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メイプルロード  作者: いてれーたん
これって恋?
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努力の結果


 動いてみると前回よりも痛みは軽かった。痛み初めに腰を温めたおかげなのかもしれない。それでも完全に痛まないわけではなく、お腹に少し鈍い感覚が残っていた。


 慎重に階段を下りてリビングに入ると、ラップをかけられたお皿が目に入る。茜ちゃんが作ってくれた食事が三皿分あった。俺はそのうちの一つを開けて遅めの朝食をとると、自分が使った分のお皿を洗って片づけたり、風呂掃除をしたりしてできる限りの家事をこなした。


 移動はゆっくりのために、予想以上に家事にかけた時間は長かった。給湯器のタイマーをセットした頃にはお昼の十二時半。今頃は茜ちゃんたちもお弁当を広げている時間だ。空腹と言うほどでもなかったけど、生活リズムを意識して俺も昼食をとった。残った一皿はたぶん、もうそろそろ帰って来るおじさんの昼食分だろう。


「おじさん、まだ話してるのかな……」


 学校へ向かってそろそろ二時間だ。車での移動だから、往復の時間を抜けば一時間半以上、おじさんは先生たちと話していることになる。自分のことが議題に挙げられているんだから、気になってしまうのも当然だった。


 それから一時間経って、ようやくおじさんが帰宅した。


「ただいま」


 リビングにいた俺はその声と玄関を開ける音を聞きつけて出迎えた。


「おかえりなさい」

「楓君は起きていたのか。だが、その腰巻はなんだ?」

「え? あ、これはその、お腹を冷やさないために……」


 家の中には腹巻というものがなかったので、布団の中と同じようにブランケットを腰に巻いたままリビングの椅子に座っていた。今日は天気が良くて気温も暖かいから、不自然に見えたのも仕方ない。


「なんだ、腹の調子も悪いのか?」

「いえ、調子が悪いっていうか、その……」


 俺が言葉を濁すと、椅子に座ったおじさんは肩眉をピクリと動かす。


「もしや、あの日か?」

「うっ……そ、そうです……」


 さすがに勘付かれて、隠したことが後ろめたくなり項垂れる。


「朝から様子が変だと思っていたが、どうして早く言ってくれなかったんだ?」

「た、確かにこれも身体のことだから、おじさんに報告しようとは思ったんですけど……でも、その……」


 落ち着かなくて、身体の前で手を組みもじもじとしてしまう。でもおじさんの視線を感じて、俺はさらに縮こまった。


「ごめんなさい、俺にもよくわからないんですけど、無性に恥ずかしくなって……咄嗟に隠したんです。茜ちゃんにもすぐには言わないでって、俺からお願いしてしまいました」


 正直に打ち明けると、途端に難しかった顔がぽかんと呆けた顔になった。おじさんのこういう顔はちょっと珍しいな。なんて思っていると、またすぐに難しい顔に切り替わって、顎に手を当ててしばらく黙った。おじさんが考えるときの癖で、たまに茜ちゃんも同じ仕草をすることがある。けれど、俺は悪い予感しかしなくてびくびくしていた。


「あの、おじさん、怒ってます……?」

「いや……そんなにびくびくしなくともいい。私のほうが失念していたよ。女性に月経のことを聞こうとするのは、些かモラルに欠けていたかもしれん。もっと楓君の気持ちを考えるべきだったな」

「そんな、おじさんが謝るようなことじゃないですよ。もともとは俺の身体のことを把握するためですし、協力するって俺も約束したんですから」

「楓君がそう言ってくれるのが何よりの救いだ。そうだな、直接言いづらいなら間接的に伝えられるように、これからは茜を通して言ってくれればいい。私もそういったことに関しては、茜を通して指示するようにする。帰ってきたら頼んでおくさ」


 おじさんに知られることに変わりはないので結局は恥ずかしいのだが、今日みたいに直接やり取りするよりは、茜ちゃんを通して間接的に伝え合うほうがましかもしれない。


「そうしてもらえると助かります」


 俺がほっと胸を撫で下ろすと、おじさんは小さく微笑んだ。それからまた表情が変わり、真剣な目をして話を切り出した。


「学校で、何人かの先生方と話をしてきた。校長先生と君の担任と、他にも数人いたな。それで、今後のことについて話したのだが……」

「はい」

「結論から言えば、意見が大きく二つに分かれた。楓君に厳罰を科すと主張するものと、今回のことは楓君に責はないと主張するものだ。これが始終平行線でな、今日の話し合いだけでは決まらなかった」


 内容はやはり、予想していたものとあまり変わらなかった。たぶん榊先生とおじさんが俺を庇う側で、鹿角先生たちが責める側だろうということも簡単に判断できる。そこで話し合いが纏まらず先延ばしになったってことは、その場を仕切る校長先生は中立だろうということも想像できた。


「私も抗議したのだが、向こうは楓君の私情が問題だと言って退かない。君が被害者であることやストーカーの対策を棚に上げている。正直、話にならなかった」

「そうですか……」

「アルバイトのことも疑われたよ。君があの大学生と接触する機会を増やすための表向きの理由に過ぎない、とさえ言われた」

「……っ」


 それについては、俺は反論できなかった。俺の中で菊池さんと会う機会が増えるのは嬉しいことだったからだ。でも、先生たちが考えるような汚い理由じゃない。不純異性交遊なんかじゃ、絶対ない。けど、


