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メイプルロード  作者: いてれーたん
初夏の嵐
70/110

微妙なお年頃


「あ、起きましたわ」


 台所に立っていると、コーエイ君の様子を見ていた晴香ちゃんが声を上げた。


「う……?」

「コーエイ、大丈夫? 急に目を回して倒れたから、ボクたちびっくりしたよ」


 茅君も話しかけるけど、コーエイ君はまだ意識がはっきりしないのか、「あー?」とか「うー……」とかをしばらく繰り返していた。


「お前ら……勝手に入って……」

「よう、気分はどうだ?」


 いったん台所を離れてコーエイ君の様子を見に行くと、俺を視認した途端にすごい目で睨んできた。


「何してんだよ、お玉なんか持って」

「え? ああ、ごめん。料理してたんだよ。お腹空いてるんだろ?」

「何でも好き勝手しやがって……頼んでねえぞ、そんなこと」


 強がってぶっきらぼうに言うが身体は限界なようで、コーエイ君のお腹の虫が悲鳴を上げる。あまりにタイミングがよかったので、三人とも堪えきれずに笑いを零してしまった。


「笑うなっ!」

「ごめんごめん。じゃあ少し待ってろ、もうできるから」


 顔を真っ赤にして怒るコーエイ君を二人に任せ、俺はキッチンへ戻る。居間の隣にあって、こちらはフローリングと食卓があった。和室と洋室が混在しているのと瓦屋根からして、そこそこ古い家のようだ。


 庭は荒れ放題だったけど、家の中は生活感満載だった。ゴミ捨て用の袋には大量のカップ麺の容器が積み重なっていたし、他にも洗われていない食器が雑多に置いてある。コーエイ君が作れるのはカップ麺くらいということだろう。


 その予想は正解らしく、調理器具は揃っていても使われた形跡はなかった。冷蔵庫にも食材はけっこう残っていたけれど、ほとんどは賞味期限が過ぎていて処分するしかなさそうだ。


 その一方でキッチンには、新聞紙に包まれたままの白菜や、ビニール袋に入れられたジャガイモなんかが見つかった。常温で保存が利く食材は無事だったので、俺はそれらを使って簡単に調理をしたのだ。


 湯気が立っている鍋には、ジャガイモやニンジン、白菜を切ったものが入っている。そこへコンソメスープの素を投入して、調味料で味を調えただけのスープだ。食器棚から取り出した深めの皿によそって、コーエイ君を呼ぶ。


「できたぞー。早く来い、冷めるぞー」


 用意するなら箸か、それともスプーンのほうがいいかな。考えながら食器棚を漁っていると、コーエイ君が足音を大きく鳴らしながらやってきた。


「スプーン取りにきただけだ」


 俺が問いかける前にぶっきらぼうに言って、食器棚の引き出しからスプーンを取り、テーブルにつく。それから頂きますも言わずにスープを食べ始めた。


「あんなこと言っておいて、結局食べるんだな」

「う、うるさい。腹減ってるんだからしょうがないだろ」


 ムキになりながらスプーンを口に運ぶコーエイ君。その後ろから遅れて晴香ちゃんと茅君が食卓へ来た。


「もう食べ始めてますのね。かえでさん、わたくしたちもいただけませんこと?」

「いいよ、ちょっと待ってね」

「お前ら、俺んちだってこと忘れてねえか……?」


 ぼやくコーエイ君をよそに、俺は二人分のスープを用意してテーブルへ運ぶ。二人は「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。


「ふうん、まあまあですわね」

「うん、まあまあだね」


 一口スープを口に流し込んだ二人の第一声に、俺は苦笑いを零すしかない。まあ、このスープはあり合わせで料理したものだし、俺に茜ちゃんほどの腕前があるわけでもないから、当然の評価だろうけど。


「コーエイ君はスープ、どう?」


 俺は試しに、コーエイに水を向けてみる。一応、その場のみんなの感想を聞いておきたかった。


「うまいよ。カップラーメンなんかよりは全然いい」

「……そっか」


 比較対象はどうかと思うけれど、お褒めの言葉をいただいたのでよしとした。


「何笑ってんだよ」

「ああいや、コーエイ君って案外素直なやつなのかなって」

「なんだそれ……あと、言い忘れてたけど俺の名前、コーエイじゃねえから」

「はっ?」


 口を皿につけてスープを啜るコーエイ君を待って、今の言葉の真意を聞く。


「どういうことだよ?」

「読み方が間違ってる。確かに光に栄えるって書くから、コーエイって読めるけどな」

「けど、晴香ちゃんたちはそう呼んでたし……」

「最初に俺のことをそう呼び始めたのはこいつらだし、それで慣れたみたいだから。俺も別に構わないと思ってるし。ただ、本名じゃないってことを知っておいて欲しかっただけ。勘違いされたままだと気分悪いからな」


