謹慎が明けて
自宅謹慎の二日間はほどなく過ぎて行った。女の子の日も治まり、寝不足も完全ではないけど、授業中居眠りしない程度には生活リズムを戻した。
おじさんは引き続き仕事を休み、学校へ行って先生たちと話をした。それでも事件収束の目処は立っていなくて、俺の処分に関しても保留のままだった。
他に変わったことと言えば、サルピグロッシスの世話をおじさんがしてくれたことくらいだろうか。二日目は天気が悪くて雨も降ったので、芽のことが心配だった。軒下に入れたとは言っても、湿気が多いとよく育たないらしいから、様子だけでも見ようとしたのだけれど、茜ちゃんに外に出ることを止められた。
「そうやって出たところを撮られたりするんだよ?」
母さんとまったく同じ考えを持っていたらしい。二人とも過保護だ。
「だったら、茜も一人で外に出るんじゃない。楓君と間違えられるぞ」
いや、三人だった。結局、雨が降る外に出て芽の様子を見に行ったのはおじさんだった。結果報告は問題なし、土も乾きすぎず湿りすぎずでちょうどいいだろう、ということだ。
ひとまず安心はしたけれど、やっぱり自分の目で見ないと確証は得られない。それで、ようやく外に出られる今朝が待ち遠しかった。
登校できると言っても俺たち二人では何かと物騒なので、茉希ちゃんたちが迎えに来ることになっている。それまで家から出られず、サルピグロッシスの様子も見に行けない。朝食を食べながら時計とにらめっこして、みんなの到着を待っていた。
「私は先に出る。二人とも気をつけて行くんだぞ」
朝食を食べ終えたおじさんがおもむろに椅子から立ち上がる。今日も学校に行くらしいけど、その前に仕事を少し片づけるらしい。すでに丸々二日休んでいるから、さすがに顔を出さないわけにはいかないんだろう。俺も少し心苦しい。
できれば今日でおじさんを束縛するのも最後にしたい。俺の謹慎が解けたことで、ようやく話し合いの場に同席できるようになったから、なんとか結論を出したいものだ。
出かけるおじさんを見送ってから、しばらくするとインターホンが鳴った。部屋から玄関先を見ると、茉希ちゃんたちが顔を揃えていた。
玄関から出て挨拶を交わす。茉希ちゃんと翔太はにこやかに挨拶を返してくれたが、透は眠そうに欠伸しただけだった。俺とは比べ物にならないくらいの居眠り常習犯だが、朝は弱いんだろうか。
「こっち来るのって遠回りなのか? このために早起きしてたりとか……」
「んー、ちょっとだけ。いつもより十分くらいは早めに出てるけど、寄り道の範疇だと思うわ」
「わざわざごめ……じゃなくて、ありがとうな」
謝るのをやめてお礼を言うと、茉希ちゃんは「お安い御用よ」と言って笑った。
みんなが学校へ足を向けるのを尻目に、俺は小坂家の玄関を見る。ここからじゃ遠くて見づらいけど、成長した芽が本葉を出し始めているのがわかった。そろそろ植え替えをしなきゃいけないけど、それまでに事件を解決しないと、俺だけじゃ外に出られない。
いや、考え方を変えよう。俺だけじゃ出られないなら、今みたいにみんなについて来てもらったらどうだろう。
「ねえ、ちょっといい?」
一番後ろを歩いていた俺の呼びかけに、みんなが振り返った。
「どうしたの、楓?」
「実はみんなに頼みたいことがあって……今週末のお昼、空いてないかな?」
「俺は構わないよ。ちょうとテストも終わったことだし」
「アタシもそろそろ集まって遊びたいって思ってたから、タイミングいいんじゃない? 透は?」
「別にいーけどよ、頼みごとってなんだよ?」
こんな状況で更に頼みごとをするのは悪い気もするけど、サルピグロッシスの芽をこれ以上ほったらかしにもできない。
「ちょっとだけ園芸を手伝ってほしいんだ」
茜ちゃんは納得したような顔をしたけど、他のみんなはよくわからないって感じで首を傾げている。
「俺が種から花を育ててるの、茉希ちゃんは知ってるよな?」
「種? ああ、菊池さんから貰ったって言ってたやつ?」
茉希ちゃんは茜ちゃんから聞いていた話を思い出して、「はは~ん」と含みのある笑みを浮かべた。
