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メイプルロード  作者: いてれーたん
閉じた花蕾
96/110

遠ざかる

※暴力・失禁描写があります。

 

 慣れない体勢と硬い床のせいで、目が覚めて最初に感じたのは全身の違和感だった。腕を身体の後ろで縛られているため、寝返りもろくに打つことができない。寝違えなかったのはある意味奇跡だろう。


「楓さん、起きた?」

「うん、いてて……布団のありがたみがわかるよ」


 すでに起きて座っていた委員長に助けてもらいながら身体を起こして一息つくと、昨日よりも空腹感が強くなっている。もちろん、差し迫っているのはそれだけじゃない。ずっと横になっていたとはいえ、ここに連れてこられて半日は経っているのだ。


「外、何とかして出られないかな……」

「それは無理だと思うけど」


 あっさりと委員長に否定されてしまう。でも、生理現象を抑えるのは限界があった。


 履いているジーンズの上から太いセロファンテープでぐるぐる巻きにされているので、膝を屈伸させて後ろ向きにフローリングを移動する。そうやってドアの近くに辿り着くと、ドン!と勢いよく蹴った。


「ちょ、何してるの!?」

「何って、鹿角に気づいてもらわないと、ここを開けてもらえないし」


 委員長が驚くのも構わずに、俺はドンドンと容赦なく大きな音を立てる。あわよくばドアを蹴破られればよかったが、この身体にそんな力はない。体力の消費は極力避けたかったが、今は人としての尊厳がかかっている。


「うるさいな、何事だ」


 ドアの向こうから鹿角の声が聞こえ、俺は蹴るのをやめた。すぐに鍵の開く音がして、鹿角が部屋の中に入ってくる。


「ふん、やっと起きたようだな。よく眠れたようで何よりだ」


 皮肉たっぷりに言い放つ鹿角に、できれば蹴りを食らわせてやりたかったが、それは後だ。


「早くこれを解けよ」

「ククッ、お前は何を言っているのかわかっているのか?」

「お前こそ何をしてるのかわかってるんだろうな?」

「ああ、わかっているとも」


 鹿角は不意にしゃがみ込んで、ずいっと俺のほうに顔を近づけた。


「お前は人質、あいつとの交渉材料だ。だが、同時に研究対象でもある。お望みならすぐにでもひん剥いて、隅から隅まで調べてやるぞ」

「研究対象だって?」


 人質、そして研究対象。こういうときは大体の場合、巨額な身代金とかを要求するものだと思うけれど、研究対象という言葉にはいまいちピンと来ない。


「わけのわからないことを言ってないで、早くこれを解け」

「お前を自由にするわけないだろう。これは俺の悲願の研究成果を横取りした、あいつへの復讐なんだ。それにはお前という存在が不可欠なのさ」

「私怨に俺を巻き込むな。そもそもあいつって誰だよ?」

「決まっているだろう、お前の生みの親――北見樹だ」

「……おじさん?」


 一体どういうことだろう。おじさんと鹿角は、俺の盗撮事件のことがあって、学校で顔を合わせることはあった。もちろん、それ以前に知り合いだったとは聞いていないし、おじさんの言動にも初対面だったことが窺えた。


「北見樹は俺が通っていた大学の後輩だ。俺も元々は医学者志望だったんだ。まあ、俺が卒業した後にあいつが入学して来たから、顔を合わせたことはなかったがな。それでも俺はあいつのことを一方的に知っていた。あいつは俺が成し得なかった研究を完成させ、医学界で注目を浴びた男だからな」


 つまり、元々は鹿角が研究していたものを、おじさんが引き継いで完成させたってことか。それを横取りって言うあたりは、いかにも自己中心的な鹿角らしい。


「医学界に一目置かれる卒業論文を発表したあいつと、研究が完成せずに滑り止めの高校教師になった俺の差はどうだ? まさに天と地ほどの違いだよ」

「そんなのはただの逆恨みだ。諦めずに研究を完成させたおじさんと、完成前に諦めたお前を比べるんじゃない」


 ――――パンッ!


