4話 『金龍』の巫女
『エルドゥグア』における千年戦争。
その名前の通り千年もの間、常に戦争状態だったのかというと、実の所そういう訳ではない。
事の始まりは聖暦13070年、四大亜人族の一角『ウンディーネ』の女王が、帝国と、とある王国の小競り合いに巻き込まれ命を落とした所から始まる。
『ウンディーネ』の若き王子は、今まで仲の悪かった他の亜人族との和解と同盟を結びつけ、原因となった帝国とその王国に宣戦布告をした。
始めの10年こそ、人間族対、四大亜人族の全面戦争という構図だったが、数で圧倒的に勝る人間族に亜人族は苦戦を強いられる形となり、戦況が優先と見るや否や帝国は共に戦っていた王国に対しあろう事か夜襲をかけてきたのである。
帝国の裏切りにより、千年戦争は今の帝国と、王国と、四大亜人族の三つ巴の構図となる。
そしてこの、後に語られる『グウェインの夜襲』から4年後、帝国と亜人族の両方から狙い撃ちにされた王国は、他の諸外国と連合を結び他の二大勢力を迎え撃った。
この連合はもともと、暴走を続ける帝国に対抗すべく様々な王国同士で何年も前から話し合いを重ねていたもので、事この状況により皮肉にも、予定よりも早く身を結ぶ結果となった。
聖暦13084年、かくして帝国と王国連合と四大亜人族による千年戦争は幕を開ける。
その後三つ巴の戦争は一進一退の末、休戦と開戦を繰り返し今現在に至る。
千年戦争の内、期間が10年以下の短い休戦が七度、10年以上50年以下の休戦が四度あったが、100年以上続いたものは後にも先にも一度しか存在しない。
古文書に伝わる『六災害』の襲来。
「『樹』は街を飲み、『金』は生き物を喰らう。
『雨』が穢れを流し、『炎』がそれを弔う。
『鬼』が産まれ、『星』が落ちたならーー、」
ーーー古文書より、一部抜粋
王国連合と四大亜人族の素早い行動により、『六災害』は『雨災』までで食い止める事ができたが、三勢力とも被害は甚大で特に帝国は、国土のおよそ4分の1を『樹』に覆われてしまう結果となった。
これが聖暦13904年、今から約100年前の事であり、千年戦争はこの30年後『六災害』の傷も癒えきる間もなく、再戦された。
そして今、聖暦14014年。
長きに渡り続く、鉄血の螺旋を断ち切るべく、勇者イヅルはこの世界に召喚される。
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というのはあくまでゲームの前書きであり、大まかなあらすじなのであって、まさか本当にこの世界に召喚されるとは。流石の創造主であっても流石に想像してはいなかった。
「あてててて…………。」
そしてまさか、自分が創造した、もとい憧れた理想のヒロインにこうして会えるとは、夢にも描いていなかった。
ただし、この状況を設定した自分を、イヅルは少し呪った。
だれが言ったのだろうか、空から降ってるヒロインが好きなどと。
遥か上空から降ってきた彼女は、イヅルを真上から押しつぶしていた。
「………………。」
「て、うわぁ!!!!」
少女はイヅルの上から飛び退く。そして、
「何だか冴えない人を下敷きにしちゃった!!!」
失礼極まりないセリフをうつ伏せに潰れたイヅルに投げつける。
「あっ!!!初対面の人に冴えないとか言っちゃった!!