「なるほどなるほど、アタシたちに楓の恋の成就を手伝ってほしいわけね」
「そうそう……って違うよ! なんでそこまで話が飛ぶんだっ」
「でも、その花が咲いたら恋も叶う気がするわ。そうなったら素敵じゃない?」
「なんだかロマンチックだね。お姉ちゃんもちょっとは思ってるでしょ?」
「い、いや……そんなことは……」
思い当たる節があって、しどろもどろになりながら答える。サルピグロッシスの世話をしているときは、確かに菊池さんのことを考えることが多い。でもそれは種を譲ってくれた人だからだし、連想するのは自然なことだと思う。そもそも、俺にはまだ気持ちの整理が……。
「とっ、とにかく! 種から育った芽が大きくなってきたから、一つずつ植え替えなきゃいけないんだ。俺一人だと大変だし、そもそも外に出られないから、みんなにも手伝ってほしいんだよ」
「わたしは手伝うよ。一緒にやったほうが楽しいし」
「アタシも賛成。たくさん咲かせないとね、楓?」
茉希ちゃんが意味ありげなことを言った気がするけどスルー。で、肝心の男二人はと言えば、
「ちょくちょくわからない話が出てくるけど、要するに園芸の手伝いなんだよね? 俺でよければ一緒にやるよ。力仕事もあるかもしれないし」
「お前らだけで外に出るのは心配だしなー、一緒にやってやるよ」
と、概ね了解の返事を得られた。
後は歩きながら、みんなで具体的な週末のスケジュールを話し合う。予想以上に盛り上がって、最終的には一日にかなりの予定を詰め込むことになった。
まずは午前中、みんなが揃い次第ペイスへ行って、園芸用品を調達する。芽の仮植えには小さいポットがたくさん必要になる。けれど、今まで俺は本格的に種から育てたことがなかったため、家の倉庫にもポットがなかった。
それでいつもの「Radiant Flower」へ行き、ポットと園芸に使うものを買うことにしたのだ。ついでに柊さんに、俺からも学校のことを話そうと思っていた。運よく菊池さんとのシフトと重なればサルピグロッシスのことも報告できる。電話やメールでもいいんだけど、やっぱり会って話したいって気持ちもあるので、いい機会だと思った。
さらにペイスでは、これまで保留にしてたみんなへのお礼もできる。具体的には昼食を俺持ちで済ませるつもりだ。正直これだけで感謝の気持ちが伝えられるとは思っていないけど、何もしないんじゃもっと納得がいかない。ちょうどいいと思ったので、スケジュールに組み込んだ。
その後はみんなで北見家に来て植え替え作業を手伝ってもらう。これなら俺や茜ちゃんだけでは外に出られないという規制をクリアできるし、みんなが手伝ってくれるので効率もいい。ちなみに三人とも「面白そう」と乗り気で、茜ちゃんに至っては元から手伝ってくれる気だったようだ。俺からすれば断られる可能性も考えていたので、安心すると同時にみんなに頭を下げた。
「何だか、俺中心の一日になっちゃう気がするけど……」
「たまにはいいじゃない。お昼はごちそうになるんだし、お手伝いくらい軽いもんよ」
「園芸ってやったことないから、俺はけっこう楽しみだな。それで、植え替えるのはどんな花なの?」
「サルピグロッシスって名前なんだ。えっと、ちょっと待って」
俺は通学鞄を下ろして中からハンディサイズの植物図鑑を取り出す。ナス科の項目から名前を見つけて、みんなにそのページを見せた。
「咲いたらこんな感じ」
「なんつーか、派手な花だな」
「綺麗でいいじゃない。でもアタシたち、園芸は素人だから楓がちゃんと教えてくれないと」
「それはもちろん」
というか手伝ってもらう側なんだから、俺が説明するのは当たり前だろう。それにせっかく園芸に触れてもらえるんだから、できればみんなに楽しんでやってもらいたい。今回は俺が企画するみたいなものだから、いろいろ考えてみようかな。
問題は当日が土日のどっちになるか、今の時点ではわからないということ。俺の定期健診の日程次第だから、おじさんに聞いてみよう。それでわかればもちろんいいけど、わからなくてもみんな土日どちらも空いているらしいので、そこはほっとした。
週末の予定を楽しみに話しながら、俺たちは通学路を進んだ。