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メイプルロード  作者: いてれーたん
閉じた花蕾
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悪魔の声

※あまり穏やかでない内容の発言が出ます

 

「北見楓か?」


 笑いながら、電話の向こうにいる男はそう言った。どうしてお前が、と思わずにはいられない。よりによって委員長の携帯電話から、鹿角先生の声が聞こえてくるなんて、何かの間違いだと考えるのが自然だった。


「間違いないみたいだな。そのまま聞け」


 いつしか俺は歩みを止めて、電話から聞こえる声に注意を払っていた。その目の前で、俺が乗るはずだった帰りのバスが到着する。


「今から指示する場所に来い。背いた場合は、今この場で痛めつける」


 誰を、というのは言わなかった。そんなの状況から察するにわかりきっている。委員長の「助けて」の意味がようやくわかった。


「電話も切るな。お前との連絡が切れた瞬間、こいつの命はないぞ。わかったら返事をしろ」

「……わかりました」


 教師が生徒を脅すのか。言ってやりたいことはたくさんあったけれど、下手なことを言えば委員長に危害が及ぶかもしれない。俺はひとまず鹿角の言葉に従って、停車したバスを目の前にUターンする。再びペイスの中に戻って人込みをかき分けながら、指示された場所へ向かった。


 二階へ上って辿り着いたのは、立体駐車場だった。まだ夕方だが、屋根があって蛍光灯もまばらなせいで、すでに夜なのかと思うほど薄暗い。


「今から言う車を探して乗れ。ナンバーは――」


 車のナンバーと車種、色を聞かされる。探してみると、その車は奥の隅に停めてあった。すでにエンジンがかかっていて、いつでも出発できる状態だ。後部座席にはスモークが張られていたが、運転席には誰かが乗っている。近づいてみると、それは今も俺と通話をしている鹿角だった。


 俺は緊張に喉を鳴らした後、運転席の窓をノックした。鹿角は電話を切り、後部座席のほうを顎でしゃくった。


「早く乗れ。お友達の悲鳴を聞きたくなければな」


 鹿角が不敵な笑みを浮かべて脅す。助手席には別の若い男が座っていたから、おそらく委員長はスモークのかかった後部座席にいるんだろう。俺は迷った挙句に頷いて、後部座席のドアを開けた。


「っ!?」


 不意にドアが勢いよく開いて、中に潜んでいた男が硬直していた俺に手を突き出した。その瞬間、バチリと痛々しい音が聞こえて俺の視界がフラッシュした後、かくんと膝が折れた。


「か、はっ……」


 身体を貫く痛みに顔を歪めていると、頭から黒いビニル袋を被せられる。視界が奪われた俺はそのまま抵抗もできずに車に押し込まれ、手足を縛り上げられた。


「か、楓さん?」

「おら、もっと奥に詰めろ。出していいぞ、センセ」


 委員長の声と、聞いたことのない若い男の声だ。間もなく車が動き出したが、俺はまだ身体を動かせない。縛られているだけではなく、全身が痺れていて指もうまく動かせない。そのうちに袋の中が酸欠になってきたのか、俺はゆっくりと意識を失った。








 次に目覚めたとき、俺はフローリングの床の上に横たわっていた。視界のピントが合うようになって最初に映ったのは、間近にあった委員長の顔だった。


「しっ、静かに」


 委員長は声を潜めて言った。俺はいきなりで戸惑いながらも、それに従う。目だけを動かして周りを見ると、どうやら知らない部屋に連れられてきたようだった。


「あまり大きな声で話すと、隣に聞こえちゃうから」

「……鹿角がいるってこと?」


 俺の問いに委員長は頷く。ごろんと寝返りを打つと、ドアが一つだけある。その外からは何やら談笑する男たちの声が聞こえていた。


「みんな、楓さんが起きるのを待つつもりみたい」

「みんな? そういえば、鹿角に加勢してる奴もいるのか?」


 もう一度寝返りを打って委員長のほうを向く。俺の記憶が正しければ、鹿角は運転席にいたはずだ。後部座席のドアを開けて俺に攻撃してきたのは別人だし、車の中では若い男の声も聞こえた。確かセンセって言ってたけれど、鹿角のことだろうか?


