったんだろうなって思える名前かなって、完全に自分の主観になっちゃいますけどね」



 自然と笑みが出た。頑張れ天野 正。



「素晴らしい…名前?この名前がか?」

 彼女は信じられない様な顔をしている。

「はい、僕は好きですよ。ティエナさんの名前。何だか、凄く綺麗な名前です」



 僕がそういうと、彼女は少し呆然とした後に、クスリと笑い出した。



「あはは、君は案外優しいんだなアマノ…か?」

「いえ、名前は正です」



「そうかセイか。こっちの方が呼びやすいし良い名前だな。危険と判断したら直ぐにでも気絶させるつもりだったがその心配はいらないらしい。デリカシーもなかったようだしな」

 やっぱその気だったんですね。てか、恥じらいあったんですね。



 今頃になって少しマントで体を隠そうとする彼女の動きに、僕は少しだけ可愛いと思ってしまった。



「そればかりか会って間もないのに、勇気まで貰ってしまった。ありがとう。異国者というのは本当なのかもしれないな。失礼をしてすまない」

 墜ちたな、手ごたえありだ。人からの警戒心を解くのは、意外と苦手ではない。だが、何か色々まだ危なそうだし、もう一押ししよう。



「いや、僕はそんなたいそれた事はしてませんよ。それに、分かっていただけたのなら嬉しい限りです」



 こんなに紳士なんだから、気絶だけはやめてくれ。



「あぁ、良く分からないが本当に迷い込んでしまったのだろうな。たまたまパルナの素質があったようで本当に良かった。改めて、私の名はティエナ・ハートラスト。歳は十七だ」



 やはりパルナという何かがあるらしい。そしてもう一つ。



「え、同い年!?話し方からして年上かと…。よ、よろしくお願いします!」



 見えない、美人すぎるじゃないか。てか、滅茶苦茶可愛いのに同い年って、し、身長が彼女はそこまで高くないから、隣にいれる隙があるとするならば、そこぐらいだろうか?



「ん、なんだ?セイも十七なのか?では、普通に話しかけてくるといい。畏まる必要もないさ」



 カシコカシコマリマシタカシコー。



「確かにそうかもだけど、いきなり変えるのはなぁ。そ、それじゃあそうだな。てぃえなはこの先どうする?僕はここで火を起こして寝るつもりだけど。寝る場所はあるの?」



「どうすると言われても、私はここでは寝ないぞ、ちゃんと確保している。それに、その言い方でははまるで…」



 彼女の少し赤らむ表情を見て、僕は自分が自然と大変な事を言っていることに気づいた。いや、既に下着姿だけってでも大変なんだけど。



 「あ、いや!その、そういう意味じゃなくて。あのあのえっと、そう!他に友達がいるんだ!その人達と一緒に野宿するっていうか、それでこの場所を見つけたっていう…」



 僕はどうにかして弁明を図った。



「あぁ、なるほどな。そういう訳なら確かにここはもってこいの場所だ。ならばその友達とやらを早くここへ連れてきてやるといい。ここの空気はとても綺麗だ」



 納得してくれたようだ。友達最高。



「そうだ、二人を呼ばないといけないんだった。じゃあ、僕は一旦あっちに戻るよ。てぃえなは、どうするの?」

「私か?そうだな。君はこの世界にまだいるつもりか?」

「え、はい。そのつもりです多分」



 むしろまだ一日も経ってない。あと、帰り方も分からない。どうせなら良くしてほしいけど、彼女にだってやるべきことはあるはずだ。ならば、無理に頼ろうとすることはない。



「……なら大丈夫だ」

「え?」



 彼女は涼しい顔の中に笑顔をのせて僕へと言った。



「生きてればまた会える。能力者ならな。セイと会えて今日は幸せだったよ」

 そう言って挨拶を交わすと彼女は闇の深い奥の森へと消えていった。



「不思議な人だな…」



 数奇な出会いに感謝というか、驚くばかりであったが、また会えるのなら、それで良いだろう。何故か僕もそれを疑わなかった。彼女とは、絶対にまた会えるという気持ちが、どこかも分からないところから、ふつふつと湧き出している。



 その感覚が何なのかもわからないまま、再び僕は二人を、この出会いの場所に呼んでみることにした。

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