 コーエイのスープの皿はほとんど空になっていたので、俺はおかわりをついであげた。


「じゃあ別に呼び方変えなくてもいいのか?」

「いいよ、面倒だし……あ、でも君付けはやめて呼び捨てにしてくれ。子供扱いみたいで嫌だ」

「その理由自体が子供っぽいよ、コーエイ君」


 茅君に言われて、確かにそうだと思う。コーエイは「うるせえ」と怒ったので、俺は口にしなかったけど。


 図らずも賑やかな食卓に和んでいると、唐突に携帯電話が震え始めた。なんだろうと思って開いてみると、茜ちゃんからの着信。


「もしもし?」

「あっ、お姉ちゃん!? 今どこなの!?」

「え? れ、例の子の家だけど……」

「もう時間だよ! 約束したんだから、早く帰って来てよ!」

「えっ? あっ、ほんとだ!」


 部屋の壁掛け時計を見ると、門限を十分過ぎてしまっている。約束通りなら今頃家に帰っていないといけない時間だ。


「ごめん茜ちゃん、すぐ帰るから!」

「もう……気をつけて帰って来てね?」

「うん、ごめん。ありがとう」


 茜ちゃんの声色が落ち着いたことにほっとしながら、通話を切って携帯電話をしまう。


「もう帰ってしまわれますの?」

「ごめんね、門限を過ぎちゃったんだ。また今度来るよ。じゃあね」


 あっけにとられる三人を背に、俺はすぐ家を出て帰路についた。しばらくは人の目がないので、全力ダッシュしてアーケードを抜ける。住宅街に戻ってきた辺りで歩みに切り替えて息を整えながら、なんて言って謝ろうと頭を絞る。


 玄関を開けた瞬間に、仁王立ちしていた茜ちゃんに「遅いよ、お姉ちゃん!」と怒られる。結局言い訳もさせてもらえないまま、十分くらいお説教があったのは言うまでもない。






「それで、例の……コーエイ君だっけ? どうだったの? 元気にしてた?」


 説教が終わってからリビングに上がり、二人で夕飯を食べていると茜ちゃんが尋ねてきた。


「うーん、元気といえば元気だけど……いろいろと問題はあった気がする」

「いろいろって?」

「小学生だから、危なっかしいというか何というか……一人暮らしするくらいなんだから、もっとしっかりしてる子だと思ったんだけど」


 母さんから話を聞いた時には、実際にそう思ってた。でも予想に反して、本人は料理ができないっぽいこととか、不登校なこととか、放っておけない部分が多い。結局理由を聞きだすことはできなかったけれど、やっぱり早目に行っておいてよかったと思った。


「小学生ってだけでもびっくりなのに、俺の時と状況が違うみたいなんだ。だから、もうしばらくは向こうに通って様子を見ようと思う」


 毎日じゃなくても、学校が終わってから行って夕飯を作るくらいならできるだろう。今日作ったスープは数日持つだろうから、その間に掃除とか洗濯とか、いろいろしてあげようと思っている。不登校の理由だって、そうやって徐々にコーエイの警戒を解いていかないと、聞きだせそうにないし。


「そっか……心配だもんね。わたしにも何か、手伝えることあるかな?」


 そう茜ちゃんが聞いてくるのも無理はなかった。一人で家にいること、生活することが想像以上に難しいことは、俺たちもよく知っている。掃除、洗濯、料理、家計の管理――小学生のコーエイにとってはなおさら大変なことだ。


 だからこそ俺は、あの子の力になってやりたい。


「今のところは大丈夫。でも……しいて言うなら、こっちの家事をまた茜ちゃん一人に押し付けちゃうことが、ちょっと申し訳ないかな。もちろん、帰って来てからは手伝うつもりだけど」

「それは心配しなくていいよ。お姉ちゃんにはいっぱいやることがあるんだから、気にしないでそっちに集中していいんだからね」

「……ありがとう、助かるよ」

「それと、今日みたいに門限は破らないでね?」

「もちろん。今度からは気をつけるよ」


 今度の土日から始まるアルバイトは門限厳守だ。茜ちゃんを心配させないためにも、肝に銘じておかないと。


「ごちそうさま」


 俺のほうがよく喋っていたからか、茜ちゃんのほうが先に食べ終わった。


「少ししたらお風呂入るよね? 俺が片づけとくよ」

「そう? じゃあお言葉に甘えるね。ありがとう」


 笑って、茜ちゃんは一足先にリビングを出て行く。俺も早く食べて食器洗わなきゃ。あと、母さんにも連絡しておかないと。今日あったことを思い浮かべながら、俺は夕飯を食べ終えた。



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