「楓さん、靴箱にあったラブレターを全部捨てていたでしょう? あれが男子の間では結構な恨みを買ってたみたいで……それを鹿角先生が焚き付けたらしいの」


 こっちのことを考えずに勝手に入れておいて、断られたら逆恨みするとは自己中極まりない。けど、無関係な人たちからも見えるようなゴミ箱に捨てていたのも失敗だったかもしれない。その中から粗方の目星をつけて、鹿角が俺に恨みを持つ生徒をかき集めた可能性も大いにあった。


「つまり今、隣にいる連中は寄ってたかって俺を貶めようとしてるってことか」

「……ごめんなさい」

「なんで委員長が謝るんだよ。俺と同じ被害者だろ」


 彼女も俺と同じように、後ろ手に縄で縛られている。俺とは違って足は自由だが、待遇としてはほとんど同じようなものだった。少なくとも鹿角に手を貸しているようには思えない。でも、委員長はゆっくりと首を左右に振った。


「半分はそうだけど、半分は違うの。私も楓さんに迷惑をかけた一人だから」

「俺に電話をかけるように、鹿角に脅されてやったんだろ? それは仕方ないよ、俺も責める気はないし、元は結局鹿角が全部悪い」


 きっぱりと言うが、委員長は顔を伏せたままだった。どうやらかなり気に病んでいるようで、俺もこれ以上はどう言っていいかわからずに沈黙していると、部屋に一つしかないドアに誰かの足音が近づいてきた。はっとした委員長は、すぐに俺を庇う位置に自分の身体を動かした。


「伏せて目を瞑って。いい? 何があっても、絶対に寝たふりを通して」


 委員長は、と俺が聞き返す前にドアが開いたようだった。ぎしりと床が僅かに軋むのが、背中越しでもよくわかった。さっきの話声と足音の数から考えるに、鹿角を含めて三人くらいか。


「どうだ、もう起きられるんじゃないか?」

「……」


 鹿角が俺の様子を聞いてきたようだが、委員長は何も言わない。代わりに俺の背後で、委員長の髪が揺れる気配がした。


「まだ起きんのか。さすがに居眠りが目立った生徒ではあるな」

「いやいや、俺らも居眠りくらいするし。つか、お前がスタンガン強く当てすぎたせいなんじゃねえの?」

「んなわけねえよ、車に乗せたときは動いてたんだから。寝たふりでもしてんじゃねえか?」


 がやがやと煩い声でよく喋る。本当に眠っていたとしても起きてしまいそうだった。この三人が来る前に気がついて、委員長と話せたのは運が良かったんだろう。


「あーあーつまんねえなー、北見を好きにできるって言うから手を貸したのに」

「もうあんまり時間がないんじゃないの? なあ、とっとと起こしてヤろうぜ」


 背中越しに思い思いのことを言い始める男子たち。あまり考えたくはないが、身の危険が迫っているのは確かだった。


「まあそう慌てるな。ここがバレることはないし、今後も秘密裏にやるつもりだ。お前らも徹底しろよ? そうすれば時間は無限にある」

「そこは注意するけどさ、でも本当にバレないんだよな?」

「駐車場のあの一角は防犯カメラがない。こいつらの携帯は全部ぶっ壊してるし、現場に痕跡を残していないのも確認済みだ。誰も俺たちが誘拐したとは気づかんさ」


 わざわざ俺を駐車場の端に呼んだのはこのためか。委員長を人質にして俺を誘き寄せて、しかも俺と電話を繋げさせたことで、一時的に他への連絡をできないようにしていたんだ。やはり突発的なものじゃなく、鹿角が念入りに計画を立てて起こしている犯行のようだ。この部屋もその過程で準備したものかもしれない。


