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メイプルロード  作者: いてれーたん
初夏の嵐
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本当のこと


 それからはコーエイの家でみんなでご飯を食べながら、取りとめもないお喋りで賑わった。俺が来てから二時間くらい経ったころに、執事の格好をした人が晴香ちゃんと茅君の迎えに来た。どうやら運転手兼ボディーガードさんらしい。実は今まで家の近くに車を停めて、待機していたそうだ。


 結構遅い時間になっていたので、二人の帰宅とともに解散になった。翔太はそのまま駅へ向かい、俺と茜ちゃんは透と茉希ちゃんに付き添ってもらいながら家に帰った。


 で、今は自分の部屋で、何をするでもなく携帯電話を見つめている。


 本当は明日もアルバイトだし、少しでも寝ておかなきゃいけないんだけど、今日聞いてしまったコーエイと晴香ちゃんの会話を思い出すと、気になって目が冴えてしまう。


 もし、晴香ちゃんの提案をコーエイが受け入れたら? あの家を出て、学校にも行くようになるんだろうか。一見すればそのほうがいいように思えるけれど、コーエイの気持ちと立場はどうなるんだろう?


 逆に断ってしまったら? 晴香ちゃんの提案を受け入れないのなら、今後二人の間に壁が出来てしまうことも考えられる。晴香ちゃんたちまでコーエイを避けるようになってしまったら、コーエイが心を許せる数少ない人が減ってしまうことになる。


 やっぱり提案を受け入れたほうがいいとは思うけれど、コーエイがすぐ返事をしなかったことには何か理由があると思う。何にしてもコーエイが決めることだ。


 俺にできることはその間、できる限りコーエイの傍にいてやることだろう。ご飯を作ったり、お喋りの相手になったり。必要なら、相談にも乗ってあげたい。


 でも、そのためにはコーエイのことをもっと知らなくちゃいけない。


 俺はまた携帯電話を開いて、メールボックスの更新をしてみる。新しいメールは、ない。


 あれからまだ、母さんからの返事はなかった。


 確かめたいことがたくさんある。コーエイの口から出た単語を組み合わせると、どうも悪い方向の憶測しかできなくて心配だ。特にコーエイの父親のことについては、絶対に聞き出したかった。


 仕方ない、今日は寝ようーーそう思って携帯電話を閉じた瞬間、手の中で振動し始めた。


 メールの着信が、一件。


 来たかと思って、メールボックスを開く。送信者の名前には「竹浦翔太」の文字が。


「なんだ、翔太か……」


 母さんの返事ではなかったことに嘆息して、ひとまず中身を見てみる。明日もコーエイの家にいったほうがいいか確認するためのメールだった。言われてみれば明日どうするか、全然話し合ってなかったなあ。送信先には俺以外にも、茜ちゃんや茉希ちゃん、透のメールアドレスが貼られていた。


 それなら誰かが返信するだろうと高を括って、俺は今度こそベッドに潜り込んだ。そのあと何回か携帯電話が震えていたけれど、明日のことを考えて眠れるように努めた。








 そして翌朝。


 メールボックスには、みんなからのメールが十数件溜まっていた。昨日返事しなかった俺のことは、みんなもバイトに備えて早めに寝ていると察してくれていた。


 その中に、着信の履歴が一件と、友達とは違う名前からのメールが二件。


「母さん、夜遅くに電話かけてきたんだ……」


 最近は寝つきもかなり良くなったし、昨日はメールの嵐に紛れて来たから、通話に気づかなかった。でもちゃんとその後、母さんは俺にメールを残してくれていた。


 たぶんコーエイについてだと思う。もちろんすぐに見たかったけれど、それよりももう一つのメールを優先するべきだと思って、先に開いた。送信者は「菊池誠悟」――つまり、今日のアルバイトに関わる緊急のメールである可能性が高かったからだ。


 俺はメールを開くと、菊池さんの打った文字を余すことなく目で追った。








「あれ? お姉ちゃん、今日もアルバイトだよね?」

「うん……そうだよ」

「どうしたの、昨日みたいなやる気っていうか、そういうのがないみたいだけど……」

「まあ、ちょっとね。予想はしていたんだけどさ、そういうこともあるって」

「……今日、菊池さんお休みなんだ?」


 ギクッとした。恐る恐る茜ちゃんの顔を見てみると、ジト目で何もかもお見通しって感じだった。観念して頷く俺に、茜ちゃんは嘆息した後、小さく笑った。


「わかるけどね、お姉ちゃんの気持ちも少しは。でも、菊池さんだって毎日来るわけじゃないよ。逆にお姉ちゃんがアルバイト来てくれるおかげで休めるんだから、役に立ってるんだって思えばいいよ」

「うん……そっか、そうだよね」


 菊池さんはアルバイトだけど、学生でもある。週に一度くらい何もない日を作って身体を休めることも必要だ。俺がシフトに入るおかげで菊池さんが休めるなら、いい方向に捉えなくちゃな。


