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メイプルロード  作者: いてれーたん
これって恋?
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予定調整


 おじさんが仕事から帰って来て、真っ先に榊先生からの電話を伝えると、おじさんもようやく安心したような顔になった。


「そうか、それは何よりだ。先生には感謝しなくてはな。楓くんもアルバイトができるようになってよかった」

「おじさんにも感謝してます。仕事を休んで三日間も俺のために学校に通ってくれて、本当にありがとうございます」

「気にしなくていいぞ、私も一人の親だからな。娘たちの危機とあらば仕事なんて二の次さ」


 リビングで向かいに座るおじさんが笑う。俺はその流れで土日の話を切り出した。


「明日って土曜日ですけど、定期健診ですよね?」

「そうだな。午前中に終わると思うが、何か用事でもあるのか?」

「ええ、まあ。定期健診が明日なら、予定は明後日にします。アルバイトの履歴書を出しに、ペイスへ行くつもりなので」

「そうか……気をつけて行くんだぞ?」

「はい。明後日はみんなと一緒に行くので」


 出かけるのが一人じゃないことを知ると、おじさんもそれ以上は心配してないようだった。外出の許可は難なく得られたけど、俺にはもう一つ課題が残っている。


「あの、お願いがあるんですけど……」

「なんだ?」

「定期健診って、今みたいに週に一度あると、思ったよりアルバイトに入れないかもしれないんです。それで……俺のためにっやってくれてるってことは十分わかってるんですけど……」

「回数を減らすことはできないか、ということだな?」

「はい……」


 おじさんの都合によるので、当日になるまで土日のどちらかということしかわからないと、その日の予定がかなり立てづらくなる。今週末のペイスの予定がその例だ。アルバイトでシフトを希望するようになったら、もっと前日にわかるようにしないと日程が立てられない。それが毎週となれば大変だ。


 ペイスへの移動時間も考えなくちゃいけない。ここから電車とバスを乗り継いで一時間弱かかるので、定期健診が半日で終わるとしても、働ける時間はかなり限られる。あんな事件があったせいで夕方より遅くなるのは怖いので、なおさらアルバイトに入れる時間は短くなりそうだった。


 おじさんが俺のために計らってくれているのは十分わかっている。この定期健診の意義は俺の身体の不具合をいち早く見つけるためのものなんだから。でも、現在まででこれといった大きな変化や異変は見つかっていない。それどころかおじさんがいちいち俺を迎えに来なければならないし、施設も私有物ではないのだから恐らく費用がかかっているはずだ。おじさんの負担になっていないかどうかも、そろそろ心配だった。


「ふむ……確かに時間的余裕はなくなるだろうな。わかった、少し考えてみよう。回数を減らす努力はしてみる。幸い、今までこれといった変化も起こっていないから、何とかなるだろう」

「すいません、俺のためにやってくれていることなのに」

「いや、正直に言ってくれたほうが助かる。君の意思を尊重しなければ、それこそ研究対象としてしか君を見ていないようで心苦しいんだ。こちらとしても精一杯配慮はするつもりだが、至らないところはあるかもしれない。その時は遠慮せずに何でも言ってほしい」

「そういうことなら、わかりました」


 ある程度は俺の意思や自由を尊重してくれるみたいで安心した。これでアルバイトも思いっきりできるだろう。定期健診そのものも俺のためにやってくれていたことなので、おじさんに感謝しながらこれからもきっちり受けようと思う。


「そうだ、病院のことで思い出したんだが」


 今度はおじさんが話を切り替えた。


「楓君は先週会ったそら君を覚えているか?」

「星君って……ああ、病院のロビーで会った男の子ですよね?」


 先週の定期健診を終えて帰る途中、出合い頭にぶつかってしまった小学生くらいの男の子。その後なぜか気に入られて病室まで連れて行かれたけど、何だかんだで一緒に遊んで楽しい思いもした。その子がどうかしたんだろうか。


「忙しくて言うのが遅れたんだが、一昨日に無事に退院したそうだ」

「そうなんですか。よかった……」


 重い病気かどうかはわからないけど、何にしても治って退院できたならいいことだ。一度会ったきりだけど、もう会えないのかなと思うと少し寂しいな。明るくていい子だったからなおさらだ。


