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メイプルロード  作者: いてれーたん
閉じた花蕾
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面と向かって

 

「北見楓さん、ちょっと」


 アブラムシを駆除した次の日の昼休み、後ろから右の肩を人差し指でつつかれた。振り返るとクラス委員長が廊下のほうを指差して、


「二年生の人が呼んでるの」


 見ると、本郷さんが教室に首だけを入れて、俺のほうに手を振っていた。ちょうど食べ終わったお弁当箱を手早く片付けて、小走りで廊下へ出た。


「やっほ、来ちゃった」

「ということは、何かあったんですか? 昨日のスプレーが効かなかったとか……」

「その逆よ、効果てきめんだったのよ。さっき見てきたらボトボト地面に落っこちてたわ。ちょっとかわいそうだったけど……」


 目を伏せて本郷さんは言うが、俺はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろしていた。


「花を守るためなら、ある程度は仕方ないです。今度は駆除しなくてもいいように虫除けすればいいんですから」

「そうね、おかげで花壇もさっぱりしたから、次からはその方法を教えてもらえるかしら」


 俺は頷いて、夏休みに入る前に時間を取ることを約束した。


「それじゃ、お願いね。一人がダメなら、またナイト君と一緒でもいいから」

「まあ、そこは他の人を連れていくかもしれませんけどね」


 本郷さんが意味深に言うのをはぐらかして、俺は愛想笑いを浮かべる。そこで昼休み終わりの予鈴が鳴り、本郷さんは二年生のクラスに戻って行った。


 本郷さんが完全に俺と透の仲を勘違いしているわけじゃなく、冗談も交えて言っているのはわかってるんだけど、正直反応に困る。透もその辺の話は興味がない(というか理解していない?)みたいだし、はっきり否定してくれないのがもどかしい。俺が違うと言っても、すでに本郷さんへの説得力はないみたいだから、なおさら透から強く言ってほしいんだけど、なかなか察してくれないし、面と向かって言うのもなんだか恥ずかしい。


「そんなとこに突っ立ってないで、早く教室に入ったら?」

「あ、ごめん」


 俺は教室の入り口で固まったまま、考え事をしてしまっていた。茉希ちゃんから声をかけられて、通り道を塞いでいたことを謝り、自分の席へ戻った。


「さっきの人、二年生?」

「うん。花壇の世話をお願いされてるんだ。毎日は無理だって断っておいたけど」

「たまになら、で請け負っちゃったってやつね。楓もお人好しなんだから」

「ははは……」


 俺は乾いた笑みを浮かべて、こわごわと茉希ちゃんの顔色を窺う。お昼を一緒に食べていた時もそうだったけど、昨日に引き続き機嫌がよろしくない。ピリピリしたオーラは一層濃く感じられた。


「透の勉強は進んでるの?」

「え? まあ、うん。一昨日よりも順調だったよ。透自身も家で勉強するって言ってたし」


 答えると、茉希ちゃんは「ふーん」と尋ねておきながら一見興味のないように相槌を打って、小さくため息をついた。


 いつもはっきり物を言う茉希ちゃんが、珍しく溜め込んでいる。それが何かまでは、本人が口にしない限り他人の俺にはわからない。


「ねえ、茉希ちゃん」

「なに?」

「そろそろさ、はっきり言ってくれないかな?」

「はっきりって、何を?」


 とぼけるように茉希ちゃんは聞き返す。それなら、と俺は茉希ちゃんの逃げ道を塞ぐ。


「昨日からだよな? 何か不機嫌なの」

「別に何でもないわよ」

「そんなことないだろ。今も怒ってるみたいだし、俺には見当もつかないからどうしたらいいかわからない。何か気に食わないことがあったらちゃんと言ってほしい」


 俺が真正面から目を逸らさずに告げると、茉希ちゃんは気後れしたようにそっぽを向いた。目を伏せて、俺に返す言葉を探しているようにも見えた。


「茉希ちゃん」


 いつの間にか傍に来ていた茜ちゃんが、茉希ちゃんの隣に立った。


「お姉ちゃんも、そろそろ授業が始まるよ?」

「でも、まだ話が」

「大丈夫。ちゃんと茉希ちゃんから話すよね?」


 同意を求めるというよりは、説明を半ば強制させる茜ちゃんの押しに、茉希ちゃんは困惑しているみたいだった。やはり逃れるように目を逸らしたが、茜ちゃんはさらに続けて言った。


「別にわたしから話しておいてもいいけど、茉希ちゃんは前にこう言ってたよね。何も言わずに助けを待つなんて卑怯だって。要は詮索してほしくないし、自分からも言いたくないけど、察してほしいなんて虫がよすぎる。そういう人、茉希ちゃんは嫌いだったと思うけど」


 思いのほか茜ちゃんが強めに言い放つので、茉希ちゃんも驚きつつ言葉を詰まらせる。俺が持ち出した話題とはいえ、喧嘩になるんじゃないかと全身が緊張に包まれた。


「……わかってるわ。自分が一番、みっともないってことくらい」


 チャイムがなるまであと数秒といったところで、茉希ちゃんがようやく折れた。


「ちゃんと話すわ。放課後になったら、ね」


 茉希ちゃんがそう言い残して俺の机を離れるのと同時に、午後の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。