 それに菊池さんが来なくなったからって、俺一人だけになるわけじゃない。開店準備には柊さんがいるし、午後から優希ゆきさんも来てくれる。仕事上の不安は何もないんだ。


 俺は気を取り直して朝食を取り、出かける準備に取り掛かる。服装は昨日と同じで、作業がしやすいパンツスタイルだ。


 軽くサルピグロッシスの世話をして、出かけるまでの時間を潰す。今日はにわか雨が降るらしいので、極力屋根の下に入るように鉢を移動させた。


「行ってくるね。夕方はまたコーエイの家かな?」

「そうだね、透くん以外はみんな来れるって言ってたよ。晴香ちゃんたちはわからないけど」

「あの二人は気が向いたら来ると思うよ。それじゃあ、コーエイのことよろしく」

「うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」


 茜ちゃんに見送られて玄関を出る。まだ雨は降っていないけど、どんよりした雲は気分が沈みそうだ。








 電車に乗ったところで、母さんのメールをまだ見ていなかったことに気づいた。俺の声を聞きたがる母さんの気持ちもわからなくはないけど、電話に気づかなかったのはしょうがないよな、寝てたんだもん。


 さすがの母さんもそれに気づいたらしくて、メールの冒頭は「寝てた? ごめんね」から始まっていた。どうやら勤務先が変わって、時差が曖昧になっていたらしい。まあ、理由はどうであっても、怒る気にはならないんだけど。


 俺は続きが気になって、すぐに画面を下へスクロールした。母さんにしては珍しく長文で、さらに二行目にも謝罪の言葉があった。


 コーエイのことで話せないことと、俺に嘘をついた部分があったらしい。


 しばらく母さんからのメールはなかったから、母さんが嘘をついたのは電話の時ということになる。最初はコーエイの様子を見てきてほしいってだけだったから、必要最低限の事情しか聞かされなかった。


 俺も様子を見てくるだけだと思っていたし、嘘をつかれたなんてわからなかったから、今までなんとも思っていなかったけど。


 コーエイはもう、俺にとって他人事じゃない。まだ指で数えられるくらいの日数しか会ってないけれど、お互いに少しずつ信頼できるようになってきてる。コーエイを気にかけているのは俺だけじゃない。昨日会ったみんなもそうだ。


 もともと母さんのお願いがあったから、コーエイの面倒を見るようになったんだ。それなのに、発端であるはずの母さんに、裏切られたような気がしなくもなかった。


 話せないことって何?


 嘘をついたってどういうこと?

 

 でも、それはどうしても言えないことらしい。ただ謝罪の文と、これは何よりも俺のためだということがはっきりと書かれていた。


 どうしてそこに俺が出てくるのかはわからないけれど……先に嘘をつかれているのもあって、素直に納得はできない。それでも追及しようと思わなかったのは、その続きにコーエイのことが書かれていたからだった。


 母さんがコーエイと知り合ったのは、ちょうど俺が学校に行き始めたころだった。その時はコーエイとその父親、二人で生活していたらしい。母親はというと、ずいぶん前に病気で亡くなっているそうだ。


 つまりコーエイは、茜ちゃんと同じ父子家庭で育ったということになる。


 母さんは初め、コーエイの親は自分と同じような仕事で海外にいると言っていた。それはどうやら母さんが俺に最初についた嘘だったみたいだ。


 そして母さんが海外に戻って一ヶ月が経ったころ、コーエイの父親が失踪した。父親は仕事場での死亡事故を起こしてしまったらしく、それから逃げるためだと考えられた。コーエイの口から出てきた「人殺し」は恐らくこのことで、「借金」はそれにかかったお金のことかもしれない。母さんによれば、金銭問題はとうに解決しているとのことだから、多分コーエイの知らないところで済んだ問題なんだと思う。


 母さんは失踪のことを一週間前に知り、それで俺にコーエイの様子見をお願いしたわけだ。


 ここまでが、母さんが知っている上で俺に話せること、らしい。


 最後にまた謝罪の文と、何かあったらまた連絡をして欲しい、とのことだった。


 俺は携帯電話を閉じて、小さく息を吐いた。


 考えていたよりもはるかに壮絶なコーエイの過去。俺が中学生の時の状況と似てる、なんてよく言えたものだ。


 俺はコーエイのこと何も知らなかった。わかったつもり、人助けっていう自己満足で、コーエイの面倒を見ていた。


 コーエイはあの家で、何を考えて過ごしていたんだろう。たった一人で、散らかった部屋を見つめて、明日のことすら想像できなくて。


 それを知った俺は、どうしたらいいんだろう。これまでと同じことを続けても、問題を先送りにしている気がしてならない。根本的に、コーエイが何不自由なく暮らしていけるようにするには――


『コーエイ、わたくしのところに来なさい』


 浮かんだのは、昨日晴香ちゃんが言っていた言葉。


 あの子は友達であるコーエイのこと、全部知った上でそう言ったのかもしれない。母さんのメールを見た後だと、晴香ちゃんの提案こそが現状を打破する唯一の方法のような気もしてくる。


 でも――決めるのはコーエイだ。


 晴香ちゃんもまだ両親の了承を得ていないようだったし、この案がベストだという保証はどこにもない。別の方法も考えておくべきだろう。もう一度母さんにメールをして――今度は樹おじさんにも相談してみよう。


 沈んでる場合じゃないんだ。コーエイを助けたいって気持ちは本物のはずだから、行動に移さなきゃ。俺ができること、全部やるつもりで。


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