「星君はまた君と遊びたいと言っていたらしい。確か一緒にお絵かきをしたんだったか?」

「はい、ちょうど植物図鑑を持ってたので、あてっこゲームみたいな感じで」

「その影響なのか、星君は植物に興味を示すようになったそうだ。これまで好きだった飛行機や自動車よりもずっと楽しそうに話すと母親が言っていたよ」

「へえ、そんなことが」


 あのゲームのおかげで花や植物に興味が湧いたのかな。嬉しいことだけど、おじさんはふと「不思議なこともあるものだ」と小さく漏らした。飛行機とかよりも好きになったのはたぶん、入院中に飽きちゃったからなんだろうな。それを知らないおじさんからすれば、これまで好きだったものからまったく関係ないものに興味が移ることは「不思議」に思うのかもしれない。


「お父さん、お風呂湧いたよ?」

「ありがとう。では先に入らせてもらうぞ」


 茜ちゃんの言葉でリビングを出て行くおじさんを見送りながら、星君のことを思い浮かべる。俺の好きなことに興味を持ってくれて、嬉しくないはずがない。できればもっとお話をしてみたかったけどなあ。花が好きなら、そのうち花屋に行きたいとか言い出すようになったりして……アルバイトしてたら、もしかするとまた会えたりするかも。


 そうだ、茉希ちゃんたちにメールしておかないと。健康診断が明日なら、ペイスに行くのは明後日だ。俺は携帯電話を取りに自分の部屋へ戻った。








 翌日、土曜日。


 朝から行った病院での定期健診も無事に終わり、おじさんと一緒に北見宅へと帰ってきたら、お昼にちょうどいい時間になっていた。茜ちゃんもそれを見越してご飯を作ってくれたらしく、リビングではもう食べる準備ができていた。


 暖かくなってきたので、ちょっと涼しげに冷製パスタらしい。トマトとバジルが見た目にも鮮やかで、軽めに済ませたいお昼のメニューに最適だ。が、俺は席に着くのを躊躇ってしまう。


「どうした、楓くん?」


 いつまでも座らない俺に向かって、疑問を抱いたおじさんが問いかけてくる。


「いえ、えっと……今日はそんなにお腹空いてないので、こんなには食べられないかなーって」

「どうかしたの? いつも通りの量のはずだけど……あ! もしかしてまたふとっむぐぐ」

「だからそういうこと言わないでってば! なんでかわかんないけど恥ずかしいから!」

「なんだ、そういうことか……」


 茜ちゃんとのやりとりでおじさんは勘付いたらしい。前にも同じような会話をしたし、さすがにここまで言われたら誤魔化せないか……。


 そう、また体重が増えていたのである。最近の増え方は緩やかになってきてる……けど、そろそろストップがかかってもいいんじゃないだろうか? まだ鏡で見てもわからないけど、本当に目に見えて太くなってきたら嫌だし……だから、少しでも控えようと思ったんだけど。


「食べないのは良くないよ? 無理せず自然体でいるほうがいいんだから」

「そうは言うけど……茜ちゃんだって気持ちわかるでしょ?」

「うーん、わたしはあんまり気にしたことないし……」


 ぐぅ、姉妹なのに裏切られた気分だ。何を裏切られたかはわからないけど、悔しいって思ってしまう。体重なんて気にしないほうがいいって言われればそれまでだけど、自分でもなんでこんなに過剰になるのかはわからないし。


「体重の増加は今まで通り、健康には影響ない範囲の数値だったはずだが、何か問題でもあったのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……あれですよ、痩せていたいっていうのは女性の心理に近いもので……」

「ん? 茜はそうでもないようだが……楓君は違うのか?」

「個人差はあると思うよ。あとは時期にもよるし……あぁ、そっか」


 茜ちゃんは合点がいったようにポンと手を叩いた。


「お姉ちゃんは時期がそうだもんね。だから気にしてるんだ」

「時期? 茜、それは何のことだ?」


 興味深そうにおじさんが尋ねる。もちろん興味だけじゃなくて、純粋に俺のことを気にかけているところもあるんだろうけれど。


「お姉ちゃん、教えてもいい?」

「いや、やめて」


 俺のほうも時期って言葉が何を指しているのかよくわかってないけど、今の茜ちゃんは明らかに俺のことをからかっている。よくないことをおじさんに吹き込まれそうで、咄嗟に拒否した。するとおじさんは悩ましげに唸って、おずおずと言ったふうに聞いてくる。


「その、なんだ。男があまり入り込んではいけない話だったか?」

「そういうわけじゃ……あ、でも、身体には心配ないことなので、そこは大丈夫です」

「……それなら、二人を信じて任せよう。ただ、前も言ったようにダイエットするなら私に相談してくれ。食事制限は望ましくないからな、別の方法を探すこともできる」

「はい。でも、やっぱり今はいいです」


 俺は言葉を切って、ようやく席に着く。茜ちゃんがせっかく料理してくれたものだし、食べないというわけにもいかない。けど、今度からはちょっとでも考えてくれると嬉しいな、とか思ったり。