ごっ、ごめんなさい!!」
「謝るとこ、そこじゃ……ねぇだろ……。」
勢いよく、そして潔く頭をさげる彼女に、イヅルは体を起こしながら食いさがる。
「はっ!!確かにそうですね、まずはお礼をしなければ!私の座布団代わりなっていただきありがとうございます。おかげ様で私は無事です。」ぺこりっ
「いや、お礼もいらない……。人の上に落ちてきた事をまず謝れ……。」
一体だれだよ、こんな失礼というか頭の足りないヒロイン作ったのは。なにを隠そう、イヅル本人である。
「あっなるほど、そっちでしたか。その節はどうもごめんなさいでした。」ぺこりっ
肩まで伸びた金髪が揺れる。黒く輝く水晶の髪留めに、灰色のローブ。そしてその胸の辺りにおわすは、悪しき『金龍』のブローチ。
彼女こそ、萩野一鶴が想像し創造した物語のメインヒロイン。
サーシャ・ララクロイツである。
「私、メリダと言います。よろしくね座布団代わりさん!!」
「誰が座布団代わりだよおい。」
「はっ!!また失礼な事を!!!」
驚いた顔に右手を上げる癖まで、まさに設定した通りであった。
「………。ふー、俺はイヅル。よろしくなサーシャ。」
「へっ??」
「……っじゃなくて、メリダちゃん!!」
危ない危ない、彼女は偽名を名乗っていたのについ癖で本名で呼んでしまった。
「はいっ!よろしくお願いしますイヅルくん!!」
本人は気にしていない様である。おバカ、もとい天然設定でよかった。
ゲームの中と現実に起きていることの差に若干戸惑いつつ。こうして、この世界の主人公とヒロインの出会いが始まる。
コマンド選択とリアルコミュニケーション、一歩間違えれば物語の進行まで変えてしまいかねない。
「………………。」ジーーーーー
「??なっ、何かな?」
サーシャ、もといメリダがイヅルの顔をジッと見つめる。
「黒い瞳……。珍しい色ですねイヅルくん。」
「ん??そうか……?。この世界って黒い目の方が珍しいんだっけ?」
何分イヅルも『エルドゥグア』の世界を体感するのは3年ぶりの事である。そこまで細部に渡り、覚えている訳ではない。例えば、村人Bの家族構成なんかとか。
「この世界??」
おっと、失言。
「まるで別の世界から来たみたいな台詞ですね。」
変な所で察しがいい。全く、普段はアホな癖にこういう所はよく気が回る。
「えっと……。そう!こっちの大陸に来るのは初めてでさ!!やっぱり西と東とではちょっと違うじゃん??」
「ふぅぅぅうん……。」
ここ『ミルスの森林』は四つの大陸の内、最も小さな東の大陸の最北端に位置する。
東の大陸は主に、王国連合の所有地で、南方に広がる火山群に四大部族の一部がいるだけの比較的に安全な島である。
「西の大陸から来たって事は……、もしかして帝国の関係者か何かですか??だとしたら私、急いで逃げるべきかも……。」
「いやっ別にそういう訳じゃ……。えっと……??」
あまり余計な事を言うと、後々何か問題があるかも知れない。だからあまり深くは喋りたくないのだが……。
「まぁ、訳ありって感じですね。お互い深くは聞かない様にしましょう。」
かくいうイヅルは、物語の設定上、記憶を失くした異世界からの訪問者であり、彼と彼の仲間達がその運命に向き合うのはまだまだ先の話のはずなのだから。
この段階でそれを理解している主人公自体すでにイレギュラーなのに、ヒロインにバレてしまっては萩野一鶴の創造した物語が根底から覆ってしまいかねない。
「そうしてくれるとありがたい……。」
「そうですよ。人には誰しも他人に言えない過去というものがありますしね。」
「そう、だな…。」
「かくいう私も、『金龍』の巫女だなんてとてもじゃないけど、人には言えない使命がありますしね。」
「えっ?」
「はっ!!!」
やはり、少し天然に設定しすぎたかも知れない。
彼女は今、この『エルドゥグア』に於いて最高機密事項に名を連ねる情報をゲロったらのである。
語らせてもいないのに、落ちた。
「あぁぁああぁぁあああぁぁああぁぁあああぁぁあああぁぁあぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあぁぁぁあああぁぁあああぁぁああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁああ!!!!!!」
しかしこのアクシデントも勿論、イヅルは知っていた。何せ創造主ですので。
「いまの無し!忘れて下さい忘れて下さい!!!無し無し無し無しナシナシなしナシ無し!!!」
あわてふためくサーシャを見て、少しイヅルは安心した。
そのその彼女のこのうっかりは最初の自己紹介で済まされはずのイベントで、偽名を名乗られた時、本筋がズレてしまったのかと少し焦ったくらいだ。
「あぁぁあああぁぁあああぁぁああ………。やっちゃった……。どうしよう……。」
そして彼女のこのうっかりからこの序章は動き出す。
「どうしよう…。いやっ……そうだ。そうしよう!!」
「??」
膝をつくサーシャは顔をあげ、改めて自己紹介をする。
「先ほどの自己紹介は嘘です!大嘘!!騙されてやんのバーカバーカ!!」
不当な扱いを受けてはいるが、イヅルはぐっと堪えた。本当はその金髪にチョップを入れてやりたい所だが、せっかく動きだした本編に水をさす訳にはいかない。」
「私の本当の名前は、サーシャ・ララクロイツ。悪しき災厄にして万物の王『金龍』の巫女!!」
『六災害』の一角。
『金災』のエラム。
生きとし生けるものを喰らい、万物を黄金に変える厄災。
「よろしくね!!共犯者さん!」
そしてその災厄を司る巫女と、戦争を止める為に召喚された勇者の密約が交わされる。
「共犯者??」
「そうです!!」
『金龍』に愛されし娘が笑う。
「一緒に世界を征服しましょう!!!」
その心臓の鼓動を狙う世界に対して、彼女の反撃が始まる。
ただ一つズレた、創造主の筋書き通りに。