 俺が台詞を言い終わった瞬間、部屋の中に乾いた音が響いた。


「楓さん!」

「……人形が、過ぎた口を利くんじゃない」


 左の頬がじんじんする。口の中が切れたのか、鉄臭い味がした。そこでようやく、鹿角に叩かれたのだと認識が追いついた。


「知っているぞ。お前はあいつに作られたクローンだと」

「なに……!」


 鹿角が俺の髪を掴み上げ、委員長に聞こえないように耳元で囁く。おじさんは確かに以前、俺の身体がクローンや記憶の継承など、世間的には未公開の技術で作られたものだと言っていた。鹿角が奪われたという研究の成果がその技術のことなら、俺がクローンであることも察しがつくはずだ。


「クローン人間の製造が広まれば、世界中で大きな問題になる。倫理を無視して製造に至った北見は、医学界から追放されるだろう。俺はその研究の後釜となり、お前を研究材料の人形として弄んでやるのさ」

「そんなの、上手くいくわけないだろ」

「いくさ。クローン技術はそもそも人間を作ってはいけないという、倫理的な規制のあった分野だ。俺はお前の存在と、北見のやったことは悪だ間違っていると、声を大に叫べばいい。確実に北見を医学界から引きずり降ろせる。お前も世間からはクローン人間という異物として、一生後ろ指を指されることになる」


 俺が禁忌の存在ということは重々承知の上だ。鹿角が言うように、世間が知れば騒ぎどころでは済まないだろう。事故で死んだ身なら、こうして生きていてはいけない。けれど、おじさんは俺にもう一度、命をくれた人だ。その人を貶めようとする奴が目の前にいるなら、見過ごすわけにはいかない。


「そうやって他人の足元を見ないと、自分じゃ何もできないんだな」

「……何だと」

「おじさんは自分のためじゃなくて、誰かを助けるための研究をしてたんだ。だから俺はここで生きていられるし、例え後ろ指を指されて生きることになっても、おじさんへの感謝は変わらない。世間の倫理観なんて関係ない。お前みたいな私利私欲での研究とは根本的に違う」


 バチン、と再び頬をぶたれる。その拍子に掴まれていた髪を離され、俺は床に倒れこんだ。


「言わせておけば、調子に乗りやがって」

「……手を上げるってことは図星なんだろ? そんな子供みたいな思考で、医学者志望やら教師やら聞いて呆れる――ぐふっ!」


 横になった俺の身体を、鹿角が勢いよく踏みつけた。身体はガリガリのくせに、想像したよりも重い一撃を食らい、思わずうめき声が漏れる。


「く、そ……」


 今の衝撃で、我慢していた生理現象が鎌首をもたげる。痛みはもちろんだが、こんなところで痴態を晒すのはごめんだ。でも、縛られて転がされた俺には、ただ鹿角の足蹴りを耐えることしかできない。


「センセ、抜け駆けはずりぃよ。オレらに散々お預けさせといて」


 さらに悪いことに開いたままのドアから、今度は数人の男子たちが部屋に入ってくる。


「……すでに北見には脅迫の電話を寄越した。研究成果をすべて俺に譲渡するならば、クローン製造の事実を世に広めず、お前を無傷で返してやるとな。あいつはその条件を呑んだが――――どうやら俺のほうが約束を守れそうにないな」

「けほっ」


 最後に一蹴りして、鹿角は男子たちと入れ替わるように俺から離れていく。


「センセも鬼だなぁ、ここまでやらなくてもいいのに」

「お預けもお終いだ。好きにやれ」

「おう、マジっすか。じゃあオレがヤッちゃおうっかな」

「へへへ、だったらオレも手伝うぜ」


 鹿角の一言に男子たちが表情が変え、横たわった俺の周りに群がってくる。


「これ切っちゃっていいっすか? 服脱がせんのに邪魔だし」

「構わん。解いたところで逃げるような体力もないだろう。自由にやれ」

「手じゃ切れねえな。おい、カッターかハサミない?」

「確かカッターがあったぜ」


 男子の一人がそう言って、部屋の外に出ていく。鹿角は部屋のドアの近くの壁に背を預けて、俺が弄ばれるのを見届けるつもりのようだ。その間も、上着のボタンが一つずつ外されていった。