「俺が違うって言っても、信じてくれないでしょうね……先生たちも、他の生徒たちも」

「恐らくな。噂のほうが先行してしまっているのだから、この悪印象を覆すのは学校側も手を焼くだろう。一生徒にそこまで献身的になるかどうかも難しいところだな」


 仮におじさんの言う通り学校側がそういった手助けをしてくれるとしても、俺の疑いが晴れない限りはあり得ない話だ。


「そうそう、話は変わるが楓君のテストの答案も預かってきた。これに関しては、先生方も一様に君のことを褒めていたよ」


 おじさんがテーブルの上に大きい封筒を差し出す。中身を開けると俺の名前の答案用紙が七枚、テストを受けた全教科の結果が入っていた。


 ざっと点数だけを確認すると、全部九十点代だった。おじさんが言ったように文句なしの一言、解いた俺もここまで出来ているとは予想以上の結果だ。


「よく頑張ったな」

「ありがとうございます」


 おじさんにも褒められて嬉しくはなるも、やっぱり複雑な気持ちになってしまって、確認を済ませるとすぐに封筒に入れ直した。ここまで頑張ったのだって、アルバイトをするためだ。今直面している問題をなんとかしないと、この結果も無駄になってしまう。けれど、俺のできることは何一つ思いつかなかった。








 おじさんと話した後、また自室で眠っていた俺は、玄関の開閉音に気づいて目を覚ました。


「ただいまー」


 下から茜ちゃんの声が聞こえて、どうやら帰って来たのだとわかった。窓の外を見ると少し暗い。雲が出てきていて、夕日が隠れてしまっていた。もうそんな時間なのか。


 起き出した俺は一階へ下りて、二人を出迎える。制服からまだ着替えていない茜ちゃんは、驚いた顔で俺を見た。


「起きて大丈夫なの?」

「え? うん、今回はなんだか平気。動けたから、ちょっとだけ家のこともしたよ」

「そうなんだ。ありがとう、お姉ちゃん」


 痛んだのは早朝だけで、今は違和感程度に留まっている。油断はできないけど、いつも通りに動いても大丈夫そうだった。


「もう少ししたら夕ご飯の支度するけど、できるまで部屋で寝とく?」

「ううん、ここにいるよ。あんまり手伝えないかもしれないけど……」

「こういう日は楽にしてていいの。じゃあ椅子に座っててね」


 茜ちゃんはそう言って、着替えにリビングを出て行く。俺はそれを見送って、リビングのテーブルに着いた。向かいの椅子にはすでにおじさんが座っていて、広げた新聞を読んでいる。


「よく眠れたか?」

「はい、おかげさまで」

「そうか。昼のことは私から茜に話して頼んでおこう」


 おじさんは言って、新聞を捲る。そういえば茜ちゃんもあの日があるはずなのに、まったくそういう素振りをしない。他の女の人たちだってそうだ。当然だけど、恥ずかしいからこそ隠すんだろう。本来はあんなふうに、他の人には悟られないようにしなきゃいけないんだよなあ。アドバイスは少し貰っているけど、実践するのは経験と慣れがいるだろう。俺はまだ当分かかりそうだ。


「そういえば、明後日からは普通に学校に行っていいんですよね?」

「ん? ああ、話し合いでは特に言及されなかったから、恐らくそうだろう。変更になったなら、また連絡が来るはずだ」


 じゃあ明日のうちに生活リズムを元に戻さないと。今日はお昼に寝たせいで寝つきが悪くなるかもしれないけど、頑張って寝なくちゃな。女の子の日の痛みのほうは、明日一日あれば大丈夫だと思うけど。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


 着替えを終えた茜ちゃんがリビングに入って来て、俺の名前を呼ぶ。どうやらおじさんに聞かれたくない話らしく、俺はその意を汲んで廊下に出た。


「なに?」

「明後日のことなんだけど、茉希ちゃんたちがここまで迎えに来てくれるみたいなの」

「迎えに……ってことは、朝?」

「うん。今日も知らない生徒がつけてきてたの。わたしが妹ってことも同じくらい広まってるみたいで」


 そうだ、俺の噂が広まっているってことは、自動的に関係のある茜ちゃんまでみんなの耳に入っているんだ。自分のことばかり考えていて、同じ失敗を繰り返していた。


「ごめん、俺のせいで」

「そんなことないよ。お姉ちゃんのせいじゃない。悪いのは写真を撒いた人と、噂して信じる人たちだけだよ」

「でも、迷惑かけてることには変わりないよ……みんなも、大丈夫なの?」

「うん、平気。透くんがいるから何かされることはないし、ちゃんと家に着く前に撒いてるから。向こうも興味でついて来てるだけなのかも。注意して隙を見せなかったら直接何かしてくることもないだろうって、茉希ちゃんも言ってたよ」

「それで、朝にみんなで迎えに来るって話になったのか」

「うん。わたしたち二人だけより、みんなで固まって動いたほうが安全だから。しばらくはそうしようって」


 これはまた、ますますみんなに頭が上がらないな。明後日、またちゃんとお礼を言って、今度遊ぶ時はどこに行くかリサーチしておかないと。全額負担になるとしても喜んで散財してやる。


「心配かけたくないから、お父さんには秘密ね」

「そうだね、わかった」


 明日からまた仕事に戻るおじさんに、これ以上は余計な負担をかけたくはない。秘密にする約束を交わして、俺たちはリビングに戻った。


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