 午後の授業を二つ終えて、下校前のホームルームの後、茉希ちゃんは鞄を持って俺の席まで来た。


「今日も残るの?」

「まあ、たぶん。透がやる気なら」

「あんまり、あいつには聞かれたくないんだけど」


 そう言って、茉希ちゃんは透のほうを横目で見る。離れた場所にいる透は翔太と談笑中で、当然こっちには気づいていない。でも、みんなが帰り始める頃になったら俺のところに来るはずだし、そうじゃなくても帰らずに俺と話をする茉希ちゃんを見て、透は不審に思うかもしれない。


 せっかく茉希ちゃんが話をする気になってくれたのに、このままだと聞くことができない。言いづらいことを話すタイミングが伸びれば決意が鈍ってしまうだろう。困っていると、茜ちゃんが鞄を持って俺たちの傍に来た。


「お姉ちゃん、残ってもあんまり遅くならないよね?」

「いつも通りかな。透に送ってもらうとしても、五時半までには帰るつもり」

「それくらいなら、茉希ちゃんはうちで待ってもらったら?」

「茜の家で待つってこと?」

「それなら明日に延ばさずに済むし、透君に聞かれることもないよ?」


 茜ちゃんの提案に茉希ちゃんは考え込む。早めに話ができるほうが引きずらなくていいし、俺は茜ちゃんの意見に賛成だ。


「お前ら、固まって何してんだ?」


 いつの間にか傍に来ていた透が首を傾げながら尋ねてきた。ちょうど茉希ちゃんの背後だったので、珍しく声を上げて驚いていた。


「もう、びっくりさせないでよ!」

「は? 俺が何かしたんじゃなくて、お前が勝手に驚いただけじゃねーか」

「うるさいわね、タイミングってもんがあるのよ」


 茉希ちゃんがピリピリしていたところに、透が運悪く火をつけてしまったらしい。茉希ちゃんの気持ちはわからなくもないけど、透のほうも怒られ損だ。どちらにも非はないはずだけど、どちらも指をさしながらそっちが悪いと言いあう。


「もういいわ、帰る。行こう、茜、翔太」


 二人を自分側につけたかのようにして、茉希ちゃんは教室を出て行こうとした。その後ろ姿にしっしっと手を払いながら、透も「帰れ帰れ」と邪険に言い放つ。


「ちょっと透、そんな言い方しなくてもいいだろ」

「さっきのはあいつのほうが悪いだろ。何か知らねーけどありゃ八つ当たりだ」

「そうかもしれないけど……」


 茉希ちゃんが何かにイライラしているというか、気を張って過敏になっている。そこへタイミング悪く、透が踏み込んでしまったんだ。透からすれば単なるとばっちりでしかないし、茉希ちゃんも悪くないわけじゃないけれど。


「いいから早くやろうぜ。時間がなくなっちまう」

「うん……」


 透に急かされて勉強の準備を始めると、透はいつものように机を持ってきて俺の向かいに座る。それから透は数学、俺は地理を机の上に出して、各々に勉強を始めた。


 勉強の進み具合は茉希ちゃんに報告した通りまあまあで、透も基本問題は一人で解けるようになっていた。テストには大問となる応用問題も繰り出されるが、基本をマスターして確実に点に繋げられるなら、赤点を取る確率は一気に低くなる。つまり、数学についてなら透は最低限の対策を終えたと言ってもいいくらいだった。


 ただ、知っての通り期末テストは範囲が広いうえに科目も数がある。このペースでは全部の科目の基本をマスターするには時間が足りなかった。テストはもう二週間前に迫っている。放課後に一時間くらい俺が見ただけじゃ、透が赤点を回避するには少し無理があった。


「うし、解けたぜ」

「どれどれ……うん、できてる」


 もちろん、透の努力は無駄じゃない。ただ時間が足りなくて、テストの結果に反映できるかどうかはわからない。もっと身近にいる人が見てくれれば、もう少し底上げが期待できるかもしれないけど……。


「どうした?」

「そういえば、透と茉希ちゃんって幼馴染なんだったっけ」

「それがどうかしたか?」

「ふと思っただけ。あ、でも……」


 透にとって茉希ちゃんが身近な人なら、茉希ちゃんにとっても同じことが言える。だから、最近の茉希ちゃんが不機嫌な原因を何か知らないか、と尋ねようとしたんだけれど。


「どうかしたか?」

「いや、何でもない。次、これ解いてみて」

「おう」


 茉希ちゃんは透に聞かれるのを嫌がっていた。そのことを思い出して、俺は疑問を自分の中に閉じ込める。もしかしたら、茉希ちゃんの最近の変化には透が関係しているのかもしれない。


 黙々と問題集に向き合う彼を見て、俺も勉強しなきゃいけなかったのを思い出す。それから下校するまでの一時間、俺と透はたまに言葉を交わしながら、お互いに別々の教科を勉強した。


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