「やめ、っ、何して……」

「初々しいのがそそるねぇ。おら、早くベルトも外せよ」

「色気がねぇなあ、ズボンなんて。スカートだったらすぐにでも始められるってのに」


 言いながら、力任せに俺の身ぐるみを剥がしにかかる。ベルトを思いっきり引っ張ったり、上着を左右に開かせてボタンを千切って。ただただ乱暴だった。その先にある欲望の対象も察せないほど、俺も子供じゃない。


「やめろっ、こんな……くそぉ」


 大勢に押さえつけられて、俺の周りだけ光が遮られて暗い。抵抗も碌にできず、簡単に上着をぼろぼろにされ、シャツの内側に手を入れられる。侵入してきた手のひらは打って変わって、不気味なほどに優しくお腹を這いまわった。


「うぐぅ」

「いいねぇ、すべすべしてて最高」

「おいおいせっかちだな。剥くのが先だろ」


 俺の後ろに回った男子はそう言いながら、俺のシャツの首を力任せに広げ始める。ミシミシと糸がきしんで、肩が出せるくらいに生地が伸びた。まざまざと力の差と、数でも敵わないことも見せつけられて、恐怖で身体が動かなくなる。


「げふ!」


 そのとき、俺の前に陣取ってお腹に手を這わせていた男子が、潰されるカエルのような声を出して横に倒れた。その反対側には委員長がいて、男子に向かって足を突き出していた。


「楓さんに乱暴しないで!」

「いいんちょ……」


 脅威が撃退されたことで、情けなくも俺は安堵してしまった。それはあくまで一時的なものだったと、すぐに知ることになる。


「もう一人ノーマークじゃねえか、気をつけろ」

「ちっ、やりやがったな、クソアマが。いいぜ、オレが相手してやる」


 蹴られた男子がすぐさま起き上がり、反撃とばかりに委員長へ飛び掛かる。委員長は俺と違って足が自由な分、かなり暴れて抵抗していたが、カッターを取りに部屋を出ていた一人が帰ってきて、二人がかりで押さえつけられてしまった。


「離してっ、この」

「暴れんなって、無駄なんだから」

「おら、怪我するぜ?」


 委員長にカッターの刃が向けられる。さすがの委員長も暴れるのをやめて、忌々しげに男子たちを睨みつけた。男子たちはそれを無視して、新しいセロファンテープを取り出すと、委員長をきつく縛り上げる。


「覚えてなさいよ。楓さんを傷つけたらただじゃ済まないから」

「別に傷つけたいわけじゃねえよ。できるだけ優しくしてやろうと思ってんだから。けど、暴れられたら怪我するかもしれねえぜ?」


 委員長にカッターの刃を向けていた男子は、俺のほうに振り返ると、その切っ先を俺のほうに向けてきた。


「ひっ……!」

「じっとしてろよ。間違えて肌を切られたくねえだろ?」


 そう言ってカッターを持った手を服の中に入れてくる。内側から刃を突き立てて、切っ先をわざと俺の顔の近くに出す。もし抵抗して暴れて、カッターの刃が頬に当たったら? 手元が見えない服の中で、お腹や胸を切りつけられたら?