 でもそれじゃ駄目だ。自分のことなのに茜ちゃんの食事に頼るのは筋違い。本気でダイエットをするなら何か方法を考えないとなあ。








 なんだかんだ言いながら三人で昼食を食べ終えると、おじさんは自室に引っ込んだ。少しだけゆっくりできるようで、今から仮眠をとるらしい。夕方にはまた仕事に戻るというから驚きだ。タフだなあ。


 俺はといえば、リビングで履歴書を書いている。保護者としてのおじさんのサインも貰って、志望動機やら希望シフトなんかを書き込んでいた。


 志望動機をいざ文章にしようとなるとなかなか悩むけれど、正直に花に興味があることと、アルバイトや接客に関心を持ったことを理由に挙げた。希望シフトはもちろん土日を集中的に希望した。おじさんと話した結果、これからは毎月第一土曜日を定期健診の日に当てるらしい。それ以外はアルバイトに行かせてもらえることになった。


 うん、こんなものかな。


 ボールペンで清書した履歴書を見て、一息入れる。タイミングよく茜ちゃんが飲み物を持ってきてくれた。


「お疲れさま。できた?」

「うん。後は証明写真だけかな。これは明日に回すよ」


 撮影機は駅にあったはずだけど、今日は俺と茜ちゃんしかいないので外出は控えなきゃいけない。明日、茉希ちゃんたちに付き添ってもらって撮ろうと思う。


 履歴書をクリアファイルの中にしまって、明日のペイスに思いを馳せる。しばらく日にちが開いたから、久々で楽しみだ。


「明日、菊池さんに会うんだよね?」

「うえっ?」


 前触れなく菊池さんの名前を出してくる茜ちゃん。というか、何をどもってるんだろう、俺は。


「たぶん……あ、いや、本当はわかんないよ。日曜日でも菊池さんが休みを取ってる可能性はあるし」


 日曜日だからいると思うけれど、タイミング悪く休みだったらそれまでだ。


「アルバイトに行けるようになったって、連絡はしてるの?」

「せ、先生が連絡取ってくれたよ?」

「お姉ちゃんからは?」

「……してない」


 茜ちゃんは呆れたように溜息をついた。


「駄目だよ、お姉ちゃんからもちゃんと言っておかないと。菊池さんにも花屋さんにも心配かけたんでしょ? なのに自分からは報告もしないで、明日いきなり履歴書持って行きますなんて、さすがに向こうもびっくりするよ?」

「そりゃ、まあ、うん……」


 茜ちゃんの言う通りだ。俺が無事にアルバイトできるようになったことは榊先生からの連絡で知っているだろうけど、俺からも連絡しておくのが筋というもの。先生が連絡してくれたし、すぐ会えるからいいやなんて理由で、昨日メールするのを怠った。それが甘い考えだというのは、今茜ちゃんに指摘された通り。お互い顔見知りだからって、事前に連絡するくらいは最低限の礼儀だろう。


「じゃあメールしなきゃ、ね?」

「……うん」


 携帯電話を取り出して、メールを開く。新規で作成してアドレスに菊池さんを入れて……そこからまったく指が動かない。


「……なんて書けばいい?」

「しょうがないなあ、お姉ちゃんは」

「ごめん。こういうの、慣れなくて」


 自分でも情けなく思うけれど、メールで気を遣うなんて器用なことができない俺は、結局茜ちゃんに頭を下げた。相手がもっと気を許せる人、例えば母さんだったら後先考えずに済むのに。


「とりあえず、学校から許しが出てアルバイトできるようになったことを言おう? それから心配かけて、連絡も遅れてすみませんって一言を添えて、明日、履歴書を持って行っても大丈夫ですかって聞いておくの」

「ふむふむ……」


 茜ちゃんの助言を受けてメール文を打つ。それを見せてまた指摘を受けながら、完成したメールを送信した。


「はあ、ドキドキするよ……」

「大丈夫、悪いようには返ってこないよ」

「じゃあ喜んでくれるかなあ?」


 そう言ったら、茜ちゃんがおかしそうに笑った。


「うん、きっと喜んでくれるよ。菊池さんにとって、いい知らせのはずだから」


 何だか頼もしい茜ちゃんの一言で、不思議なことに俺の不安な気持ちはどこかに行ってしまった。



2015/12/17 前話の内容を踏まえ、会話文等を修正。

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