「けどさ、もう事は起こしてるんだし、お預けは意味がなくね?」

「お楽しみは後になるほどいいだろう? それに俺の目的がまだだ。少なくとも目処がつくまではこのままだな」


 男子たちはまだ不満を口にしていたが、その場を仕切っていたのは間違いなく鹿角だった。さすがに逆らうことはせずに、大人しく部屋を出ていく。


「じゃあ早くゲームの続きしようぜ。オレが勝ったら北見の処女貰うわ」

「ばっか言え、処女なわけねーだろ。大学生とデキてんだからさ」

「案外まだかもしんねーぞ。まあどの道、ヤッてみるまでわかんねーけどな」


 ぎゃははは、と下品な笑い声を上げながら部屋のドアが閉められ、最後にガチャリと音がした。鍵をかけて行ったらしい。


「はぁ……」


 俺と同時に、委員長も深く重い息を吐いた。


 今はまだ閉じ込められているだけだが、時間が経つほど向こうから手を出してくる可能性が高くなる。そうなる前に何とか逃げ出したいが、手足が縛られている上にドアは施錠されていて、他には高い位置にある窓くらいしか外に繋がっているものはない。その窓も厚いカーテンが引かれていて、蛍光灯のついた部屋からは外の様子を窺うこともできなかった。


「連れてこられてからどれくらい経ったの?」

「正確にはわからないけど、夜遅いのは確かだよ。さすがに家族の誰かが気づいてくれるとは思うけど、警察に通報してからここに辿り着くまでどれくらいかかるか……」


 門限をとうに過ぎていることは確かだ。だったら真っ先に茜ちゃんが動いてくれるに違いない。携帯電話が繋がらないならなおのこと、すぐに俺の身に何かあったと察してくれるはずだ。そこからおじさんやRadiant Flower、学校や榊先生、茉希ちゃんたちにも連絡が回る。


「いくら証拠を消そうとしても、いつかは鹿角もボロを出すよ。誰かがそれに気づいてくれれば」

「でも、それって何日後? 警察が動いて、閉じ込められてる私たちが助かるのっていつ?」

「それはわからないけど……でも、月曜日は鹿角も学校へ行くはずだし」

「ううん、鹿角先生は今週いっぱい休みを取るんだって。私、さっき話してるのを聞いたよ」

「何だって?」


 思惑が外れてしまい、俺は狼狽える。そうなると委員長が心配している通り、警察が俺たちを見つけられるのに何日もかかる可能性が高い。


「けど、このタイミングで学校を休めば、自分が犯人だって言ってるようなもんじゃないか。警察なら真っ先に容疑者にすると思うけど」

「ここ、鹿角先生の家ってわけじゃないの。今日の計画のためにわざわざ部屋を借りてるんだって。だから捜索しても早々見つかるとは思えないし、その間私たちが無事でいられるかどうかなんて……」

「く……」


 警察が動くのを前提としているなら、根回しのいい鹿角のことだ、対抗策を用意しているに違いない。それが俺たちもろとも雲隠れとなれば、警察がここに辿り着けるのかも怪しくなる。


 まずいな、八方塞がりだ。自力で逃げ出すこともできなければ、助けが来る可能性も高くはない。そして、このまま時間が進むほど鹿角の陰謀は進んで、俺たちの身が危険に晒されることになる。


 そもそも、鹿角が企んでいることがわからない。個人的な俺への恨み程度なら、自分の社会的立場をを脅かすような、ましてや誘拐といった犯罪に手を染めるとは考えられない。警察にも絶対に見つからない完全犯罪を計画しているなら話は別だが、それにしては不確定要素の残る委員長を利用したり、男子たちを協力者にしたりと考えが浅い部分が目立つ。


 いや、むしろ「後で逮捕されようがなんだろうが、目的を達成できればいい」という考えのほうが、今の俺たちにとっては危険なわけだけど。


「とりあえず今夜はもう来ないと思うわ。今のうちに休んでおきましょう」

「そうだね、わかった」


 俺は素直に頷いて、硬い床の上で横になる。そこに背中が触れるか触れないかの距離で、委員長が寄り添ってきた。


「不安かもしれないけど、大丈夫。楓さんが危ない目に合わないよう、私が守ってみせるから」

「……無理はしないで。委員長だけが傷つくのは俺も嫌だから」


 委員長の返事はなく、俺も明かりがついたままの部屋で目を閉じると、その日はいつもよりも疲れていたのか、意識はすぐに眠りの中に落ちて行った。

 

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