「いや、いやぁ……」


 抵抗しなければ、服はどんどん切り刻まれていく。けれど、下手に動けば怪我をしかねない。恐怖がただ積み重なって、俺の中の限界を超えてしまった。


「おいおい、マジかよ」

「うわっ、あー、そうくるか。そうだよねえ、怖いんだよねえ」

「あ、あああぁぁ……」


 溜め込んでいたものが決壊し、ズボンを濡らして床に広がっていく。恐怖で身体が動かず、緩んだ栓を止めることもできない。


「そういえば半日以上はここから出していなかったな。しかし、高校生にもなってお漏らしとは……ククク」

「……っ ぅ」


 鹿角が軽蔑するように言ったが、俺は何も返せなかった。羞恥のあまりに眩暈を起こして、周りがどうなっているかもわからないくらい、視界が歪んだ。


「ねえねえ、北見って処女なの? オレたちに教えてよ」

「言わないなら、オレらが直接確かめるぜ? まあ、教えてくれてもそうするんだけど」

「ぅ、うぅぅ」


 下品な言葉にも、まともに反論できない。すでに痴態を見せてしまった以上、抵抗する気力も削がれていた。


「このっ、この!」

「くっ、往生際の悪い女だな!」


 その横で委員長が必死に身体を捩じって暴れ始めた。鹿角を除いて男子は三人。俺に二人ついているから、委員長を抑えているのは一人だけ。縛られているとはいえ、芋虫のように激しく身体を動かされると、一人だけでは抑えられなくなったようだ。


「ちっくしょ、おい、どっちか手を貸せ!」

「いいところだってのに、しょうがねえ」


 俺のお腹を触っていた男子が、すっと離れて委員長へ歩み寄る。その手には俺の服を切り刻んだカッターが握られていた。


「じゃじゃ馬のほうを優先的に躾けねえとな」


 再びその切っ先を委員長に向けて脅す男子。でも、今度はそれに怯まずに、委員長はカッターを避けて手にがぶり!と噛みついた。


「ってえ!」


 男子が引っ込めた手を見ると、くっきりと歯形が残っている。時間は一瞬だったが、相当な力で噛んだらしい。男子はと言えば、思わぬ抵抗を受けて逆上していた。


「舐めやがってこのアマァ!」

「ぐ!」


 次の瞬間、男子は委員長の腹を勢いよく踏みつけていた。それも一度だけではなく、幼子の地団太のように何度も踏みつける。そのたびに委員長の口から呻き声が漏れた。俺の目の前で、委員長が痛めつけられていく。


「おいおい、それぐらいにしとけって」


 委員長を背後で押さえつけていた男子が宥めて、ようやく踏みつけるのをやめる。息を荒くしながらしゃがみ込み、もう一度カッターの刃を委員長に向けた。


「こいつには身の程をわからせねえとな……」

「……っ」


 また避けて手に噛みつくにはリスクが高い。二度目の手はさすがに通用しないだろう。その代わりとばかりに、委員長は男子の足元に向かってぷっ!と唾を吐きかけた。


「まだ足りねえか――!」


 カッターを下げて、男子は顔を真っ赤にしながら足を後方へ振りかざす。ちょうど、サッカーでシュートをするような蹴りの構え。踏みつけと違って勢いをつけた蹴りを食らわせる気だ。委員長も思わず目を瞑ったのがわかった。


 そこまで考え着いてからか、それとも蹴りの構えを見て衝動的にそうしたのか――――どちらにしてもどうやったのかはわからないけど、俺を抑えていた男子を振り解いて、委員長と蹴りを繰り出す男子の間に飛び込んでいた。


「楓さん!?」

「いづっ――!?」


 よほどの勢いだったのか、蹴られた俺の身体が少し飛んだ。男子はその衝撃で足を痛めたらしく、顔を顰めて片足をつく。俺はそれを視認するのがやっとで、床に身体を転がしたまま動くことが出来なかった。蹴りが鳩尾に入ったせいか、呼吸ができなくて苦しい。


「ぁ……が……」


 息が吸えないまま、身体の端のほうから徐々に感覚がなくなっていく。視界が暗くなり、今度は周りの音も遠ざかっていく。委員長が身体で俺を揺する感触と、何か騒がしい音が聞こえてきたのを最後に、俺の意識は再び暗闇に沈んだ。

 

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